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◇102 ティラ 〈時間切れ〉
まったくもおっ、父さんってば、意地悪なんだから。
仲間となったソーンとともに森の中を歩くティラは、父に対する不満を消化しているところだった。
ソーンが旅支度をしている時に、キルナが魔道具のウエストポーチはもうないのかと聞いてきた。
あればソーンにやってくれと言われたけれど、もうポーチは残っていない。
それで、いったん家に戻り、妖精族のソーンが一緒に旅をすることになったから、魔道具のポーチが欲しいと父に相談したのだ。
そうしたら、なんと水色のポーチを差し出してきて……
さすが父だ! と、その先見の明に感服しつつ、大喜びで受け取ったら、白金貨三枚だと言う。
「ええーっ、お金取るの?」
思わず叫んだら、一人前の冒険者として稼いでいるのだから、きっちり払ってもらうと言われた。
白金貨三枚出してしまったら、あの大剣が遠ざかる。
渋っていたら、父は地味な茶色のポーチを出してきた。
「こいつなら、ただでくれてやろう」
こ、これなら、タダか。
もちろんそれでいいはずだ。
けど、水色のポーチは絶対にソーンに似合う。
究極の選択を迫られ、結果、ティラは白金貨三枚と交換で、水色のポーチを手に入れた。
そしてその水色のポーチはいまソーンの腰にあり、とても似合っている。
白金貨三枚は痛かったけど、茶色にしてたら、いま絶対に後悔してる。
うん、しょうがない。また頑張って稼ぐとしよう。
◇
湖の畔にあるキャンプ地についた。
するとキルナが、今夜はここに泊まろうと言う。
まだ早いし、夕方までに町つけるのにと思いつつ、ティラは施設の中に入った。
ソーンは施設の中を物珍しそうに眺めている。
「ソーンが仲間になったわけだが、ひとつ問題がある」
部屋に設置されている椅子にみんなが腰かけたところで、キルナが切り出した。
「そうだな」
ゴーラドは、キルナが何を言いたいのかわかっているようだ。
「問題って?」
そう聞いたら、ソーンが「僕の外見のことでは?」と、自分の耳に触れて言う。
「ああ。妖精族なんてどこにもいないからな、誰も見たことがないわけだ。だからその耳は、そうとう目立つだろうと思う」
ああ、そうだった。
わたしってば、両親から預かりものがあったのに、忘れてた。
白金貨のことばかり考えちゃってて……わたしときたら、超恥ずかしいやつだぁ。
「あの、これ、両親から貰ってきてます」
ポーチから出した小瓶を三人に見せる。
「なんだそれは?」
「両親も、ソーンさんが妖精族ってことは秘密にするのがいいって……これつけたら、人間の耳になるそうです」
そう言ったら、ソーンはぎょっとし、自分の耳を両手で守るように塞いだ。
ソーンにしてみれば、妖精族に誇りを持っているだろうし、妖精族の特徴的なこの耳が人間の耳になるなんて物凄く抵抗があるだろう。
「どうしても、そうしなければなりませんか?」
「ソーンさん、元に戻せなくなるわけじゃないから、安心して」
ティラはもう一つ瓶を出してみせる。
「これをつけたら元通り。なんだって」
「それなら嫌がる必要もないじゃないか。まさかソーン、お前男のくせに、そんな度胸もないとは言わないよな」
キルナさん、その睨み、怖いです!
ソーンは気まずそうにしていたが、心に折り合いをつけたのか、「わかりました」と頷いた。
ソーンの耳に小瓶の液体をつけたが、五分ほど過ぎてもなんの変化もない。
「変わらないな」
ゴーラドが首を傾げる。
けど、両親のくれたものだから、間違いはないと思う。
「ソーンさん、いまどんな感じですか?」
「ほんのり熱くなってきた気がしますが」
効き目はこれからだろうか?
するとソーンが大きな欠伸をした。
ついでとろんとした目になり、コロンと横になる。
「眠っちゃいましたね」
「薬のせいじゃないのか?」
気の利くゴーラドが、毛布を取り出してソーンの身体にかけてやる。
こんこんと眠り続けるソーンを眺めていてもあれなので、キルナは森に魔獣狩りに、ゴーラドは釣りをしてくると言い、ふたりは表に出て行った。
一時間ほどで戻るとのことなので、ティラはその間に夕食の支度を始めた。
夕暮れまでには家に戻らなければならないが、少しくらいなら一緒に夕飯を食べられそうだ。
ソーンが仲間になって初めての夜だ。ご馳走をいっぱい作って、一緒に祝ってから帰るとしよう。
持っている食材をあさっていたら、トッピが「ぷっぴぃ」と久しぶりに鳴いた。
ずっと不貞腐れているか眠っているかだったのだが。
ティラはポーチの中から魔核石の屑をいくつか取り出し、トッピに食べさせた。もぐもぐと口を動かし、「ぷっぴぃーー」とご機嫌で鳴く。
長いこと滝の洞窟のザビラの実が主食だったようだから、違う味を味わえて嬉しいだろう。
もっとくれくれとちっこい手と足を動かす。
「はいはい。けど、これでおしまいだからね」
そう言い聞かせてキャンディくらいのやつを口の中に入れてやったら、それはもう大事そうに味わい始めた。
これでしばらくはおとなしいだろう。
逃げないと約束できれば、この縛りを解いてあげるんだけどねぇ。
妖精族の里から遠く離れるまでは、このままにしておいた方がよさそうだ。
夕食の支度が出来て、キルナとゴーラドも戻ってきたが、ソーンは起きる気配がない。
「どうする? 起こしてみるか?」
「薬のせいだと思うので、自然に起きるのを待つのがいいと思います」
ゴーラドに答え、ティラはソーンの耳をもう一度確認してみる。
まだまったく変化はない。変化が起きるまで眠り続けるのかもしれない。
一緒に歓迎会をするはずが、残念だったが時間切れとなり、ティラはキャンプ地を後にしたのだった。
つづく
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