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109 ユシュ アラドル警備団中央本部副団長 〈苛立ちと驚愕〉
くそっ! ギヨールの野郎、またしてもあくどい真似をしやがって!
警備団の副団長ユシュは、苛立ちの持って行き場がなく、足元の屑箱に怒りを発散すべく思いきり蹴り飛ばした。
屑箱は机に当たり、ドアの方に跳ね返る。
そのタイミングでドアが開き、入ってこようとしていた男が「おわっ!」と叫ぶ。
ユシュの上司であるカオク団長だった。
ま、まじぃ。
「荒れてんなぁ。ユシュ、備品は大事にしてくれよ」
へこんで使い物にならなくなった屑箱を見て、カオクは呆れて小言をくれる。
「すみません。つい」
むすっとした顔のまま、小声で謝る。
「あの悪党ギヨールに腹が立つのは分かるが……」
「あの野郎、家族のように大事にしているペットを盗みやがったんですよ」
「ああ、そうだってな」
「血も涙もないクソ野郎だぜ!」
言葉にすればなお、怒りが膨らむ。
先ほど、カルスという男が家族とともに警備団にやってきた。
話を聞くと、ギヨールの屋敷に商品を納品に来たら、連れてきたペットがギヨールの屋敷で消えたらしい。
屋敷を隈なく探しても見つけられず、ギヨールは外に逃げたのだろうと言って、これ以上面倒事に巻き込むなとカルスたちを追い出したという。
「ペットは魔白狐って希少種で、あの野郎、元々狙ってたに違いないんだ。三歳の娘はもう泣いて泣いて、可哀想で見てられませんでしたよ」
あの屋敷は盗品で溢れているはずだ。ギヨールの被害に遭った者たちは警備団に助けを求めてやってくるが、証拠が上がらないのでどうにもできない。
今回も、確たる証拠がないのでは警備団ではたいした助けになれないから、ギルドに行くよう勧めるしかなかった。ギルドも頼りにはならないだろうが。
「ギルドからの連絡で、魔白狐捜索の依頼に数名が名乗りを上げたらしい」
「そうですか」
さっそく冒険者ギルドにも依頼をしたんだな。
けどあいつの屋敷に行ったところで、警備兵と同じく追い払われるだけだろう。
「その中に、漆黒の女騎士キルナもいたらしい」
キルナさんが?
「ああ、ちなみにな。なんと彼女は禁止区域の緑竜討伐依頼を受け、初日に三体狩って戻ってきたんだそうだぞ」
「はあっ?」
えっと、なんだって?
頭が今の情報を受け止めきれなかったというのに、カオクはまだ話を続ける。
「緑竜討伐の権利を得るために、キルナはラッドルーア国に出向いたんじゃないかとギルドは思っているようだ。しかも、そのパーティーで、パロムの町の脅威だった魔牙狼の百頭に上る大群も全滅させたって話だ」
受け止めきれないほどのとんでもない情報、それにさらに上乗せって!
さすがキルナさん! と普通に思えるか?
いやはや、やっぱ、とんでもない実力の持ち主だったんだな、あの人。
「SSランク、半端ねぇ!」
思わず力いっぱい叫んでしまう。
「だがな、いま語ったことすらもたいしたことじゃないと思うくらいの、驚きの話が続くんだ」
団長は一呼吸置き、もったいぶって驚きの話とやらを語り出す。
これ以上、何があるってんだ?
「まだ公にはなってないが、一週間もしたら、禁止区域は解除されるそうだ」
「は? それはどういうことです?」
禁止区域が解除されるなんて……解除されるということは?
「まさか、緑竜を全部狩ったってんじゃないですよね?」
「そのまさかだ。禁止区域から緑竜の姿は消えちまったのさ」
愕然とし、ユシュは意味もなく瞬きする。
キルナさんは、マジで禁止区域が解除されるほど、緑竜を狩ったというのか?
「りょ、緑竜を、いったい何体狩ったんですか?」
「ギルドによれば、三十五体だそうだ。それはもう鼻高々だったぞ、ネクトの野郎」
ネクトというのは中央ギルドのギルドマスターのことだ。
警備団より自分ら冒険者の方が数段役に立つと、団長のところにわざわざ自慢しにきたってことなんだろうが……
いや、そんなことはどうでもいい!
三十五体? 三十五体ってどういうこった! キルナさんは化け物かよ?
いやいや、ちょっと待て。
そうだ、あの人パーティーを組んだんだったよな?
Aランクだというゴーラドという男と、ティラという少女……いや、あのティラは戦力外だろう、当然。どうみても普通の娘だったもんな。
「キルナさん、俺にはふたりしか紹介してくれませんでしたけど、もっと仲間がいたんですね?」
「いや三人だ。まあ、戦力はキルナを入れてふたりだがな」
ユシュは言葉を無くした。
い、意味が分からない。たったふたりで三十五体もの竜を倒したってのか?
俺たちは三十人で一体がやっとで……
ユシュの警備兵としてのプライドはズタボロだ。
あの緑竜を三十五体も仕留めたなんて。実際戦った自分であれば、その脅威がどれほどか分かっている。
緑竜が退治出来て嬉しいけど……な、情けねぇ。
キルナさんにも、もっと鍛錬しろとハッパをかけられたが……マジ、もっと頑張らねぇとなぁ。
悲愴な顔をしていたら、カオクが笑い出した。
「団長!」
文句とともに叫んだら、さらに笑いが増長されたようだ。
しばし笑い転げていたカオクは、ようやく笑いを収め、目尻に滲んでいる涙を拭う。
「まあ、とにかく緑竜の脅威は去った。町としては喜ばしいことだ。ああ、それとだな」
カオクは空いている椅子を引っ張って来て、ユシュの近くに座り込んだ。
「なんです?」
「お前の指の欠損部位を治癒したSSランクの治癒者だが、いまだに見つからないらしいな」
「ええ、そうなんですよね」
そうなのだ。ふらりと現れて去って行った治癒者。もちろんそれほどの力を持つ者ならば、身元を確認し、できれば町に取り込みたい。各方面に通知を出して探させているのだが、どうしても見つからないのだ。
この町からすでに去ってしまったのではないかと思うしかない状況だ。まあ、それでもまだ高官たちは諦めきれないようなのだが。
フードを目深にかぶっていたせいで、ユシュはあの者の顔を覚えていない。それは他の者達も同様で。
ユシュは自分の指を見つめた。
治癒のあと、気絶するように眠り込んでしまい、あの者に十分な礼もしていない。もう会うこともないのだろうか?
「でな、キルナの仲間のひとりは、治癒者だってことだ」
「え?」
「しかも、SSランクだそうだ」
「そ、それって!」
驚いて叫んだら、カオクが神妙に頷く。
「ああ、たぶん間違いないな。それでだ。キルナと親しいお前に、探りを入れてきて欲しい」
「……それで、その治癒者が判明したら、どうするんです?」
「さあ、それは町の高官たちが決めることだな。俺たちは命じられたことを遂行するだけだ」
ユシュは顔をしかめた。
するとカオクが、にやっと笑う。
「見つからなかったら、仕方がないよな?」
そうか、そういうことか。もし見つかっても、見つからなかったと報告すればいいんだろう。
「ただし、俺には報告するように」
念を押すように言うと、カオクは部屋を出て行った。
閉じたドアから、ユシュは自分の指に目を向ける。
恩人を見つけられるかもしれない。
「よしっ」
ユシュは立ち上がり、急いで部屋を出た。
キルナは魔白狐の捜索依頼を受けたのだ。いまはギヨールの屋敷方面にいる可能性が高い。
つづく
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