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110 ティラ 〈捜索開始〉
魔白狐がいなくなったという屋敷に着くまでに、ギヨールという男について、ティラはキルナから詳しい説明を受けた。
ギヨールってのは、この町にやってきて日に馬車に乗ってた、超感じの悪いおっさんなんだよね。人が家族のようにかわいがってる子を盗むとか、ほんとどんだけ悪党なんだか。
「ずる賢くあくどい商売をしている上に、窃盗団を手駒にし、盗品をしこたま集めているという話だ」
ふむふむ。
「だが盗品がまったく表に出てこないため、警備団はギヨールを捕まえることができないでいるらしい」
「どこかに隠してるけど、隠し場所がわからないってことですか。とすればやっぱりギヨールの屋敷の中ですかね?」
「さあな。以前、ギヨールの留守の時に密偵が忍び込んだらしいんだが」
「密偵?」
「秘密組織だから公になっていないが、そういう影の組織が存在してるらしい。事実かは知らんがな。そういう噂を聞いた」
「それでも見つからなかったわけですね」
「そういうことだ。今回のことも、間違いなくギヨールがやったんだろう」
キルナの顔は暗い。コルンを探し出すのは難しいと思っているようだ。
うーむ。密偵さんたちでも無理だったわけかぁ。
屋敷に忍び込む方法でも見つかるといいんだけど。
ティラたちが屋敷に着くと、その周辺では冒険者たちがコルンを探し回っていた。屋敷の中を捜索させてくれと頼んだそうだが、屋敷の使用人に追い返されたらしい。仕方なく、周辺を探し回っているのだろう。
「できることなら、ギヨールを引きずりだして、ぼこぼこに殴って吐かせたいな」
「ぷっぴぴーっ」
ひさしぶりにトッピが鳴いた。
「お前もそう思うか?」
キルナはトッピが同意してくれたと思ったようで、トッピの頭を撫でる。
「違います。いまの鳴き声は卵が産まれ……あ、産まれた」
網の中のトッピから、ころんと赤紫の物が出てきた。
「産んだというより、腹の辺りから転がり出てきたようだが……」
「これは、ほぼ湖のぬしの魔核石が含まれてるので、ゴーラドさんのものですね」
「こいつ、面白いな」
「ぷっぴぃーっ」
「はいはい。お腹空いたのね。けど、いまはこれだけですからね」
いくらでも調子に乗って欲しがるので、エサをあげる前に釘をさしておく。
ティラはポーチからキャンディ玉くらいの魔核石を選んで取り出し、トッピにあげた。
トッピは両手に持ち、大事そうに口に頬張った。もぐもぐもぐと、美味しそうに味わっている。
「か、可愛いな」
キルナの頬が、珍しく桃色に染まる。
「さあ、トッピはいいので、魔白狐のコルンを探さないと」
「ああ、そうだったな。で、どうする?」
「まずは屋敷の周囲を回ってみましょう」
ふたりは、屋敷の方を窺いながら周囲を歩いていった。
屋敷の裏側にやって来た辺りで、ティラは微かな鳴き声を聞き取った。
「ティラ、どうした?」
急に立ち止まり動かなくなったティラに、キルナが不審そうに聞いてくる。
「鳴き声が聞こえます。魔白狐の鳴き声ですね」
「そうか? 私には聞こえないが」
「不自然に小さいです。何かありますね。普通ならもっと聞き取れるんですけど……」
「どういうことだ? 周りの喧騒が、鳴き声に聞こえてしまってるだけじゃないのか?」
「喧騒と鳴き声は、ちゃんと聞き分けられますよ」
「ぷっぴぃーーーーーーっ」
突然、トッピが鼻をヒクヒクさせて大きく鳴いた。そして「ぷぴぷぴぷぴぃー」と鳴き続ける。
「なんだ、こいつ急にどうしたんだ? また卵を産むのか?」
「トッピ、落ち着いて」
思い切りゴツンと頭を殴り、興奮を静め落ち着かせる。
「容赦ないな」
キルナが呆れて言うが、これくらいしないとおとなしくならないのだから仕方がないのだ。
トッピは涙目で、殴られた頭を必死に撫でている。
「さて、どうしましょう……あっ、いいものがあったんでした!」
探し物に最適なものがあったじゃないか。なんですぐに思いつけないかな。わたしってば、ちょいと残念さんだよ。
「キルナさん、これから依頼主のところに行きましょう。宿屋にいるんでしたね?」
「ああ。ティラ、何か思いついたんだろう? 何をするつもりか教えてくれ」
「これです」
ティラはポーチの中から使い捨ての魔道具の札を取り出してみせる。
「それはなんだ?」
「むふふ。それはあとのお楽しみですよ」
キルナは不満そうだが、すぐに種明かししてはつまらない。
「いいところに泊まっているな」
コルン捜索の依頼主である、カルス一家が泊っている高級宿屋を目の前にし、キルナは思わずと言うように口にする。
宿の受付で、事情を話しカルスを呼び出してもらう。
「キルナさんは、ここには泊ったことないんですか?」
「私の趣味じゃないな」
さすがお金に困っていないキルナさんだ。泊まれないのではなく、単に趣味ではないってわけだ。
「こんなところより、もっといい宿がいくつもある。やはり温泉は外せないな」
「温泉かぁ。いいですよねぇ。妖精族の里で入り放題だったのが懐かしいです」
「懐かしいって……あれから数日しか経ってないぞ」
「だって、次に行けるのはいつのことやらですもん。……あっ、カルスさん来ましたよ」
コルン捜索を請け負った冒険者だと名乗り、ここに来た理由を告げる。
「コルンの持ち物ですか?」
「はい。なんでもいいですよ。お気に入りの玩具とか、いつも使ってるエサ入れとかでも」
カルスは戸惑ったようだが、藁にもすがりたい気持ちからかすぐに承知してくれた。いったん部屋に戻り、娘と妻を連れて戻ってきた。
小さな娘さんは瞼を腫らした目でティラを見上げ、赤い球をおずおずと差し出してくる。
うひゃーっ、胸キュンだぁ。
ああ、なんとかしてあげなきゃ。と闘志が燃える。
「コルンが一番好きな玩具なの」
十センチくらいの赤い球は布で作られていて、少しボロボロになっている。
「これ、貸してもらっていいですか?」
「これを貸せば、コルンを見つけられるの?」
必死の瞳で尋ねてくる。
「必ず探してあげる」
そう約束し、赤い球をお借りしてふたりは宿を後にした。
つづく
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