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111 ティラ 〈やってしまった〉
「人目のないところに行きます。ところで、キルナさんもついてきますか?」
そう聞いたら、キルナは眉をひそめたが、「当然だ。どこでも行くさ」と返事をもらう。
建物の陰にゆき、人目がないことを確かめたティラは、球と札を手に、「ではわたしにしっかり摑まってください」とキルナに告げる。
キルナは何か言いたそうにしつつもティラの腕を掴んできた。
「では、行きますよ」
球に札を貼り付けた途端、世界がふっと消えた。
「な、なんだ?」
仰天したキルナが手を放しそうになり、慌てたティラは思いきりキルナに抱き着いた。
浮いていた足が地面に着く。
「ど、どうなってる? ここはどこだ?」
「ほら、いましたよ」
檻に入れられた魔白狐がいて、悲しげに鳴いている。
「これはどういうことだ?」
「あの札は、持ち主の元に物を運んでくれるんです。わたしたちはそれについてきたんですよ」
「と、途方もないな」
ティラは赤い球を魔白狐の口元に転がしてやった。魔白狐は赤い球を口に咥え、もの問いたげにティラを見つめてくる。
「すぐに戻れるからね」
「ぷっ……」
トッピが大声で鳴きそうになり、ティラは手のひらで思いきりトッピの口を封じた。
「興奮するのはわかるけど、いまは静かにするのよ。ここにあるご馳走、全部食べてもいいから。わかった?」
言い聞かせたら、トッピはコクコクと頷く。
大丈夫そうだ。ティラは手を放し、トッピを網から解放してやった。
トッピは大はしゃぎで壁にくっついた。
「あいつ、どうしたんだ?」
「あの茶色のつるつるした壁、魔核石なんですよ」
「は?」
「魔核石の壁で、この部屋の存在を隠してるんだと思います」
部屋の中は、宝飾品など高価そうなもので溢れている。
「さーて、どれくらいのものが盗品かなぁ?」
「盗品なのか?」
「そうだと思いますよ。なんにしても、これを張り付けたらわかります。キルナさん、お手伝い頼めます?」
「これを張り付ければいいのか?」
「はい。張り付けたら、正当な持ち主の元に戻ります。けど、数が多くて札が足りないですね。まとめて預かってって、家に戻ったら両親と札をくっつけることにします」
「この家の物もあるんじゃないのか? それを持っていったら泥棒になるぞ」
「この家の物は、ひとつもない気がしますけど……とにかく、札を張り付けてみたらどうですか?」
「そうだな」
キルナは宝石をふんだんに使われた首飾りに札を張る。首飾りはパッと消えた。
「はい、盗品でしたぁ」
それからふたりして札を付けていったが、何一つ残らない。
「つまり、ここは盗品部屋ってことですね」
「そのようだ」
そうしている間に、トッピは壁の魔核石を瞬く間に食べてしまい、綺麗だった壁は木と石のみすぼらしい壁になっていた。
「いまになってであれだが、屋敷の者がここに来るんじゃないのか?」
「もう終わりですよ」
ティラは残っているものを全部、魔道具の袋に放り込んだ。
そして最後にコルンを檻から出してやろうとしたが、鍵がかけられている。
鍵くらい開けられないことはないが、直接コルンに札を張り付けたほうが簡単だ。
それに、ここに捕まっていたコルンを依頼者の元に自分たちで届けたら、この屋敷の悪党は、ティラたちが部屋の物を盗んだと思い、いらぬ恨みを買うことになりかねない。そんな面倒はごめんなので、コルンに札を張る。
魔白狐は消え、そこには檻だけが残った。
ティラは試しに檻に札を張ってみたが、檻が消えることはなかった。
「これだけは、このお屋敷のものでしたね」
「やれやれ。魔白狐の捜索が、こんなことになるとはな。で、我々はどうやってここから出るんだ?」
「あ?」
し、しまった! 最後の札を檻に使っちゃった!
ああー、わたしの間抜けぇ~。
「まさか、脱出方法がないとか言わないよな?」
キルナに冷ややかに聞かれ、ティラ強烈にビビる。
「だ、大丈夫ですよ。最終手段が色々ありますからぁ」
「どんな手段だ?」
色々あるが、実は使っちゃいけない手段ばかり。しかし、もうどうしようもないわけで、その中のひとつに絞る。
「キルナさん、両手で力いっぱい耳を塞いで、目をぎゅっと瞑ってください。わたしが抱き着きますけど、驚かないでくださいね。で、わたしがいいと言うまで、絶対に目を開けないでください」
ティラは、腹いっぱいになったお腹をさらしてグーピーいびきをかいているトッピを回収し、キルナに強くお願いする。
キルナは眉を寄せつつも、言われた通り耳を塞ぎ目を瞑ってくれた。
ティラはキルナに抱き着き、右手を高く掲げた。手のひらから最大級の衝撃波を放つ。
バーーーンと、鼓膜をビリビリと震わせる轟音が響き渡り、天井にどでかい穴が開いた。
防御魔法でシールドをまとっていなかったら、鼓膜は破れてしまっただろう。
ティラはキルナを抱え、マッハでその穴から飛び出した。
「今、何が起こった?」
「あっ、まだ目を開けちゃダメですよ」
そう言ったが、すでにキルナは目を開けてしまっている。そして自分が宙を飛んでいるのに気づき、目を真ん丸にする。
「なっ?」
「人のいないところに、すぐに着地しますから」
森の上までやってきて、ティラは地面に着地した。
「とんでもない音がしたが、お前あの一瞬に何をやったんだ?」
「それは内緒ってことでお願いします」
「殴っていいか?」
拳を見せられ、「そ、それだけはご勘弁をぉ」と、ティラは必死に頭を下げたのであった。
つづく
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