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112 ユシュ アラドル警備団中央本部副団長〈爆発〉
物凄い爆発音が響き渡り、ギヨールの屋敷に向かっていたユシュは、ぎょっとして危うくひっくり返りそうになった。それも大げさでなく、近くにいる通行人のほとんどは、茫然としてギヨールの屋敷を見つめている。
い、いったい何が起こったんだ?
ギヨールの屋敷のてっぺんから、もうもうと黒い煙が昇っている。
火事か? ならばすぐに消火隊を差し向けねば。そう思案しつつ様子を窺うが、火の手があがっているようではない。
いったい何があったんだ?
しかし、怒りに駆られていたギヨールの屋敷が爆発して屋根が吹き飛んだという事実は、不謹慎かもしれないが、愉快で仕方がなかった。
ユシュはギヨールの屋敷に急いだ。
爆発が起きたのだから、いつもはつっけんどんな使用人も、ユシュたちを追い払えない。
屋敷に入り、主のギヨールに面会を求める。
玄関にも、爆発で発生した独特の匂いが漂っていた。
一癖ありそうな面の使用人は、ユシュたちを二階のギヨールのいる部屋に案内してくれた。
部屋に入ると、壊れた家具の残骸が転がる床に、へたり込んでいるギヨールがいた。
そしてその部屋の中央に直径三メートルほど大きな穴が開いていた。
穴は天井にもできていて、青空が見える。穴から下を覗くと、一階とその下まで穴が開いてしまっていた。
すさまじい爆発だな。
ギヨールは、この事態に我を失っているようで、話しかけてもまともな返事をしない。
爆発のせいで吹き飛ばされたようだが、怪我をしているようではない。
まったく運のいい……いや、悪運の強いやつだな。
ユシュたちはギヨールから事情を聞くのを諦め、階下に向かった。
地下に行ってみたら、なにやら檻のようなものがあった。それ以外には何もない。
残念だな。魔白狐が見つかるんじゃないかと思ったのに……
それに、盗品がぎっしり詰まった部屋があるんじゃないかと期待したのに、なにも見つけられなかったとは、がっかりだ。
「ま、待てっ! そこはダメだ!」
大きな声が上から聞こえ、ユシュは上を見上げた。
ギヨールが穴を覗き込んでいる。
「ギヨールさん危険ですよ。そんな風に覗き込んだりしていたら落ちますよ」
そう注意したが、ギヨールが素直に聞くはずもない。
「いいから、そこから出ろ! わしの屋敷を勝手にうろうろするんじゃないっ!」
その瞬間、ギヨールの身体がよろめいた。
あっと思ったら、ユシュの目の前にギヨールが落ちてきた。
◇カルス
宿屋の豪華な室で爆発の音を聞いたカルスは、驚いて窓に駆け寄った。
「何があったのかしら?」
妻が不安そうに問いかけてくる。
「黒い煙が上がっているが……」
窓から眺めただけでは、それ以上の情報は得られない。別に自分たちに危険が及ぶものではないと判断したカルスは、妻と娘の元に戻った。
娘は、ほんの少し前、突然戻って来た魔白狐のコルンを、ぎゅっと抱き締めている。
いったい何が起こったのか、いまもってよく分かっていないのだが、ギヨールの屋敷でいなくなったはずのコルンが、先ほど唐突に戻って来たのだ。
その口には、お気に入りの赤い球を咥えて……
この赤い球は、ここを訪ねて来た冒険者のふたりに渡した。コルンの持ち物を貸して欲しいと言われて……
どちらも女性だったが、ひとりは見るからに頼りがいがありそうだった。
もう一人の方は、冒険者とは思えない若い娘だった。
どんな手段を使ったのかはわからないが、コルンを取り返してくれたのは、その冒険者たちに違いない。
「エレン、私はギルドに行ってくるよ。コルンが無事戻ったとの報告をして、謝礼をお渡ししてくる。それから警備団の方にも顔を出してくるとするよ」
「ええ、早い方がいいわ。ねぇあなた、あの冒険者の方たちに直接会ってお礼を言いたいわ。会えないかしら?」
「わかった。ギルドでお会いできたら、ここにお連れしよう」
妻にそう約束し、カルスは宿を出た。
ギルドでの謝礼は金貨一枚でいいとのことだったが、そんなものではこちらの気が済まない。
もう戻ってこないと諦めかけていたコルンを見つけ出し、無事届けてくれたのだ。もっと十分にお礼をしたい。
ギルドに向かっていると、道行く人たちが先ほどの爆発について立ち話をしていた。耳に入ってきた情報に、カルスは驚く。
爆発したのはなんとギヨールの屋敷だというのだ。
本当だろうか? コルンが戻って来たことと、爆発にはなんらかの関係があるのではないのか?
こうなると、なおさら不思議な方法でコルンを届けてくれた冒険者に会いたくなる。会って詳しい事情を聞きたい。
カルスは足を速めた。
つづく
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