冒険者ですが日帰りではっちゃけます



11 ゴーラド 〈賭けに乗る〉


歩み去る娘を見つめ、ゴーラドは笑いを堪えた。

面白かったな。あのひ弱そうな娘ときたら、本気で冒険者になるなどと言ってくるとは。

冒険者なら当然身に着けている防具もなく、武器もなし。身に着けていたのはあのかわいらしいポーチだけだ。

また笑いが込みあげ、必死になって堪える。

うん?

ゴーラドは笑いを収めて眉を寄せた。彼の説得を受け入れて、おとなしく家に帰るものと思ったのに、娘はキョロキョロしたかと思ったら、出口ではなくギルドの受付の方に歩いていく。

あちゃーっ、マジでか?

駆けつけようかと思ったが、そこで踏みとどまる。

いや、やめておこう。俺が行ったところで意味はない。
だいたい知り合いでもなんでもないんだからな、放っておけばいい。

そう思ったものの、やはり気になる。
ゴーラドはため息をつき、受付に歩み寄っていった。

受付では、娘と受付とのやり取りが始まっていた。

「はい、なんの御用でしょうか?」

「わたし、冒険者登録をしたいんです。ここで登録すれば、冒険者になれるんですよね?」

「……」

案の定、受付の女性はじーっと無言で娘を見つめる。

「あのぉ」

「忙しいのよ」

「はい?」

「だから忙しいの。仕事の邪魔をしないでもらえる? はい、それでは次の人、どうぞ」

受付はあっさりと娘を追い払い、業務を続行する。

見ていて、あまりに哀れになった。

娘は頬を膨らませて憤慨している。さらに、自分の存在をアピールしたろうとしてか、床をダンダンと踏み鳴らす。

あっちゃーっ! 案外気が強いな。

しかし、これはどうすっかなぁ?

その時、ゴーラドの横を漆黒のマントが通り過ぎた。
思わずぎょっとして振り返ったら、いま町の噂になっている人物だった。名をキルナというらしい。

一週間ほど前、この町にやってきたばかりなのに、すでにとんでもない数の魔獣を討伐したのだそうだ。

しかも、女だぞ。

女のソロの冒険者、おまけにSSランクだなんて、お目にかかったことがない。

いや、実際、いま目の前にいるわけだが……

黒装備の女冒険者キルナは、まっすぐに受付へと進んでいく。

このままじゃ、床をダンダン踏み鳴らし中の、おかしな娘とかちあってしまう。

あの娘、キルナさんに失礼なことをしなければいいが。

心配していたら、驚いたことに「こんなところで会うとは、驚いたぞ」と、キルナが親しげに声をかけた。

その事実に、ゴーラドだけでなく周りにいた全員が唖然とした。

キルナが、自分から人に話しかけることなどなかったってのに。

まさか、このふたり、知り合いだったのか?

取り合わせがあまりにアンバランスで、にわかには信じがたい。

こうなると、どうにも気になってくる。ゴーラドはふたりの会話を聞き取れる位置まで近づいていった。

そう考えたのはゴーラドだけではなく、みんな彼と同様の行動に出たため、不自然な感じで受付の近くにいるふたりを、距離を置いて囲う形になってしまった。

「こんにちはぁ。会えて嬉しいです」

娘が嬉しそうに言う。

「どうしたんだ? 今日もお使いか?」

「いえ、わたし冒険者になることにしたんです。それで登録をしようと思って」

「は? お前が冒険者?」

うん、わかるぞキルナさん、その驚き。

「だが、まあ、そうか。それで登録を終えたのか?」

へっ? な、なんでそんなあっさり、驚きを捨てて受け入れてんだよ?

「それが、受付の人が、登録させてくれないんです」

「ほお」

キルナは顔を上げ、受付に目をやる。

会話を聞いていたらしい受付は、かなり焦りはじめた。

「その方では、冒険者の試練を受けるのは無理と判断しまして、申し出を拒否させていただいたのです」

「そうか。……受けさせてやってはくれまいか?」

「えっ、で、でも……」

「大丈夫だと思うぞ。お前、自信はあるんだろう? ところで名はなんというんだ?」

「わたしはティラです。あなたは?」

「私はキルナだ」

名を知らない者同士だったらしく、名乗りあってほのぼのとした感じで笑っている。

けど、あの娘……ティラと言ったな……本当に試練を受けるつもりなのか?

確かに、登録時に課される試練はたいしたものではない。指示された植物の採取。
それもこの町の近辺での採取なのだが、それでも下等魔獣などが出没するから、ある程度戦える者でないと、試練を達成するのは無理なのだ。

ゴーラドが思案している間に、娘は冒険者登録の申請を終えたらしく、試練の説明を聞いている。

マジかよ? あの娘、本当に行くつもりか?

そして地図を受け取ると、キルナに手を振り、ギルドから出て行った。

「本当に行ったぞ。大丈夫なのか?」

見送りながら呟いていたら、いつの間にやらキルナがゴーラドのすぐ近くにやってきていた。

「大丈夫だろうな」

キルナは口にして笑う。

「い、いや、絶対無理だろう。あの娘、武器すら持っていなかったぞ」

「賭けるか?」

キルナは愉快そうにそんなことを言ってきた。

あ、不味い!

「賭けだとぉ?」

ざわざわと辺りがざわめいたと思ったら、あっという間に冒険者どもはキルナを囲う。

やれやれ、そりゃあこうなるよな。賭け事は、三度の飯より好きな連中ばっかりだ。

「その賭け、俺も乗ったぜ」

「俺もだ。もちろん無理な方に賭けるぞぉ」

「……冗談だったんだが」

キルナが苦笑して、騒いでいる連中を見回す。

「キルナさんよ、いまさら撤回させねぇぜ。で、掛け金は?」

どうやらもうなかったことにはできないとキルナは観念したようだ。愉快そうに笑う。

おいおい、余裕だなぁ。こうなっちまったら、懐のかなりの金額が消えるとわかっているだろうに。

「金貨一枚でどうだ?」

キルナが言った途端、場はシーンとなった。が、その直後、全員が爆笑する。

「あんたなぁ。ここに何十人いると思ってんだよ。全員が無理な方に賭けるに決まってるんだ。そうなると、あんたが負けた場合、ここにいる人数分の金貨を払わなきゃならなくなるんだぞ」

「そうそう、あんた破産しちまうぜ。悪いこと言わねぇから大銀貨一枚にしとこうぜ」

「わかった」

キルナがふっと微笑み、男らはみんなぽーっとなった。

黒装備の鎧姿なのに、その笑みはとんでもなく魅力的だったのだ。

ともかく、そんなわけで賭けは成立してしまった。すでに大銀貨を一枚手に入れたも同然と、みんなにやついている。

もちろん、俺も賭けに乗っかったのは言うまでもない。

ギルドから出たゴーラドは、娘が向かったはずの場所を目指した。

賭けに加わったほとんどの者が、結果を直に確認するつもりらしく、同じ方向に向かっている。だがティラの姿は見当たらない。

やる気満々な様子だったし、全速力で走って行っちまったか。

下等魔獣にやられて泣いて帰ってくるにしても、まだまだ時間がかかるだろう。ギルドから目的地までは男の足でも二十分はかかる。

俺たちが、あの娘に追いつく可能性の方が高いな、きっと。





つづく



 
   
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