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114ティラ〈難産〉
数分後、ティラは町中にある公園の中に駆けこんだ。木々が植わり森のような一角に飛び込む。
こっ、ここなら、人目はない。
ゼーハー荒い息を吐き、いまだ鳴き続けているトッピを網からだす。
どうにか間に合ったようだ。
けど、まさかこんなに早く卵を産むとは思わなかった。
大量の魔核石だったから、食べすぎだったのは分かっていた。眠りこけていたから、いずれは卵を産むと思っていたのだが、もっと日数がかかると思ってたのだ。卵を産むまでは家に置いておくつもりだったのに……
トッピは、それはもう苦しそうに顔を真っ赤にしている。
「トッピ、大丈夫?」
これはどうも難産ってやつらしい。
可哀想になってきて、癒しつきで背中をさすってやる。
「ぷっぴぴぴぴぴぴひーーーーーっ」
強烈な叫びとともに、むおおおん、という感じでトッピの身体から卵が出てきた。
「うわわわーーっ!」
巨大な卵に潰されそうになり、ティラは慌てて逃げた。
「な、なんてもの産むのよっ! 死ぬかと思ったわっ!」
トッピに文句を言うが、産み疲れたようで、トッピはぐったりとしている。
「もっと小分けにして産むとかできないわけ?」
トッピを抱き上げ、小言を言いつつ撫でてやる。
網に戻そうかと思ったが、こんなにもぐったりしているのでは可哀想なので、救急袋に入れてやった。ポーチにしまい、目の前にある薄茶色をした卵を呆れて見つめる。
これの正当な受け取り手は、やはりギヨールなんだろうか?
魔道具の使い捨ての札があれば即座に解決するのだが、札はもうない。
仕方ない。これも預かっていくしかないか……
ポーチに巨大な卵をしまい、ティラは公園を後にした。
◇ゴーラド
ティラが突然いなくなってしまい、戸惑った三人だが、いずれ戻ってくるだろうと昼食を再開していた。
ゴーラドとしては、ティラがなぜ屋敷を爆破などしたのか、理由が知りたいのだが……
「キルナさん、話してはもらえないのか?」
催促したら、キルナはひとつ頷くと話しだした。
「つまりだな。ティラの魔道具を使って、魔白狐を見つけたんだが、そこは盗品の山だった」
「盗品?」
「ああ、あの屋敷の主であるギョールってのは悪党なんだ。で、魔道具を持っているだけ使って、盗品を持ち主に返したんだが、魔道具が無くなってしまって脱出できなくなった。そしたらティラが、ちょっとテンパったのか、くだんのことをやったというわけだ」
「よくわからないんだが?」
「だろうな。私もだ。耳を塞いで目も瞑れと言われて、気づいた時には空を飛んでいた」
「勇者様は空が飛べるのですよね。さすが勇者様です」
ソーンが手放しでティラを讃える。
ゴーラドは思わず吹き出した。キルナもくっくっと笑っている。
そしてその勇者様は、しばらくして戻ってきたが、その背中には大剣を背負っておいでだったのだった。
ご機嫌で弁当を食べているティラを、ゴーラドもキルナも呆れて見つめていた。
ついにやらかしたという感じだ。
しかも、背負っている大剣は、とんでもなくぼろちぃ。
なんでよりにもよってそんな大剣を選んだのだろうか?
「おやっ、勇者様、魔核石食いはどうしたのですか?」
ソーンが尋ねる。確かにティラの腰に下がっていたトッピがいない。
「ちょっと難産でぐったりしちゃったので、いま救急袋に入れてあるんです」
「難産?」
「盗品置き場の部屋が、魔核石の壁でできてて、トッピはそれ全部食べたんです。食べすぎだったんですよ。けど、こんなに早く産むとは、びっくりしちゃいました」
「どんなのが出てきたんだ? 見せてくれ」
キルナは興味津々で、ティラに手を差し出す。
「ここに出せないくらい大きいんですよ」
「そんなにか?」
「ここで産んだら大変なことになると思って、産める場所を探すの大変でした」
黒い団子のようなものをティラは口に頬張り、味を確かめるように噛んでいる。
「拝みたいな。そんな大きな魔核石はないからな」
「すでに魔核石にあらず、卵ですけどね」
「加工すれば刀身として使えるんだろう?」
ゴーラドも黙っていられず、口を出す。巨大卵にはゴーラドだって興味津々だ。
「どこか良さそうな場所を見つけたら、見せてあげますよ。ああ、美味しかった。ごちそうさまでした」
ティラは両手を合わせて、お辞儀する。
そんなティラを、尊敬の念のこもった目でソーンが見つめているのにゴーラドは気づいた。
ティラへの心酔度は、ますます増していくようだった。
◇ユシュ アラドル警備団中央本部副団長
こんなに書類整理が楽しいことは、いまだかつてないな。
ユシュは気分よくチェックを入れ、丁寧に判を押す。
これらの書類の束は、全部同じ。盗難にあった物が突然戻って来たとの不可解な報告だ。
ギヨールの屋敷で爆発が起きた直後から、これらの報告が続々と届くようになったのだ。
ギヨールの家に盗品はひとつもなかった。罪を問えないとがっかりしていたところに、当のギヨールが二階から落ちてきたのだ。
そして即死した。
自業自得ってやつで、同情する気は起きない。
さらには、やつの屋敷から金目のものはほとんど消えていた。金庫の中もからっぽだった。
これらが誰の懐に入ったのかははっきりしていないのだが、ギヨールが雇ってきた窃盗団の仕業だろうと思う。ギヨールが死んだあと、使用人の姿は消えてしまったからな。
もちろん盗品を持ち主のところに戻したのは、こいつらのはずはない。
いったい誰が?
キルナさんってことはあるのか?
そうだ、ギルドに行ってみるか? 何か分かるかもしれない。
ユシュはやりかけの仕事をチラリと見るも立ち上がり、急いで部屋を後にした。
ギルドに到着したら、中からカルスが出てきた。
「カルスさん」
気軽に声を掛けたら、カルスはユシュを見て「警備団の」と言う。
魔白狐のことで警備団に来た時には俺も対応したが、名乗っていないからな。だが顔は覚えてくれていたようだ。
「ギルドに用事ですか? まさか、また魔白狐がいなくなったなんて言うんじゃないでしょうね」
冗談めかして言ったら、笑って首を横に振る。
「コルンは娘と遊んでいますよ。コルンを届けてくれた冒険者の方にもっとお礼をしたくて、宿に来ていただけないかとお願いしたのですが、来ていただけなくて。妻がもう一度ギルドに行ってきてと言うので来たのですが……」
「コルンを届けてくれた冒険者って誰なんです? コルンは一体どこで見つかったんですか?」
「冒険者のキルナさんとティラさんです。ですが、会えていないので詳しい話は聞けていないのですよ」
やはりキルナさんだったか。
「会えていないって、コルンを届けに来たんでしょう? だれか代理の者が届けに来たんですか?」
「それが……」
カルスはそこで苦笑し、「実は気づいたら戻っていたのですよ」と言う。
「どういうことです?」
「これ以上の説明ができないのですよ。キルナさんとティラさんが、一度私たちの泊っている宿にいらして、コルンの持ち物を貸してほしいと言われて、娘がコルンの気に入りの玩具を預けたのです。その玩具を口に咥えて、コルンは戻って来たんです。なので、コルンを取り戻してくれたのは、そのお二方としか思えないのですよ」
さっぱり訳が分からないが……
「魔道具か何かを使ったんではないかと思います。だとすれば、なおさらもっとお礼をと思っているのですよ。どんなものであれ魔道具は高価ですから」
魔道具?
そうか、そういうことか? 魔道具なんじゃないのか? それなら納得できる。たくさんの盗品が持ち主の元に戻ったのも……そうなのでは?
だが、カルスの言う通り、魔道具はどんなものであれ高価だ。
……そんなものを使って届けるなんて、あるのか?
しかも、自分がやったと名乗りを上げることもしていない。
いや、誰がやったかはわかってるんじゃないか。キルナさんと……えっと誰だった?
まあいい、ギルドに行けば分かることだ。
カルスと別れ、ユシュはギルドの知り合いの受付のところにまっすぐ向かった。何やら忙しそうにしているが、構わず机に肘をつき話しかける。
「マトム、ちょっと聞きたいんだが」
「うん? ああ、ユシュ、なんだ?」
「キルナさんの泊っている宿を知っているなら教えてくれないか」
顔を近づけて小声で尋ねる。
「それはお前でも教えることはできないな」
笑って手を振ったマトムは、今度は自分から顔を近づけてきた。
「キルナさんなら、もうこの町にはいないぞ」
「本当か?」
「ああ」
なんてこった!
緑竜討伐をあっさり片付け、さらにはギヨールの悪事を片づけ、そしていなくなったってのか?
会えずにがっかりだったが……
くっそぉ。やっぱ、あの人はかっけぇな。さすが漆黒の女騎士キルナ!
つづく
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