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117ゴーラド 〈大剣封印〉
診療所で瀕死の患者をティラがあっという間に治したあと、四人はすぐさま巣を破壊しに向かった。明日に伸ばしていたら、幼虫が成虫になる時間を与えてしまうとティラが言うのだ。
そろそろ日が落ちる頃合いで、ティラはだいぶ焦っている。
巣のある場所を知っている警備員と数人の男たち、そして村長と医療所の薬師であるラシも同行している。
途中、まだ残っていたのがいて襲ってきたが、ゴーラドとキルナで切り刻んだ。
そしていま、藪から突き出ているちょっとした丘くらいの巣を前にしていた。
不気味な柄をしている。
「でっかいですねぇ。こんな大きなの、これまで見たことないですよ」
ティラが感心したように言う。
「この巣の表面、どうにも気味が悪いな」
キルナは精神的に受け付けないとばかりに、引き気味だ。
巣の入り口はキーピルの成虫が出入りできるくらいの穴で、もちろん人は入っていけない。
「どうやって退治する? 中には雌と幼虫がいるんだよな?」
ゴーラドがそう言った途端、ティラが「はいはーい」と元気良く手を上げた。
「ここは大剣使いのわたしがやりましょう」
少し興奮した声でティラは宣言し、堂々とした足取りで巣に歩み寄っていく。
そして背中の大剣の柄を掴むと、片手で軽々と構えた。そのことにぎょっとする。
普通は無理だ、普通は……
「あっ、大剣って両手で持つんでしたっけ?」
間違えたとばかりに、ティラは照れつつこちらに振り返り、みんなと目を合わせて顔を赤らめた。そして気を取り直したように、両手で握りなおした。
普通は片手で持てないから両手で持つんだぞと言いたかったが、突っ込めない。
「ティラ、そのボロボロで切るつもりか?」
キルナが呆れて言うが、ティラはいつもと違う真剣な顔を向けてきて、ゴーラドはドキリとさせられた。
時々こんな顔するんだよな、ティラちゃん。
「切れ味を試してみます。この巣、ちょうど手頃です」
「修理してからでないと、俺の槍みたいに折れてしまうかもしれないぞ」
ゴーラドが注意すると、ティラは少し躊躇したようだ。だがそれは一瞬で、すぐに顔つきを戻す。
「これくらいのことで折れたら、それだけの代物だったってことですね。折れないと思いますけど。……すみませんが、みなさんかなり後ろに下がっててください」
言葉に危機感を感じさせられたが、そんな必要はないのではないかと思う。だがキルナは違う意見のようで、全員を十メートルほど後方まで下がらせた。
「キルナさん、こんなに下がらなくても大丈夫なんじゃないか? たぶん切れやしないだろう。あの巣、めちゃくちゃ堅かったぞ」
「普通ならそうだがな」
そんな話をしていたら、ティラは大剣を左手一本で持ち、まっすぐ上に向けた。そして右手でボロボロの刃をそっと撫でるようにする。
すると刃に沿って、すーっと光が上へと伸びていく。
「おおーっ!」と驚嘆の声が上がる。
大剣を真横にしたと思ったら、ティラは「ハッ!」と気合の入った声を上げた。
気迫の一撃で、まばゆい閃光が一直線に横に走る。
その瞬間、ドドーーン! と、すさまじい音が鳴り響いた。
ゴーラドはぎょっとして足が竦んだ。
「あいつ、何をやった?」
キルナも驚いて声を出す。
見ると、巣の後方の木々が綺麗に消えていた。しかも、かなり遠くまで見渡せる。
「あちゃーっ、やりすぎちゃった。刃がボロボロだから、こんなものかなって思って……。甘かったです。すみません」
こちらに向けてティラが頭を下げてくるが、みな茫然としたままだ。もちろんゴーラドもだ。
「やっぱり大剣は威力がありすぎますね。必要になるまで封印しときます」
ティラはちょっと気まずそうに言い、大剣を元通り背中に背負う。
まさか、威力が凄すぎるからって理由で、背中に担いだまま使わなかったってのか?
「ゴーラド、お前リーダーだろ、ほら、代表して村の人に謝れ」
キルナに耳打ちされ、驚愕の中にいたゴーラドは我に返った。
木々を見事に伐採してしまったことに対して、村人に謝罪しろということらしい。
「あ、あの。すみませんでした」
「い、いや……森の木は大丈夫ですが……ああ、驚いた。あの娘さんはいったい何者なんです?」
見たままなので、説明のしようがない。
「勇者様なのです!」
ソーンが自信を持って皆に告げる。当然、ぽかんとした空気が流れる。
「ソーンさん、だから勇者じゃないから」
ティラは小声でソーンをたしなめている。
その時、ゴゴゴゴと変な音がしだした。巣に目を向けると、上半分がずり落ちていくところだった。
「そうだった。雌と幼虫退治がまだ残っていたな」
ひとり冷静なキルナが口にする。
成虫のキーピルより一回りでかいのが巣から飛び出してきた。
キルナが動こうとしたが、一瞬の間にソーンが射抜いた。
そんなわけでキーピル退治は無事終わった。
幼虫を片づけるのも簡単で、巣にため込んであった蜜を収穫することもできた。
「わあっ、思った通り蜜がいっぱいですよ」
巣に手を突っ込み、ティラは蜜をすくってみせる。澄み切った金色のとろとろした液体だ。
「これ、少しだけもらってもいいですか? 母が好きなので喜ぶと思うんです」
「も、もちろんです。勇者様、お好きなだけ持って行ってください」
その呼び名に、ティラはカチンと固まる。
「いや、だからその、わたしは……」
「勇者様においでいただけるとは、村の誉!」
「か、感激です。どうかお好きなだけ滞在してください」
そう言ったのは村長だ。
他の男たちも、目の色を変えてティラを招待する。そんなティラと男たちの間にキルナはずいっと割り込んだ。
「予定があるので、それはできかねる」
有無を言わせぬ迫力だ。 いや、頼りになる。
「そうなのですか? それは残念です。では、ただいま宴の準備をしておりますので、ささやかなものですが、どうかご参加ください」
村長に必死に頼み込まれる。
「あの、わたしはそろそろ帰ります。今夜は色々やらなきゃならないんで、失礼しまーっす」
言ったが早いか、ティラはその場から消えた。
もう夕暮れだからな……
さて、置いて行かれた俺らは、この事態をどう説明すればいいんだ?
ゴーラドは頭を抱えたが、ソーンが微笑んで「勇者様は、日暮れには戻らねばならぬのです」と伝えた。
するとなぜかみな納得してしまい、「ほおっ」などと感心した声を出すのだった。
つづく
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