|
◇118 ゴーラド〈預かった依頼〉
「今日は、ほんとに色々あったな」
ゴーラドはキルナとソーンを前にし、苦笑して言った。キルナは肩を竦める。
宴も終わり、いまがいま宿の部屋に引き上げてきたところだ。宴の場では、村長から今回の礼にと金貨を五枚受け取った。
それぞれの部屋にそのまま戻る気になれず、こうしてゴーラドの部屋に集まっている。
「ソーン、疲れただろう?」
「体の疲れはないのですが……気持ちが疲れました」
当然だろうな。昨日、里を後にし、初めて踏み込んだ世界で、冒険者になるための試練を受け、樹木系の魔物退治に奔走し、遅い昼食を取ってここまで歩いてきた。キーピル退治まで、おまけについたわけだからな。
考えてみれば、今日の移動距離は相当なものだ。
「それにしても、色々なことがこうも頻繁に起こるのには驚いてしまいました。里では、問題が起きるようなことはそうなくて、平和なものでしたので」
「妖魔に襲われるまでは……か?」
「はい、そうですね」
ソーンは苦い笑いを零す。
「魔獣や魔物は多種多様でどこにでもいるからな。何かしら問題が起こる。そして問題が起きても、それを対処できる冒険者は足りていない。難度の高い問題が起きれば、どうにもできなくて村そのものが消えたりする。このタソ村もキーピルの巣をどうにかできなければ、住み続けられなかっただろうからな」
「勇者様ならば、どんな問題でも解決してくださりそうです」
まあ、そうかもしれないが……
「だが、頼りすぎには注意だ。我々は仲間であらねばな」
キルナの言葉に、ソーンはハッとしたようだ。真剣なまなざしで、大きく頷いていた。
頼りすぎには注意か、俺も心しないとな。
「それじゃ、そろそろ休むか」
「そうですね」
キルナが立ち上がり、ソーンも頷いて立ち上がる。二人がドアに向かい、それを見送っていたら、キルナが動きを止め、こちらを見てくる。
「キルナさん、どうした?」
「ドアの外に誰かいるようだ」
そう口にし、キルナはさっとドアを開けた。
「わっ!」と、驚いた声がし、「も、申し訳ございません」と謝る声が続く。
この声、薬師のラシ先生じゃないのか?
宴の場で話をしたが、かなりの人格者だった。
「薬師ラシ、我々に何か用か?」
キルナが尋ねると、ラシは「はい。このような夜分に失礼とは思ったのですが……明日は早く出立なさると聞いたので……迷った挙句、こちらに参ってしまいました」と恐縮した様子で語る。
キルナが部屋に入るように促すと、ラシは何度も頭を下げながら入ってきた。
「実は、勇者様にお願いがございまして」
遠慮がちにラシは話を切り出してきた。
かなり迷った末に、ここにやって来たのだろう。だがなかなか声をかけられず、ドアの外で長いこと躊躇っていたようだ。
「お願いとはなんです?」
ゴーラドが尋ねると、ラシは一つ頷いて、語り出した。
「実は、ここから馬車で二時間くらいのところにあるダクス村に、重篤な患者がいるのです。ダクス村の薬師をしておりますダオの四歳になる娘で、名をメルリというのですが」
「ほお」
「先月、魔猿に襲われたそうで、たいした傷ではなかったのに、なぜか容態は悪くなる一方なのです。ダオの手に負えず、私に診てほしいと頼んできたのですが、私にも手の施しようがなく。勇者様ならばなんとかしてくださるのではないかと」
話を聞いたものの、返事に迷う。
やるのはティラだ。俺たちが勝手に引き受けていいものだろうか?
もちろんあのティラのことだ、話を聞けば引き受けるに決まっているのだが。
「わかった。ティラに伝えてやろう」
そう答えたのはキルナだった。
「ありがとうございます」
ラシはほっとした様子で、懐から封書を取り出した。
「ダオにこれをお渡しください。私からの紹介状です」
ゴーラドが封書を受け取ると、ラシは何度も何度も頭を下げ、帰って行った。
「よかったのかな?」
ゴーラドはつい、ふたりに聞いてしまう。
「いい悪いじゃない……引き受けるしかなかっただろうが」
キルナは苛立ちながら言う。
「だよな」
ゴーラドも、そう言うしかなかった。
黙っていたソーンも、同意するように頷いた。
◇ソーン
宿の部屋で一人横になり、ソーンは勇者様のことを考えていた。いや、勇者様のことばかり自然と考えてしまうのだ。
勇者様は超人だ。見た目は普通の娘だが、圧倒される能力をその身の内に秘めておられる。さらにはソーンなど及ばぬ博識さ。
戦闘力だけでなく、治癒にも長け、思いやりもおありになる。
思わず、どんな問題でも解決してくださりそうなどと軽がるしく口にしてしまい、キルナ様にたしなめられてしまった。あの時は、誠に恥ずかしかった。
しかし、我々は仲間であらねばな。の一言に救いを得られもした。
勇者様の従者として、お守りするためにお側にいるつもりだったが……助けていただいてばかり。けれど、それでいいのだと思えた。仲間なのだから……と。
キーピルの毒で死にかけていた男性に治癒を施す勇者様の横顔は、凛として神々しかった。なのに、治癒を終えられた時、勇者様はそっと神に感謝された。
治癒を成したのは自分ではなく神であると、謙虚に受け止めておいでだった。
ダクス村の娘の治療も頼まれてしまったけれど、勇者様ならなんなく治してしまわれるだろう。
勇者様は謎でいっぱいだ。旅を共にさせていただくことで、僕はその謎めいた部分をほんの少しでも知りうること、叶うのだろうか?
118 ティラ 〈父に相談〉
ああー、終わったぁ!
最後の品に札を貼り、それが消えたのを見て、ティラは大きく伸びをした。同じ作業を延々としていると、精神的に疲弊しちゃうな。
両親が手伝ってくれると思ったのに、忙しいと断られた。
確かに忙しいふたりだけどさぁ。少しくらい手伝ってくれてもいいと思うんだよね。
それでも母は、魔道具の札を必要な分だけ作ってくれたのだ。感謝してる。
さて、これはどうするかな?
受け取り手のない品がけっこう残った。父は残るものがあれば貰っておけばいいと言ってたけど……
これはなんなのかな?
小さな箱なのだが、仕掛け箱らしく開けられない。無理してこじ開けようとすれば、箱が壊れそうだ。これは父さんに見てもらうかな。
それと、これはなんだろう?
厚地の紙が巻いてあり、紐で括ってある。
紐をほどいてみたら、地図のようだった。
どこの地図かな? 染みがついてるし、こいつはかなり古いな。丁寧に扱わないと、ボロボロと破れてしまいそうだ。
で、こっちはなんだ?
手で持てるくらいの瓶だ。コルク栓で蓋がしてある。表面はつるつるしてるけど、瓶は曇っていて中身はよくわからない。
こういうものは不用意に開けるべきではないから、これも父さんかな。
あとまだいくつかあって、魔道具なのはわかるがどういったものなのかはわからない。
あれっ、カギがある。こんなのあったっけ?
「ずいぶんと古びたカギだねぇ。けど、これも魔道具っぽいな」
用途不明の魔道具とカギはひとまとめにして袋に入れ、ポーチに放り込んでおく。
仕掛け箱と巻いてある紙と瓶は手に持ち、ティラは父のところに向かった。
「ふむ」
仕掛け箱を手に持ち、父はじっと見る。
「開け方がわかる?」
「これは必要な時に開くのさ」
「必要な時っていつ?」
「それは必要な時が来た時だな」
「はあっ?」
「お前が持っているといい。で、これはなんだ?」
今度は巻いた紙を開いてみる。
「ふむふむ」
「宝の地図だったりしない?」
そうならいいなという思いを込めて、ワクワクして尋ねる。
「ふーむ。これもお前が持っているといい」
「父さん、この地図がどこの地図かわかったんじゃないの?」
「さあ、どうだろうねぇ」
父は含み笑いをするばかりで、教えてくれない。
絶対、なんの地図かわかったんだ。
「教えてくれればいいのに」
「で、その瓶は強烈な呪いが封印付きでかかっているな」
「だよね。そんな感じ。開けない方がいいよね。これは父さんに預けるね」
「いや、それもお前が持っていけ」
「ええーっ、呪いの瓶なんて持ち歩くの嫌なんですけど」
「お前は、いっぱしの冒険者なんだろう?」
「なかなかランク上がらないけどね」
そう言ったら、父は眉をくいっと上げる。
「ランクなんてもの気にするのか? 気にするべきは冒険者の質ではないのか?」
「だって、ランクが上がらないと依頼に制限がかかるんだもの」
「キルナくんやゴーラドくんの受けた依頼を一緒にやれてるじゃないか。問題ないようだが?」
それはそうだけど……
「ソーンさんに負けたくないの。すでに追い越されちゃったし」
「ふむ。ソーンくんは、そんな勝ち負けを気にしてるのか?」
い、痛いところを強烈に突かれましたぁ!!
ティラはため息をついた。
「してない。ちょっと反省した」
「そうか」
父と話したら、気持ちがすっきりした。
そうだよね。ランクなんて気にするのはやめよ。
「父さん、見てくれて、ありがとう」
持ち込んだ三つの品をポーチにしまったティラは、父に礼を言って背を向けた。
「ティラ」
「うん?」
「その瓶、精霊が入っているぞ。たぶん妖魔の仕業だ」
「ええっ? なら、出してあげなきゃ」
「ここでは無理だ。呪いと封印の解除に失敗すると精霊は消滅してしまう」
「父さんなら、救えるんでしょう?」
「まあな。だが、お前がやってみろ」
「できると思う?」
「思ってなきゃ、やれとは言わないな」
その通りか。
「いまのティラは、頼りになる仲間もいる。どうしても無理だったら父さんのところにもう一度持ってこい」
「わかった。頑張ってみる」
「慌てる必要はないからな。精霊は眠っているし、苦しんでいるわけじゃない」
それを聞けてほっとした。そうでなければ、父はティラに頼むことはしなかっただろう。
「それと、トッピ、そろそろ出してやれよ」
あっ、そうだった。忙しかったんで、すっかり忘れてた。
「父さん、トッピが魔核石の壁を食べて、巨大な卵を産んだんだけど」
「見せてくれ」
卵をポーチから出す。
さすがの父も、このでかいのには驚くと思っていたのに、そうでもなかった。
「なんだ、質はイマイチだな」
「役に立たない?」
「父さんはいらないな」
そっか……そうだ、キルナさん達に見せるっていったのに忘れてたな。
「キルナさんとゴーラドさんも見たがってたから、もう一度持ってくわ」
「ゴーラドくんに貸している槍で突いて吸収しろ。始末するのに手っ取り早いぞ」
ほほぉ、いい情報をいただけたな。
「わかった」
巨大な卵をポーチに戻し、ティラは自室に引き上げることにした。すると、途中で母に呼び止められた。
「ティラ、これ明日持っていきなさい。聖緑花の種よ。あなたが今日伐採した空き地に、これを蒔いてあげなさい」
「わあっ。ありがとう」
聖緑花は、害虫除けの花なのだ。この花が咲いていれば、もうキーピルが巣を作る心配はなくなる。
「さあ、そろそろ寝なさいよ。明日の朝は、種まきもあるし、少し早く出発した方がいいわね。歯磨き忘れずにね」
「はーい。お休みぃ」
聖緑花は、明け方に撒くのが基本だもんね。
受け取った種を手に、ティラは自室に戻ると、しっかり歯磨きをして、お日様の匂いのするふかふかの布団に潜り込んだ。
目を閉じたティラは、キルナさん、ゴーラドさん、ソーンさんがいい夢を見ていますようにと祈りながら、眠りに落ちたのだった。
つづく
|
|