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◇3 キルナ 〈ぽかん〉
キルナは娘を見つめ、苛立ちを募らせる。
なんなのだこの娘は?
凶悪な魔獣の生息するこの森の中で、呑気に弁当を食べていただ?
あり得ないだろうが!
防具はなし、武器も所持しているようではない。ぴらっぴらの軽装だ!
馬鹿なのか!
こいつが女でなかったら、拳の一つも食わらしてやるところだ。強烈な怒号とともに。
私がいなかったら、今頃はこの醜悪な魔獣の餌になっていただろう。
キルナがマカトの町にやってきたのは、一週間ほど前だ。
町の近くの森に、魔獣が増えすぎて困っているとのことで、ギルドから依頼を受けた。
そして今日も同じく、かなりの数を仕留めたところで、この場に遭遇したというわけだった。
私が偶然行き合わせなければ、自分が噛み殺されていたという事実を、しっかり認識できているようには見えない。それが腹が立つ。
もしや、少し知能が足りないのだろうか?
娘が腰につけているとんでもなくラブリーなポーチに、どうにも顔が引きつりそうになる。
「お前、いったいどこからやってきた?」
「あっちの方から来ましたけど」
その答えに呆れる。
「住んでいる村とか町の名を聞いたのだが」
娘は答えず、眉を寄せる。
やはり、知能が……
「よく無事だったな。あっ、もしや連れがいたんじゃないのか?」
護衛が同行していて、だが魔獣に襲われて娘を置きざりにして逃げたか、殺されてしまったか……それでこの娘はひとりきりに……。そうか、そういうことだったか……
「連れの者は、魔獣が現われて逃げてしまったのか?」
もし殺されたのなら、遺体を探してやらねばならない。
「わたしは最初からひとりですよ。連れの者なんていないですから。あの町までお使いに来ただけです」
最初からひとり? いやいや、あり得ないだろう。
「なぜ防具もなしに? なにがしかの武器は持っているのか?」
「あのぉ~、わたしもう、行ってもいいですか?」
はあっ? ば、馬鹿か、こいつ!
「お前、自分の置かれている状況がわかっていないのか?」
「どういうことでしょう?」
戸惑いつつ尋ねられ、こちらまで戸惑う。
「いいか、お前はいま魔獣に襲われたのだぞ! 町に辿り着くまでに、また襲われる可能性もあるんだからな」
「ああ、わたしこう見えて、けっこうやれるんです。だから大丈夫ですので」
「たったいま襲われておいて、何を言うっ!!」
怒鳴りつけたら、娘は顔をしかめた。
そしてそそくさと弁当箱を回収し、腰のポーチにしまい込んだ。
うん? どういうことだ?
弁当箱とポーチの大きさが……理屈に合っていなかったぞ?
まさか、魔道具なのか?
「あの、わたしお使いをさっさと済ませて、今日中に家に帰らないとならないので、失礼しまーす!」
言ったが早いか、娘はその場から逃走した。
その尋常ではない速さに、キルナはぽかんと口を開けたのだった。
つづく
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