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◇41 ゴーラド 〈妙な感じ〉
「なんてこった。なんてこった」
キルナ、そしてティラと走りながら、ゴーラドはぶつぶつと呟いていた。
まさか、兄貴が妖魔のせいで、あんなことになっていたとは……いまだに妖魔という存在は現実味がない。現物を見せてもらったが……それでもだ。
あの恐ろしいくらいに整った容姿……ふたりから性格は最悪だと聞いても……どうにも納得できない。
けど、あいつはティラちゃんを殺そうとしたんだよな。
その考えで、ようやく敵認定できてきた。
しかもだ。妖魔は兄貴の生気を植物に吸わせていたのだ。おかげで兄貴は死にそうになっていて……
くそおっ。最悪じゃねぇか!
なのになんで、あんな天使みたいな顔してやがるんだ! 納得いかねぇ。
腹立ちが増し、ゴーラドは走る速度を上げた。
◇◇◇
「姉さん、ゴーラドだ。開けてくれ」
ドアを叩くと、少し間を置いて兄嫁のニコラが顔を出した。
「ゴーラド、どうしたの? そんなに慌てて……いえ、ちょうどよかったわ。カムラの容体が少しよくなったようなのよ」
明るく伝えてきたニコラは、ゴーラドの後ろにいるふたりに気づいたようで、目を合わせてお辞儀をしている。
「ほんとか?」
カムラの生気を吸い取っていた植物を、ふたりが退治してくれたからか?
後ろのふたりを見ていたニコラは、ゴーラドに視線を戻し、笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。お腹が空いたからご飯が食べたいって……それで今、作っていたところなの」
口にしながらニコラはポロポロと涙を零す。
「そ、そうか……よかった」
自分まで泣きそうになったが、ゴーラドはぐっと堪えてキルナ達を紹介することにした。
「姉さん、パーティー仲間を連れてきたんだ。キルナさんとティラちゃんだ。ティラちゃんに、兄貴の病を治してもらえるかもしれない」
「えっ、本当に? あ、あの、ようこそ。……あ、あの、本当に主人の病を?」
「会わせていただけますか?」
前に進み出て、ティラが申し出る。
どこにでもいる普通の娘のようなティラを見て、戸惑った表情をしつつも、ニコラは頷き、三人を家の中へと通してくれた。すぐさま、カムラの部屋に向かう。
カムラは治るかもしれない。ゴーラドの胸は期待ではちきれそうだった。
「あなた、ゴーラドのお仲間の方が来てくださったわよ」
そう声をかけながら、ニコラは寝室に入っていく。それにゴーラドたち三人も続く。
カムラは横にはなっていたが、朝より顔色がよくなっていた。カムラの隣には娘のサリサが寝かされていて、今はぐっすり眠っているようだ。
コルットの姿はないが、この時間だと、たぶん近所の子どもたちと遊んでいるのだろう。
「兄貴、パーティー仲間のキルナさんとティラちゃんだ」
カムラはキルナを見て目を瞠り、それからティラを目にして、少し困惑気味だ。冒険者にしては、その風貌はどうなんだろう?と疑問を持ったのに違いない。
それでも、ふたりと挨拶し合う。そしてカムラは嬉しそうにゴーラドに向いていた。
「ゴーラド。お前が持ってきてくれた薬が、いまになって効いてきたようだ。あの薬は、こちらの方たちが?」
「ああ、ティラちゃんから譲ってもらったんだ」
そう言ったら、ティラは少し首を傾げ、それから、ああと納得した表情になった。
「残っていた回復薬ですね?」
ゴーラドは少し気まずく頷いた。
「少し前から、急に楽になってきてな、少し起き上がることもできた」
そうは言っても、衰弱していることに変わりはない。
「ティラさん、本当にありがとう」
カムラはティラに向けて枕に頭を着けたままだが、感謝して頭を下げる。
「どういたしまして。では、もっと楽になっていただけるように、体調を診させていただきますね。あの、おチビちゃんを」
ニコラは頷き、眠っているサラサを抱き上げた。
「君は薬師なのかい?」
「薬師でもありますし、治療師でもありますよ」
そう笑いながら言うと、ティラは本物の治療師のように、カムラを診察していく。
その手際は、本当の治療師のようだった。
「ひどく衰弱されてはいますけど、悪いものは見当たりませんね」
そう報告したティラは、「よかった」と呟きながら小瓶を取り出す。
ゴーラドは吉報に安堵しつつも、小瓶を目に入れてゴクリと唾を飲み込んだ。
ちゃんと言わねば……
「あ、あのティラちゃん」
「はい?」
代金をちゃんと払うと言っておきたかったが、ここで口にしたら、カムラとニコラが気にするだろうと、言葉に詰まる。
「い、いや、なんでもない」
支払いの件は、あとにしよう。
だがティラの様子を見ると、どうもゴーラドの言いたいことを悟ったようだった。
ティラはカムラに向き直り、改めて小瓶の蓋を開けた。
「少しずつ、ゆっくり飲んでくださいね」
頷くカムラの頭の後ろに手を添え、口にそっと注いでいく。
ゴーラドは息をつめて、兄の様子を窺う。
飲み干したカムラは「はあっ」と大きく息を吐いた。続いて深く息を吸い込む。
「体を強固に覆っていた倦怠感が、どこかにいってしまったようだ」
何度か大きく息をした後、カムラはそう言葉にした。
「どうですか?」
「ぜ、全身が、燃えるように熱いんだが」
「よくなる兆候ですよ。その熱も、すぐに消えますからね」
ティラは兄の胸に優しく手を置き、囁きかけてくれる。
その様子はまるで、ティラがゴーラドよりもずっと大人のようで、妙な感じだった。
つづく
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