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◇42 ティラ 〈戦々恐々〉
「まあ、ティラちゃん、本当に手際がいいわねぇ」
台所をお借りし、病み上がりのカムラのための薬膳粥を作っているところだ。
これからはしっかり食べて精を付けることが大事になるので、ニコラに作り方の手ほどきをしている。
「家で、いつもお手伝いしているの?」
ニコラは、ティラの年相応……というか、子どもに対するように接してくる。
「はい」
素直に頷き、「これくらいのとろとろ加減になってきたら、このすりつぶした薬草を一気に入れてよくかき混ぜながら、数分煮込んでください」と説明する。
「分かったわ。爽やかな香りの薬草だけど、初めてだわ。どんな薬効があるの?」
「滋養強壮です。いくぶん珍しい薬草ではありますけど、これ、森の奥の方に生えてましたよ」
「そうなの? 村の店には置いてなかったみたいだけど」
近場に生えているなら、置いてないのはおかしいのだが。
「薬草の採取は、専門の人が行っているんですよね?」
「森の浅いところの薬草は薬師が自分で取りに行っていると思うし、森の奥に行かないとならない場合は、薬草採取の依頼を出して、森で仕事をする人たちに、ついでに取ってきてもらっているようね。森の奥は危険だから」
つまり、薬草についてあまり知識のない人が採取しているってことかな。
「薬師さんは治療師さんなんですか? 治療所を経営していたりは?」
「治療所は一応あるのだけど、怪我人が出た時に運び込むための施設で、治療師がいるわけではないの」
「その場合は、薬師さんが治療を?」
「だいたいそうね。ひどい怪我でないなら、それぞれで手当てしてるわね」
つまり、あまり医療体制は充実していないという事か。まあ、村ではこれが普通なんだろうけど。
薬師がいるだけ、恵まれていると言える。
ニコラによれば、薬師というのはかなり年配のおばあさんで、年若い弟子がふたりいるそうだ。
ちなみに、武具店に肉屋、雑貨屋、飯屋、居酒屋もあるとのこと。
教会も小さなものだが村の中央にあるそうで、こちらは司祭も常駐している。その教会で、司祭が子どもたちに読み書きを教えているとのことだった。
薬膳粥が完成し、ニコラはカムラのもとに運んで行った。
やることもなくなったので、ティラは村の中を歩いてみることにした。
これからしばらく、この村にとどまることになった。カムラの容態が、しっかり安定するまで側で見守るつもりだ。ゴーラドさんも、安心して出発したいだろうからね。
それにしても……ゴーラドさんは結婚してなかったんだもんねぇ。いずれお別れかと寂しく思ってたけど、まだまだ一緒に冒険できそうで、すっごく嬉しい。
ゴーラドさんもキルナさんも、知り合ってまだ短いわけだけど、とにかく気が合うんだよね。
滞在中、キルナはゴーラドの実家に泊らせてもらい、もちろん、ティラは家に帰る。
外に出たティラは、のんびり歩きつつ村の様子を眺めた。
ここは西の門の近くで、東西南北それぞれに門があるとのことだった。
ゴーラドの実家のすぐ際には頑丈な柵がある。ゲラルという脅威に対抗するために、急遽作ったものらしい。
村はかなり広く、家が密集して建っているということはない。ほどよい間隔を開けて建てられ、それぞれに庭も畑もある。
中央にある教会は遠くにそれらしき屋根が見えるが、ここからだとかなり遠そうだ。
ゴーラドさん、あの辺り行ったはずだよね。教会の周囲に村役場なんかの施設は固まってるって言ってた。
ゴーラドは、村の脅威になっていた魔獣がすでに討伐されたことを報告に行ったのだ。
ティラがひとりで仕留めたなんてことは、絶対に言わないようにと頼んでおいた。キルナさんがやったということなら、みんな納得するだろうからね。
そのキルナは、森に様子を見に行くと出て行った。何もせずにいるというのが好きではないようだから、暇つぶしだろう。
この村ではキルナさんの興味を引くようなものはなさそうだしね。明日はパッサカの精霊さんに会いに行ってみようって誘ってみようかな。
うーん、とりあえずこれからどうしようか?
村の中央に行けば、色々見られるんだろうけど……
猟師たちも狩りに行けず、肉が手に入らないのだとニコラが言っていたなと思い出す。
まあ、森に行ったところで魔獣はいないけど……
遠出してもいいけどなぁ……それより薬草を採取してこようかな。
夕方になる前に戻ってきて、みんなに挨拶してから家に帰ればいいよね。
そう決めて、門を駆け足で抜けたら、「お、おい、待てっ!」と厳しい静止を食らった。
足を止めて見上げると、見張り台の上にいる男の人がこちらを怖い顔で見ている。さっき村に入る時にゴーラドと話していた人とは違うようだ。
「なんですか?」
「お前、どこの子だ?」
「この村の子ではないですけど」
「親戚の家にでも遊びに来たのか? とにかく、子どもひとりで門を出ちゃならんぞ」
男の人は叱りつつ、急いで見張り台から降りてくる。ティラが、すでに門から出てしまっているのに、戻る様子がなかったからだろう。
ティラは仕方ないと、いったん村の中に戻った。
「危険な魔獣は退治されたって聞きましたよ。もう安全だと思うんですけど」
先手を取って伝えたのだが、呆れた顔をされた。
「はあっ? そんな連絡はもらっていないぞ」
そうなんだ。そして、子どもの言う事など、信じないってことだね。
こんなところで揉めるわけにはいかないので、ティラは「出してもらえないのなら、もういいです。失礼します」と頭を下げて、その場を後にした。
薬師さんのところに行ってみようかな? それとも、肉屋の現状を把握しに行くかなぁ。
思案しつつ歩いていたら、前方からかなりの人数の男の人たちがやってきた。ほぼ全員が武装している。その中のひとりがこちらに駆け寄ってきた。ゴーラドさんだ。
「ティラちゃん。ちょうどよかった。キルナさんは?」
「キルナさんは……」
あれっ、森に行ったって言っちゃっていいのかな?
キルナさんは、あの門から出たんだろうか? キルナさんは強そうだから、スルーしたのかな?
「出かけてて……居場所は分からないです」と言うにとどめる。
「そっか。なら、ティラちゃん、魔獣の残骸があるところまで案内してくれるか?」
「ゴーラド、この子は?」
立派な鼻髭を蓄えた老齢の男の人が、前に出てきてゴーラドに尋ねる。
「俺の冒険者パーティーメンバーの、ティラです。ティラ、こちらは村長だ」
他にも大勢いるが、全員紹介する必要もないだろうと省いたようだ。
村長とだけ挨拶し合い、他の人たちにはお辞儀しておいた。
「君も冒険者なのかね?」
「はい。まだFランク+5ではありますけど」
「ほお。まだ若いのに、たいしたものだ」
おっ、この村長さん、わかってるじゃないか。
「ティラ殿。それでは、さっそく案内を頼もう」
「了解です」
ティラは大勢の男どもを引き連れ、先ほどの門に辿り着いた。また見張り台の上に戻っていた男の人は、慌てて降りてくる。
「どうしたんですか? まさか、これから討伐に向かうんですか?」
「いや。実はな、ゴーラドがすでに魔獣は退治されたと言うんだ。確認のために現場に向かうことになった」
男の人は驚き、ティラに向いて顔をしかめる。
「本当だったでしょ?」
ふふん、とばかりに言ってやったら、男の人はㇺッとした。
「ティラちゃん、ガンスと何かあったのか?」
この人、ガンスって言うのか? ゴーラドさんとかなり親しいようだ。
「さっき門を通って外に出ようとしたら、危険だからって止められたんです。もう魔獣はいませんよってお伝えしたんですけど、信じていただけなくて」
「ゴーラド、本当に魔獣は退治されたのか?」
「ああ。俺のパーティーメンバー、このティラちゃんとキルナさんのふたりでな」
「はあっ? この娘っ子が? おいおい、こんな時に、バカな冗談はやめろよ」
「お、おい。ガンス、言葉をわきまえろ」
「そうだぞ、ガンス。村の恩人に失礼なことを言うでない!」
ガンスを叱り飛ばした村長は、とにかく討伐の証を見たいと急かしてきた。
道案内しなければならないので、ティラが先頭になり、川沿いを歩いて行く。
ゴーラドは最後尾をガンスと並んでついてくる。
村長さん以外は、魔獣が退治されたという話を信じ切れていないようで、みな戦々恐々としているようだった。
つづく
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