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◇44 キルナ 〈アイテム作成〉
凄い勢いで、ティラを示す印は移動していく。
地図を手に、森の中を駆け抜けながら、キルナは苦笑する。
あいつ、絶対に飛んでるよな。
だが、空を見上げてもティラの姿は確認できない。木のてっぺんすれすれを飛んでいるようだ。
人に悟られないようにか。すでに私とゴーラドに知られているのに、ティラはそのことに気づいていない。
ティラが飛ぶところを見てしまったわけだが……あの時は夕暮れということもあったのだろうが……ティラは周りの確認を怠り、慌てて飛び上がったようだった。
飛べることは知られないようにしているようだ。
もちろん、魔道具を使ってにしろ、飛べるなんてとんでもない話だ。
飛べる者がいないわけではないが、ティラ自身は普通の娘にしか見えない。そんな娘が飛べるなんて知られたら、悪い輩に狙われかねない。
まあ、ティラの実力はすでに認めている。
こちらを本気で殺しにきていた妖魔、ティラはやつを手玉に取るかのように扱っていた。
だが私は、妖魔の放った魔法攻撃に対処できなかった。ティラは殺られたと思った。けれど、ティラは妖魔の攻撃を躱し、反撃までした。
ティラの実力は、SSランクの私を上回るのだろうか?
まあ、それはともかく、そんなティラだ。どんな輩が襲ってこようと簡単に負けはしないだろう。が……それでも上には上がいる。
ティラの両親は何を考えて娘に魔道具を使わせているのだろうか?
心配だから、日帰りさせているはずなのに。
ティラを追いつつそんなことを考え込んでいたら、印が停止した。
もう森の奥までやってきていた。
これから何をするつもりなんだろうな?
隠れて様子を窺うのでもいいのだが……そろそろ腹が減ってきた。
印の位置までやってきて、キルナは「ティラ」とかなり大きな声で呼びかけた。数秒してティラが木の幹をするすると降りてきた。
「キルナさん、追いかけてきたんですか」
キルナはにやりと笑い、地図をバッグにしまい込んだ。
「どうやって魔獣を連れてくるつもりかと思ってな」
「匂い袋を使うつもりです」
なんだ。以外と普通だったな。
「ふむ。では、お手並み拝見といこう」
「キルナさん、手伝いに来たんじゃないんですか?」
「いや、見物に来ただけだ。私に構わず好きにやるといい」
小さく笑い、ティラは頷く。
「それじゃ、とりあえずお昼の準備します」
「まあ、悪くない」
キルナは自分の腹をさすりつつ同意した。
そんなわけで良さそうな場所を探すことになった。
一時的に魔獣のいない森なので、どこで食べても邪魔されることはないが、休憩するなら川の近くがいい。
地図で確認し、獣道を通って川に行きついた。
キルナは短めの剣を取り出し、邪魔な草を払った。空いた場所で、ティラはさっそく調理を始める。
「しかし、ゲラルという魔獣、かなり広範囲に渡って捕食したようだな。ここまで来ても、まだ魔獣の気配を感じない」
刈り取った草を尻に敷き、座り心地を確かめながらキルナは言った。
「村に向かわなかったのが、幸運でしたよね」
「そうだな。村の周辺に元々魔獣が少なかったのがよかったんだろう」
餌になる魔獣のいる方向、村とは反対側の南側にゲラルは移動していったのだろう。
「小物は残ってますけどね」
匂いに誘われたのか、反対側の岸べに魔土鼠が数匹、草むらから顔を覗かせている。
小さいくせに攻撃的な魔獣で、いまにも飛びかかりそうに威嚇してくる。
「あれも旨いんじゃないのか?」
からかうように言ったら、ティラは顔をしかめた。
「魔土鼠はどうでもいいです」
ちょっと意外だった。魔土鼠はそこそこうまいのだ。
つまり、魔鼠はもっとうまいという事なのか? まあ、食べるつもりはさらさらないが。
するとティラが小石を拾いあげた。何をするのかと見ていると、狙いを定め、石を投げる。
それは魔土鼠の足元でバチンと炸裂し、魔土鼠たちは仰天して飛んで逃げて行った。
思わず口笛を吹いてしまう。
拾ったのはただの石だが、炸裂した時にはただの石ではなかった。
「今の一瞬で石に魔力を込めたのか? お前はなんでもできるな」
正直、驚愕に近いくらいの驚きだ。ただの石に魔力を込めるなど、キルナには到底できない芸当だ。
「このくらいのこと、土魔力を扱えるなら誰だってできますよ」
土魔法か。それなら納得できなくもない。
ただの石には普通魔力は込められない。魔力を込めようとした時点で石ははじけ飛ぶ。
土魔法が使えるなら可能なのかもしれないが……だからって、誰でもできるとは思えなかった。
魔力が必要となる魔道具を使うのだから、こいつが魔力を持つのは分かっていたことだが……
「もしかして、魔道具がなくても攻撃魔法を使えるのか?」
「使えますけど……あれっ、気づいてなかったですか?」
「知らなかったな。いったいどんな技を習得しているんだ?」
「色々ですよ」
その顔つきからすると、別に隠すつもりはないようだが、説明が面倒なようだ。
付き合っていくうちに、おいおい知ることになるだろう。
そろそろいい匂いがしてきた。ティラは香草でソテーした肉をパンに挟み、キルナに差し出してくれる。
礼を言って受け取り、さっそくパクつく。
「うん、うまい!」
噛み応えのあるパンに、いい具合に肉汁が染みている。香草の加減が絶妙だ。
二つ三つと食べ、温められた濃厚なスープもいただく。ティラは母親の手作り弁当も食べている。
満腹になり、満足していると、ティラはまた何か作り始めた。
「もう食べられないぞ」
「食べ物じゃないですよ。匂い袋を作ってるんです」
なんだ、そうか。
「そうだ。キルナさん、向こうの森に行って、どんな種類の魔獣がいるか調べてきてください」
「私は見学だと……」
「よろしくお願いしますね!」
にっこり笑って畳みかけられる。キルナは渋々立ち上がった。
◇◇◇
森を駆け回り、キルナは襲ってくる魔獣を仕留めていった。ティラにもらった魔道具の小分け袋に亡骸を放り込んでいく。もちろん、魔核石は自分の懐に収めた。
ゲラルはこちらには一切手を出していなかったようで、森は魔獣の宝庫だった。おかげでひとつめの小分け袋はすぐに満杯になってしまった。
ほぼ、森を走破したところで、ティラのところに戻る。
「おかえりなさい。どうでした?」
ティラは大きな鍋に棒を突っ込んで、ぐるぐるとかき混ぜている。
「この辺りは、人が入ることがないんだろうな。魔獣がわんさかいた。魔狼、魔猪、魔熊。小型も多いようだったが、村近くの森に誘い込むなら中型がいいだろ?」
「そうですね。大型の魔熊は危険度が高いですし、猪が一番ですね。なにより美味しいし」
ティラはポーチから小袋を取り出し、中身を全部鍋に入れた。鍋から立ち上る匂いが変化する。これが猪の好む匂いってことなんだろう。
さらに小さな袋状のものを鍋いっぱいに入れる。しばしぐつぐつ煮て、先に用意していたトレイの上に並べて行った。手慣れたものだ。
全部並べ終えたところで、ティラは両手をかざす。
ぶわっと蒸気が立ち上り、湿っていた袋状のものは綺麗に乾いていた。
こいつ、また器用なことを。
しかし……匂いが百倍強くなったような。
たまらず鼻をつまむ。けして嫌な匂いではないのだが、匂いの濃度があまりに強すぎる。
「出来ました。アイテム作成終了です。はい、キルナさん」
「あ、ああ」
半分差し出され、嫌々受け取ったキルナは、空の小分け袋に急いで放り込んだ。
手のひらに匂いが染みついた気がする。これは洗っても簡単には取れないんじゃないのか?
「そうだ。偵察中に襲ってきたやつを、狩っておいたぞ」
「さすがキルナさんです。みなさん、喜ばれますね。お肉はいくらあってもいいでしょうし、匂い袋を撒き終えたら、わたしも少し狩りますよ」
ティラとはいったんそこで別れ、キルナは自分の分担の範囲に、匂い袋をバラまいていった。
つづく
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