冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇45 ゴーラド 〈驚きの手土産〉


「ゴーラド、本当におふたりの昼食の用意はしなくていいの?」

ニコラが再度尋ねてくる。

「ああ、大丈夫だ」

キルナとティラのことだ。森に行ってしまったと伝えたら、ひどく心配して、納得させるのが大変だった。

村の脅威だった魔物をふたりが討伐してくれ、その亡骸を村長らと確認してきたことも伝えたのだが、ニコラは困惑するばかり。まあ、当然とも思うが。

キルナはSSランクでゴーラドなどより遥かに上なのだと教えたが、それも納得できていないようだ。

そして、もうひとり……厄介なことにガンスが着いてきていた。

いまはニコラが用意してくれた昼食を一緒に食べている。ちなみに、コルットも一緒だ。
大人の会話は理解できていないようで、コルットは食べるのに夢中だ。

「信じられるもんかよ」

「信じる信じないはお前の勝手だ」

同じことを何度も繰り返され、いい加減ガンスの相手をするのが面倒になってきた。
こいつは納得する気がないのだ。説明するだけ無駄というもの。

「ガンス、お前、それ食ったら帰れよ」

追い払おうと冷たく言ったら、恨みがましい目を向けてくる。ゴーラドは知らぬふりをして食事を口に運んだ。

するとガンスは拗ねたような舌打ちをする。

悪い奴じゃないんだが……単細胞過ぎるんだよな。

「ニコラさん、カムラさんの様子はどうなんだい?」

ガンスは急に話題を変え、ニコラに尋ねる。

そうだった。兄貴のことすっげぇ心配してくれてたんだよな、こいつ。

「かなり良くなったのよ」

「そうなのか? それはよかったぜ」

「ティラちゃんがいいお薬を分けてくれたの。薬膳粥の作り方まで教えてくれて……ほんと、あの子は凄い子ね」

「あの娘っ子が薬を?」

「ええ。薬師で、治療師でもあるのですって」

「薬師? あんな娘っ子が?」

侮辱したような言い回しに聞こえ、イラっときたゴーラドは、腕を振り上げガンスの頭を軽くどついた。

「いでっ!」

弾みでテーブルに頭をぶつけそうになったガンスは、腹を立ててゴーラドを睨む。

「なにすんだっ!」

ガンスが吼えたせいで、コルットがびっくりしている。それに気づき、ガンスは、「ああ、すまんすまん」と謝りはじめた。

コルットは眉を寄せていたが、頷いてまた食事に戻った。

「お前は、ほんと失礼だな」

ガンスだけに聞こえるように小声で文句を飛ばす。

「失礼なのはお前だろうが、突然殴りやがって」

コルットをさらに驚かせないように、ガンスの方も声を押さえて文句を言い返す。




「ついてこい」

食事を終えたゴーラドはガンスに言い、立ち上がった。そのまま居間を出て兄の寝室に向かう。ちゃんとガンスも着いてきている。

「兄さん。入っていいか?」

「いいぞ」

その返事に、ガンスが驚いている。

ゴーラドはガンスに笑みを見せ、部屋に入って行った。

ベッドに腰かけて娘のサリサを抱いているカムラを見て、ゴーラドの笑みは深くなる。

「兄貴、ガンスが見舞いに来てくれたぞ」

「おお。ガンスか、ひさしぶりだな」

「カ、カムラさん」

カムラを見てガンスは目を瞠っている。

「お、起き上がれるように、なったのか?」

カムラは頷き、そのやわらかさを味わうように、幼いサリサのほっぺたをそっとつつく。サリサは嬉しそうにキャッキャッと笑う。カムラの目尻はこれ以上ないほど垂れ下がっている。

「ゴーラドの冒険者仲間のティラさんがいい薬をくれた。ずっと寝ていて筋力が落ちてしまっていて、まだ完全とは言えないがな」

腰かけていても、さほど辛そうではない。

ティラは、一時間おきに服用するようにと、例の回復薬をニコラに渡したらしい。一回の量は数滴。一瓶飲み終わる頃には全快していると太鼓判を押してくれたそうだ。

もうティラちゃんには頭が上がらないなぁ。けど、感謝以外のものは受け取らないのだろうな。

「いや、とても元気そうだ。そうか、よかった。よかったなぁ」

ガンスは声を詰まらせ、男泣きする。

色々問題はあるが、やっぱ、いい奴なんだよな。

自分まで涙が込み上げそうになり、ゴーラドは泣いているガンスの背を軽く叩いたのだった。


◇◇◇

夕方近くなり、キルナはひとりで村に戻ってきた。

居間でくつろいでもらいながら、話を聞かせてもらうことにする。

コルットは床に座り込んで、気に入りの玩具で遊び、ニコラは夕食の支度にト取り掛かっている。そしてもうひとり……

昼飯を食い、カムラの見舞いもし、すぐに帰るかと思ったのに、ガンスはまだ居座っている。

キルナさんを挑むように見るのは、ほんとやめてほしいぜ。

キルナの方は、まったく相手にしていないが……

「それで?」

催促すると、お茶をゆったり飲んでいたキルナはカップをテーブルに置き、ゴーラドに向いてきた。

「ティラが匂い袋を作り、それを撒いてきた。魔猪が一番いいだろうってことで、魔猪の好む匂いらしい。……まったく、匂いが取れない」

自分の手のひらの匂いを嗅ぎ、キルナは顔をしかめる。

キルナから独特の香りがしていたので、何の匂いだろうと思ったら、そういうことか。

「効果はテキメンだったぞ。すでにかなり移動してきていた。数日すれば、以前のように狩れるようになるだろう」

「なあ、ティラって娘っ子はどうしたんだ?」

「……」

ガンスが腹を立てたように尋ねるが、キルナは答えない。

「おい、答えろよ。まさか、あんな娘っ子を、森に置き去りにしたんじゃあるまいな?」

「ガンス!」

「いいさ。別に気にしていない。お前、ガンスと言ったか?」

「お、おお」

「あの娘は、ただの娘っ子ではない。お前など足下に及ばぬほど強い。私ですら、本気で向かって勝てるかどうか……」

「はあっ⁉」

ガンスが苛立って立ち上がったのを、キルナは手で制す。キルナの鋭いまなざしに気圧されたのか、ガンスはおとなしく口を閉じた。

「まあ、認めたくないだろうが……潔さというのは大事だぞ。それよりガンス、こいつを村長に届けてくれ」

キルナは鞄から小さな袋を取り出し、ガンスに差し出す。ティラから貰った小分け袋だった。けれど、それが何かわからないガンスは、戸惑って袋を見る。

「キルナさん、もしかして魔獣を狩ってきてくれたのか?」

「ああ。半分はティラが狩ったものだ。肉がないと困るだろうと思ってな」

「魔獣? 肉? ……こりゃ、なんの冗談だ?」

「ガンス、それは魔道具の袋だ」

「えっ? 魔道具の袋?」

目を丸くしたガンスは、袋の口を開けてのぞき込む。魔道具の袋など見たことが無いに違いない。台所にいるニコラの耳にも届いたようで、こちらをチラチラ見てくる。

魔道具の袋なんて珍しいもの、そりゃあ、誰だって気になるだろうからな。

するとガンスは、手を突っ込もうとする。

「ガンス、やめろ!」

「取り出すなよ!」

ゴーラドとキルナの鋭い叫びに、ガンスは慌てて手を引く。

コルットが驚いたように顔を上げた。

ゴーラドは「コルット、なんでもないぞ」と取り成した。コルットは全員を見回し、気にしなくてもいいらしいと思ったようで、遊びに戻った。

キルナは声のトーンを落とし、「魔熊と魔猪が入っている。解体のできる広い場所で取り出せ」とガンスに告げる。

「魔、魔熊だって?」

ガンスは半信半疑の表情だ。

魔熊は大型で、とにかく狂暴だ。猟師数人でかかっても、狩るのは大変なのだ。
それが多く入っているとはな。ゴーラドだって驚きだ。

となると、こいつだけに任せておけないか。

「俺もついて行こう。行くぞ、ガンス。キルナさんは、ゆっくりしててくれ」

「ああ、お言葉に甘えよう」

袋を手に家を出て、村長の家に向かうことにする。魔獣の解体場は村のあちこちにあるのだが、村長に報告しておいた方がいいだろう。

村長は家におらず、役場にいるとのことで、そちらに向かう。

ガンスはずっと仏頂面だが、もう余計なことは語らず、黙ってついてくる。

役場で村長と面会し、キルナが戻ったこと、そして匂い袋を使って魔獣を森におびき寄せてくれたことなど簡単に説明した。

そして、ついでに魔獣を狩ってきてくれたことを伝え、袋を見せた。

「魔道具の袋なのか?」

「はい。解体場で取り出そうと思うんですが、分配を公平にしてほしいですし、村長も立ち会った方がいいかと思うんですが」

「立ち会うのは構わんが……」

魔道具の袋と聞いても、袋自体がとても小さいので、わざわざ自分が立ち会うほどのことなのかと思っているのかもしれない。

村長を連れ、一番近い解体所に向かった。実は村長だけでなく、役場で居合わせた連中もぞろぞろついてきている。みんな魔道具の袋が珍しいのだ。魔獣が出てくる瞬間をその目で見たいのだろう。

解体場は殺風景なものだった。このところ魔獣が運び込まれることがなかったからだ。

「それでは……」

期待の眼差しで注目されて、居心地悪い中、ゴーラドは袋から中身を取り出した。

ドスンと音を立て、目の前に現れたのはどでかい魔熊だった。

「「「「「おおーーーーっ!」」」」」

幾つもの仰天した叫び。

ガンスはというと、顎を落とし、馬鹿みたいな顔で突っ立っている。

「こ、こんなのを……あの人たちが狩ったってのか?」

ひとりが唖然として口にし、みんなそれぞれに顔を見合わせる。

これほどの獲物、自分たちでは相当苦労すると分かるからだろう。
けど、これだけじゃないんだよな。

ゴーラドは何も言わずに、次のを引っ張り出し、最初の奴の隣に転がした。

ハッと息を飲む音が聞こえたが、もう構わずどんどん取り出していく。

結局、五体の魔熊、そして十二体の魔猪が解体場に並ぶことになったのだった。





つづく



 
   
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