冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇46 ニコラ 〈嬉しくてしあわせで〉


ゴーラドがガンスを連れて家を出て行き、ようやく静かになった。

ガンスは悪い人ではないのだけどねぇ。

野菜を刻みながら苦笑していたら、気づかぬうちにキルナが背後にやってきていて、「ニコラ」と呼びかけてきた。

「はい」

振り返ると、キルナは手にしていた袋から包みを取り出す。袋より取り出した包みの方が明らかに大きかった。

それが、さっき話題にしていた魔道具の袋なのかしら?


目にしたのはもちろん初めてで、その不自然さに目が丸くなってしまう。

「肉だ。使ってくれ」

「まあっ」

ニコラは驚き、大きな包みを受け取った。だが、キルナは次々と包みを取り出す。

「それは魔猪の肉、こっちは魔熊だ。それと魔兎に魔鳥もあるぞ」

「こ、こんなに?」

「保存に困るだろうから、この袋ごとやろう。魔道具の袋の中に入れておけば腐ったりしないからな。とても便利だぞ」

「そ、そんな貴重な物、いただけませんよ」

貴重な薬までいただいたというのに。

「しばらく世話になるんだ。その礼だ」

「で、でも……」

「何も無理をしているわけではない。こいつも元々貰い物なのだ、遠慮はいらない。それにゴーラドは大切な仲間だ。彼の家族を、自分の家族のように扱うのは当然だ……と、ティラなら言うだろう」

その言葉に、ニコラは思わず笑ってしまった。なんともこの方らしい。

「ありがとうございます。では、遠慮なくいただきますね」

素直に受け取る意思を伝えたら、キルナはほっとしたように見えた。ほんと、良い方だわ。

「ああ、そうしてくれると嬉しい」

「はい」

キルナは魔道具の袋に、取り出した肉を仕舞い、改めて手渡してくれた。不思議な袋を手にして、なんともドキドキしてしまう。

「私も料理や家事を手伝えればいいのだが……生憎、調理の経験がなくてな。ニコラ、すまない」

「まあ、とんでもないです」

「その代わり、魔獣狩りはできるからな。好きな魔獣があれば言ってくれ。明日にでも狩ってこよう」

さらりとそんなことが言えるなんて……

「……凄いんですね。尊敬してしまいます」

「そんな風に言われると、困るが……」

言葉通り困った顔をするキルナに親愛の情が湧き、ニコラは微笑んだ。

「美味しいもの作りますね。キルナさん、楽しみにしててください」

「うむ。ありがとう」

「それじゃ、さっそく、いただいたお肉を使わせていただきます」

ここしばらく新鮮な肉類は調達できなかったので、保存の効く乾燥肉や塩漬け肉ばかりだった。生の肉は、とてもありがたい。

「袋から出すときは、取り出したい肉をイメージするんだ。ニコラ、やってみろ」

キルナの指導に従い、ニコラは取り出す練習をした。最初はぎこちなかったものの、何度か繰り返すと肩の力を抜けるようになった。不思議さは消えないが。

「肉を節約する必要はないからな。……正直に言って、私はかなり食うぞ」

キルナの素直すぎる告白に、ニコラは声を上げて笑ってしまった。

母が笑い出したことに反応し、コルットがとことこと駆けてきた。

「かあたん!」

コルットはご機嫌で、ニコラの足に抱き着いてきた。
この最近、こんな風に母親が笑うことがなかったから、嬉しかったのだろう。そう思うと、涙が出そうになってしまう。

こんな日を迎えられるなんて……

ゴーラド、キルナさん、そしてティラちゃん。三人のおかげだわ。どんなに感謝しても足りない。
ゴーラドは、カムラが病に臥し、ずっと生活費の援助をしてくれていた。昨日も戻ってきて、かなりの金額を渡してくれたのだ。彼は当然のことだと言うけれど、ただただ申し訳なくて……
でも、カムラが快方に向かっているいま、ゴーラドに負担をかけずにすむはず。

「コルット、今夜はお肉をいっぱい食べられるわよ」

「僕、お肉、好きぃ」

「それじゃ、コルット、もうちょっと遊んで待っててね」

「うん、わかった。遊んでる」

「……コルット、私と遊ぶか?」

キルナが、少し考え込みながらコルットに申し出た。
コルットは、キルナを見上げ、困っているようだ。

ティラちゃんならば考えることなく遊んでもらうのだろうけど、子どもには、キルナさんの雰囲気は怖いかしら……

「えっと……」

コルットはもじもじしていたが、身をひるがえして駆けて行った。

「まあ……あの、キルナさん、ごめんなさい」

「謝ることはない。実は、子どもと遊んだことがないのでな」

照れたように口にしたところで、コルットが戻ってきた。その手には小さな手作りの木剣がふたつ握られていた。

「はい」

コルットは木剣のひとつをキルナに差し出す。

「これは……剣の稽古をつけてほしいというのか?」

「稽古というより、剣で撃ち合って遊ぼうということだと」

「おお、そうか。よし、コルット、剣なら得意だ。任せろ」

小さな木剣を手に胸を張るキルナを見て、ニコラは笑いを堪えた。

幼い子どもを相手に、真面目に剣を振るうキルナは、微笑ましいの一言だった。

さて、そろそろお風呂の準備をしようかしら。
お客様のキルナさんに、お風呂に入ってさっぱりしてもらいたいものね。

風呂の準備は少し手間がかかる。
自宅の井戸からは、炊事場と風呂場の風呂桶に管が繋げてあるので、手押しポンプで水を入れる。そんなに力はいらないのだけど、時間がかかるのだ。

湯を沸かすのは薪だ。カムラが元気な時は彼が薪を作ってくれたけど、いまは購入している。

あら、そういえば薪があったかしら?

急いで確認に行ってみたら、風呂を沸かすだけの薪は残っていなかった。

買いに行ってこないと……

「キルナさん、買い物に行ってくるので、コルットを見ていてもらえるでしょうか?」

「構わないが……なんだったら、私が買い物に行こう」

「お客様にそんなことを……」

「村の中を見てみたいし、見物がてら行ってこよう。店はどのあたりだ? 何を買ってくればいい?」

どうもキルナは買い物に行きたいようだ。

「それじゃあ、お願いします。お風呂を沸かそうかと思ったんですけど、薪が足りなそうなので」

「風呂か……わかった。行ってこよう」

「では、これ……薪の代金です」

「必要ない。と言ったら、困らせるのだろうな」

キルナは苦笑しつつ、差し出したお金を受け取った。

店の位置を聞き、キルナはすぐに出かけたが、なんとコルットまでついて行った。剣で遊んで、すっかり懐いてしまったようだった。

コルットは店も知っているし、キルナひとりで行くより良かったかもしれない。
村人しか買いに来ない店に、キルナのような人物が突然現われたら、雑貨屋のおばあさんは驚いて腰を抜かしかねないものね。

さて、浴槽に水を溜めなきゃ。

井戸に向かう前に、ニコラは夫と娘のサリサの様子を見に行ってみた。

ふたりは寄り添い、気持ちよさそうに寝ていた。体調がよくなってきたカムラは、サリサのお守りができるのが嬉しくてならないようだ。

「でも、あんまり無理しないでね」

ふたりを起こさないように小声で囁き、ニコラはそーっと部屋を出たのだった。


◇◇◇

キルナには風呂が沸いてすぐに入ってもらった。

その頃には起きていたカムラに、風呂が沸いているから入ると尋ねると、喜んで入ると言う。
もちろん心配だったので、彼が上がるまで付きっきりだった。

カムラはサリサとコルットも入れてやると言ったけれど、さすがにそれは駄目だと反対した。コルットはゴーラドに入れてもらうつもりだ。

ゴーラドは、夕食の準備が整ったところで戻ってきた。
ガンスは解体を手伝うので、解体場に残ったらしい。

「キルナさん、村長はじめみんな喜んでいたぞ。まあ、強烈に驚いてもいたがな」

「こっちも驚いたわ、ゴーラド。キルナさんにたくさんお肉をいただいたのよ」

「そうみたいだな。肉がてんこ盛りじゃないか。キルナさん、ありがとな。よし、いただくか」

食卓に並んだ料理を見て、ゴーラドは大喜びし、さっそく椅子に腰かける。

「ゴーラド、申し訳ないけど、先にお風呂に入ってきてくれるかしら。コルットもできればお願いしたいわ」

「そうか……わかった」

かなりお腹が空いているのだろう、ゴーラドは料理を恨めしげに眺め、椅子から立ち上がった。

「よし、コルット、風呂に入るぞ」

お風呂の大好きなコルットは、号令をかけられ大喜びで風呂場に向かった。

半時ほどして、ふたりはさっぱりした顔で戻ってきた。

「よーし、食うぞぉ」

喜び勇んでゴーラドが肉に手を伸ばしたところで、ドアが開く音がした。ニコラはハッとしてドアを見やる。なんと、サルサを抱いたカムラが居間に入ってきた。

「まあ、あなた」

「いい匂いがするから、じっとしていられなくなった。私にも食べさせてくれないか」

驚きだった。実はカムラは、すでに薬膳粥を食べているのだ。

「元気になられたようだな」

キルナは歓迎するように椅子から立ち上がった。

「はい。もうすっかり。この変化に自分でも驚いてしまいます」

肉に手を伸ばしたままの格好で固まり、言葉が出せずにいたらしいゴーラドが、慌てて立ち上がった。

「兄貴……あの……そうか、食べるか?」

ゴーラドは感極まったようにぼそぼそ言うと、座っていた椅子をカムラに譲り、別の椅子を引っ張ってきた。カムラは嬉しそうに座る。

食卓に夫がいる。元気になった夫がいる。

堪えきれず、涙が溢れた。泣いている妻に、カムラはすぐに気づいた。

「ニコラ」

「ご、ごめんなさい。……でも……う、嬉しくて……」

どうにも涙が止められなかった。
涙で歪む視界、肉を手に取ったカムラが、美味しそうに頬張っている。

「兄貴、食うのはいいけど、病み上がりなんだからな、しっかり噛むんだぞ!」

「かむんだぞ!」

心配から、カムラをたしなめるゴーラドの言葉を、コルットが真似した。

一瞬の沈黙の後、食卓は大きな笑い声で満ちた。

ずっと取りついていた重苦しい不安は霧散し、嬉しくてしあわせで、その夜ニコラは泣いてばかりいた。





つづく



 
   
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