冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇47 ティラ 〈長い一日の報告〉


あー、疲れた。
今日はほんと頑張っちゃったなぁ。

湯船に浸かり、悪くない疲労感に体の力を抜く。

キルナと別れてからも、村の周りを調べて回った。匂い袋の効果も抜群、魔猪が移動していくのも確認できた。

それにしても……ティラは自分の身体をクンクン嗅いでみる。

うーん、まだ匂うかな。
お気に入りの石鹸で、十分に泡を立てて洗ったんだけど……

家に帰ってきてすぐ、顔を歪めた母は、思いきり鼻を摘まみ、風呂に直行しろ!と命令してきた。

話したいことが山ほどあったのに、追い立てられて今に至るってわけだ。

ほんと色々あったなぁ。

早朝キルナさんを目指して行ったら、森の中で一人で野宿。
ゴーラドさんの方は近くの村にいた。

起こして理由を聞きたかったけど、キルナさんは結界付きのテントにいて、さすがに結界を破ったら怒られるだろうとやめることにした。

それで朝ご飯を作ろうと思って、ポーチに色々お肉は貯め込んではいるけど、暇つぶしに狩りに行ったら、魔獣がどこにもいなかった。

あの時点で、きな臭いと思ったんだよね。木の実や野草はたっぷりあるのに、魔獣がいないとかないもん。

範囲を広げて飛び回っていたら、あのみょうちきりんなものを見つけたのだ。

透明のドームの中の明らかによいものではない植物。まさかあれが妖魔関係だとはさすがに思えなかった。
頭のおかしい研究者だろうと思って、あとでどうにかしようと、思ってたら、あいつが現われたのだ。妖魔の従魔ゲラル。いったいどこに生息してるんだろうねぇ?

まあ、ゲラルを狩った時は、まさか妖魔の従魔だなんて思いもしてなかったから……美味しくいただいちゃったわけだけど……

正直、こいつについては両親に報告したくない。だって、食べたなんて知ったら、苦い顔をされるに違いないもん。

でも、わたしは知らない魔獣だったけど、ふたりはすでに知ってるかもしれないよね。

お風呂から上がると、両親は食卓で待っていた。
料理が並んでいるのを見て、空腹感が増す。
急いで席に着こうとしたら、母に止められ、娘の匂いチェックだ。

ま、まさか、ここにきて、もう一度入ってこいなんて言わないよね。
娘の身体の匂いをクンクン嗅いでいる母を戦々恐々として見つめる。

「まだ少し匂うけどいいでしょ」

おおっ、やったー!

大喜びで席に着く。

さあ、ご飯だぞ!

「で、何があったわけ?」

ええーっ、ここで今日の話の催促?

ないない、ないから。腹ペコで死んでしまうよ。

「すっごい長くなるよ。今日は色々ありすぎたから」

力いっぱい忠告するように言ったら、話はあとでということにしてもらえた。

あー、よかった。




「それで?」

居間に移動し、食後のお茶をいただいていたら、話を促された。満腹なので上機嫌で口を開く。

「妖魔と会ったの」

両親がどんな反応を見せるか興味があり、まずは最大の爆弾を落とす。

ふたりとも、一瞬沈黙する。

おおっ、思った以上に驚いたようだ。

「攻撃されただろう?」

「されました。虫けら連呼の問答無用で」

「だろうな。で?」

質問の主導は父。母は黙って聞いている。

それから、起こったことを詳しく話した。

ゴーラドの出身地の村周辺から魔獣が不自然なほど消えていたこと。唯一いた巨大な魔獣、それが妖魔の従魔ゲラルだったこと。

「ゲラル?」

「うん。妖魔は人の生気を吸い取る植物を育てていて、透明のドームをかぶせてた。これだけど」

ティラはドームと枯れた植物を取り出した。それと、ゲラルの魔核石。
母は植物に興味を持ち、父は魔核石を手に取った。

「こいつか……」

「父さん、知ってるの?」

「まあな」

なんだ知ってたんだ。置き去りにしたゲラルの頭を拾ってきた方がよかったかなぁと思っていたから、ほっとしたよ。

「それでゲラルの亡骸は? 持ってきたんだろう?」

「……ああっと……まあ、その」

しどろもどろになりつつ、ティラはお肉と皮をおずおずと差し出す。

「……」

父上様は、どういうことだ? という表情でいらっしゃる。目が怖いっ!

「よ、妖魔の従魔だってわかる前に、その……朝ご飯にしちゃって……」

「食ったのか?」

「ど、毒もなかったし……かなりオイシカッタです……」

父の胡乱な眼差し……お、落ち着かないです。はい。

「それで頭は?」

「オイテキテシマイマシタ」

「拾ってこい」

平坦に言われ、ティラは勢いよく立ち上がった。

「ただいまっ」

シュンと音を立て、ティラは空間移動した。

「ああーっ」

暗闇の中、ゲラルの死骸には無数の小動物が群がっていた。ほとんどが魔土鼠のようだ。

彼らとすれば、せっかく見つけたお食事なのだろうが。食われては困るのだ。

殺す気はないので、数匹まとめて軽く蹴りを入れてみた。
仲間が蹴り飛ばされ、残ったやつらが闇夜に目を赤く光らせ、臨戦態勢に入る。

獲物を横取りする敵認定だな、これ。

元々、わたしの獲物だったんですけどねぇ。
そんなことはこいつらには関係ないだろうけど。

向かってくるやつらを、気絶させる力加減で蹴り飛ばしていく。

で、結果、いい運動になったくらい、いい汗をかきました。
風呂上がりなのに。しょぼん。

魔土鼠、群れるとさすがに侮りがたし。殺さないってのがキーポイントだったよね。

蹴り飛ばされても二度三度と向かってくるのがいたし、そんな戦いの中、ゲラル捕食に余念のないのもいっぱいいたりして……最終的にはかなりむかつきました。

ともかく、なんとかゲラルを回収し終え、家に戻った。

ティラが並べたゲラルの死骸は、まあ、ほぼ骨となっておりました。
魔土鼠に肉部分を綺麗に食われ、頭までも頭蓋骨が見えております。

確認した父は頷き、ティラが最初に出した肉と皮も含め、自分の魔道具の袋にしまい込んだ。
もう食べる気はなかったから、厄介払いができてよかった。

「できれば完全体で欲しかったが、まあいいだろう」

許しがもらえたよぉ。安堵!安堵!

「ところで……ゲラルは、どの辺りに生息してるの?」

「闇魔の森だ」

へーっ。噂に聞いたことはある。闇の瘴気が強くて、入るのに苦労する場所らしい。好き好んでいきたい場所ではないな。

「瘴気は放っていなかったんだな?」

「うん。それはなかった」

「従魔になったことで瘴気が抜けたか……?」

父が独り言のように呟く。

そういうこともあるのか? 妖魔自体は光属性だしね。闇と相対できるし、相殺もできる。

しかし、わたしってば闇魔の森の瘴気に侵されてた魔獣を食べちゃったのかぁ? ちょっと複雑な気分。

この事実は、キルナさんには絶対言えないな。

「ティラ、この植物の名は聞いたの?」

ようやく自分の番というように母が質問してきた。鑑定していたようだけど、名が確認できなかったらしい。つまり、新種か錬成植物ってことだよね。

「ガルジマ草だって。やっぱり錬成植物なのかな?」

「たぶんそうね。それで、人の生気を吸い取るってことだったわね」

「そう言ってた。ドームを外したら、瞬時に枯れちゃったんだよね」

「錬金でようやく錬成したってところかしらね。なら、どこかで育ててる可能性は低いけど……絶対とも言えないわねぇ」

「それについては妖魔に聞けばいいよ」

思案気な母に、妖魔を取り出していなかったことを思い出して伝えた。

「ああ、そうだった。妖魔は捕らえたんだな?」

「もちろん」

逃すわけがない。

妖魔の入っている袋を取り出し、父に差し出す。

「よくやった。死んではいないな?」

「仮死状態にしてある」

父は満足そうに頷き、すぐさま立ち去ってしまいそうになる。

「ああ父さん。あとこれ、妖魔が持っていた杖」

取り出した杖を手渡すと、父は立ったままその構造をさっと確認する。

「威力は出そうだが……単なる光の杖だな……ティラ、いるか?」

光の杖か……杖なら他にも持ってるけど……

「もらっとくかな」

先端についてる宝石は、けっこうなブツだし。

けど父さんにしたら、この程度の杖は子どもの玩具って感じなんだろうなぁ。
父さんの作る武器は、めちゃくちゃ精密で複雑な仕様だもんね。

あっ、そうそう、子どもで思い出した。まだゴーラドさんのお兄さんの話をしてないじゃないか。

「あのね、ガルジマ草に生気を吸い取られてたの、ゴーラドさんのお兄さんだったの」

「なに?」

父は眉を寄せ、母も「まあっ」と驚いている。

もう一度座りなおし、父は話の先を促してきた。

数か月にわたって床に伏し、余命いくばくもない有様だったことを伝える。

「大変な目に遭ったものだな」

話を聞いた父は固い声で言う。

カムラさんの妻のニコラさんのこと、そして幼いコルット君やサリサちゃんのことも話したから、なおさら今回の妖魔の仕業に怒りが増しているようだ。

「いまは順調に回復されてるのね?」

「うん。もう心配ない」

「よかったわ。そうそう、プリンがあるのよ。ふたりとも食べるかしら?」

おおっ、プリン!

「食べるぅ」

プリンを二つ頂き、ソファでゆったりくつろぐ。

「そうだ。ねぇ母さん、このプリンもっとある? コルット君とサリサちゃんが喜ぶと思うんだ」

「分かったわ。明日持って行ってあげてちょうだい。用意しておくわ。クッキーも召し上がるかしら?」

「うん、絶対喜ぶよ」

「それなら、まず器を作らなきゃね」

「よし。なら俺もコルット君とサリサちゃんのために、ちょちょっと何か作るか」

父はやる気をみなぎらせ、急いで部屋を出て行ってしまった。

それからティラは、もう一度お風呂に入って魔土鼠との格闘で掻いた汗を流した。

さっぱりしたところで母を手伝うことにし、寝る前のひととき、プリンの入れ物作りをしたのだった。





つづく



 
   
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