冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇48 ゴーラド 〈素質と限界〉


夜も更け、そろそろ寝ようという事になり、ゴーラドは自室に引き上げた。

しんと静まり返った中、部屋にともる小さな灯りを見つめる。

魔石を使用したランプだ。それなりに高価なものだが、カムラが病に倒れる前は、ゴーラドも十分稼ぎがあり、こういうものも手に入れられた。

世の中、魔石を使った便利なものは多いが、消耗品の魔石を買い続けられなければ、意味のない代物ばかりだ。

マカトの町には、そういう便利なものが豊富にある。
何より羨ましいのは井戸だ。いちいち手押しポンプで汲み上げる必要はなく、蛇口をひねれば水が出る。それもまた魔石という動力ありきな代物。

欲しいよなぁ。
そしたら炊事はすっげぇ楽になるし、風呂も毎日だって手軽に入れるようになる。

この村でも、金持ちの家の何件かはその設備を整えている。
そういう家の子どもは自慢するもので……やはり羨ましかったし、憧れた。

家族にそんな暮らしをさせてやりたくて、冒険者になったというのもある。
まあ、俺と同じような奴、多いんだろうがな。

魔石とは魔核石を錬金したもの。魔獣を狩れば魔核石は手に入る。それを錬金屋に持ち込めば魔石にしてもらえる。

けど、この錬金屋の手間賃が高いのだ。村の雑貨屋でも売ってはいるが、それもまた馬鹿高い。

ただ、この村のトイレ事情だけは最先端化されている。
村長が役職に就いた最初の事業で、私有財産まで投入して設置してくれたのだ。おかげで村は発展したんだよな。

もちろん、村民は利用させてもらえることに感謝し、少しずつ使用料という名目で払わせてもらっている。

俺も、もっと稼いで、村長みたいに全戸に水道を引くなんて、村の英雄的な偉業を成し遂げてみてぇよなぁ。いったいいくらありゃ、実現できるんだろうな?

そんなことをマジに考え込んでいたら、ドアの向こうから、「ゴーラド、ちょっといいか」とキルナの声がした。

「ああ、いいぞ」

なんの用だろうか?

入ってきたキルナは、すぐ話を切り出してきた。

「地図を確認したか?」

地図?

「なんで?」

「見てみろ」

よくわからないが、言われた通りに地図をひっぱり出す。

目にするたびに思うことだが……こいつはとんでもない代物だ。
持ち主は常に真ん中に表示され、移動すると地図そのものも移動する。タッチすれば、拡大拡小も自由自在だ。

こんなものを、誰が発明したんだろうな?

「不思議だろ?」

キルナが言ってきて、ゴーラドは頷いた。

「ああ、まったくもって不思議な代物だよな」

「……お前、気づかないのか?」

「うん? キルナさん、なんのことだ?」

「ティラだ」

呆れたように言われ、ゴーラドは眉をひそめて地図をもう一度見る。

「あれっ?」

「表示されていないだろう?」

「ほんとだ。なんでだ?」

「結界を張っているんだろうと思う」

「家に結界を?」

「どの程度の規模かは知らんがな」

「す、すげぇな。けど、魔道具を大量に抱えてるとしたら……うん? ところでティラちゃん、どこに住んでんだ?」

いまさらな疑問が浮かぶ。夕方になるとどこへやらと帰っていくティラだが、そんなに遠くではないのだろうと、勝手に思い込んでいた。

「大きな町ではないんだろうな。ギルドのない村か集落。……気になるな。あいつは気になることばっかりだ」

疲れたように息を吐くキルナだが、その瞳はキラキラと輝いていた。


◇◇◇

翌朝、空が白み始めたあたりで目覚めたゴーラドは、身支度をして部屋を出た。

井戸で顔を洗ってさっぱりし、門を通って人気のない森に入る。

身体を動かしたかった。
マカトの町では常に依頼を受けて動き回っていたからな。昨日はほとんど運動らしいことをしていなくて、どうにもすっきりしない。

森の中を駆けて行き、目的の場所で足を止める。

おっ、ここは健在のようだな。

子どもの頃、ガンスらと、身体を鍛えるために練習場として使っていた場所だ。いまも誰かが使っているらしい。

地面は踏み固められ、魔獣を模した丸太がいくつも並んでいる。

ゴーラドはそれらを懐かしく眺めながら、一本の木に歩み寄った。木の中央に深いくぼみがある。ゴーラドが槍で刺し続けた痕だ。

二十センチほどの太さの幹。貫いてやるぅ。なんて息巻きながら、何度も刺したんだよな。

結局、貫くことはできなかったが……いまなら?

槍を取り出したゴーラドは、槍を構えて息を整えると、真剣に幹に向かう。

力いっぱい振りかぶり、そして……穿つすんでで止めた。

くっくっと自分を笑う。

たぶん、幹は木っ端みじんになるだろう。それがわかるからやめた。

ゴーラドは自分の手のひらを見つめる。

それなりに力を得た。だが、まだまだだ。

SSのキルナさん、そしてティラちゃん……目指す者がすぐ近くにいる。

世の中ってのは、ほんと広いよなぁ。

Aランクになれた時、俺はちょっと驕った。
マカトのギルドでトップになり、頂点を取ったような気になった。Sランクの冒険者なんて周りにはいなかったし……

そこにSSランクのキルナがやってきた。まさに伝説の冒険者だ。
ゴーラドは見事に鼻っ柱を折られた。

いま思えば、ありがたいタイミングだったと思う。

俺……ガンスのことを馬鹿にできないんだよな。俺だって、あいつと似たようなもんだった。

ゴーラドは、ずっと感じていた気配に振り返りざま、「よう、ガンス」と声をかけた。

「おわっ!」

気付かれていないと信じ込んでいたようで、ガンスは叫びざま、ピョンと滑稽な仕草で飛び上がった。
そして、それを取り繕うように「俺のこと気付いてたのかよ」と、もごもご言う。

でかい図体をして赤面している姿に、なんとか笑いを堪える。

「お前は気配を消すのが下手だな」

「ちっ」

舌打ちするガンスに近づく。

「いつもこんなに朝早いのか?」

「なんか、眠れなくてよ。……なんちゅうか……ほら、あれだ。ティラって言ったか……その娘っ子が……ほんとに俺より強いのかってな」

「まだ言ってんのか?」

「悪かったな。けどよ……娘っ子、まだ寝てんのか?」

「あの子は……」

いや、ティラのことを、あれこれこいつに話す必要もないな。

「お前さ、まず俺と対等に戦えるくらい強くなれよ」

「お、お前に? 無理だって、お前普通じゃねぇもん」

ガンスは巨体に似合わぬ腰が引けた姿で、手をぶんぶん振る。

「無理とか言っている時点で、お前は強くなれねえんだぞ、ガンス」

冷たく指摘したら、ガンスはむくれたように頬を膨らませた。

「俺だってすっげぇ鍛えてんだぞ。けど、素質ってのはあるんだよ。素質のあるお前にゃわからねぇだろうけどよ」

「素質はありそうですけどねぇ。強くなりたいなら限界超えないと」

元気な声がかけられ、ゴーラドは驚いて振り返った。ガンスと違い、まったく気配を感じなかった。

「ティラちゃん」

「おはようございます。朝早くからおふたりで鍛錬ですか?」

「む、娘っ子」

「娘っ子でもいいですけど、わたしの名前はティラですよ。ガンスさん」

「お、う、む」

ガンスは急に現れたことにまだ頭が追いつかないのか、しどろもどろだ。

「それじゃあ。鍛錬頑張ってくださいねぇ」

「ちょっと待ってくれ!」

すぐに行ってしまおうとするティラに慌て、ガンスが呼び止めた。

「なんですか?」

「ど、どうしても納得できないんだ」

こいつ、また面倒なことを言い出すつもりかよ。

「ゴーラドが嘘をついているとは思えない。だからよ、俺と勝負してくれ!」

ティラを見つめ、ガンスは闘う気満々だ。

「ガンス!」

「どうしてわたしがあなたと勝負しなきゃならないんですか?」

「あんたが俺より強いなんて、納得できないからだ。勝負して俺が負けたら、納得するしかない」

ゴーラドは思わず天を仰いだ。ティラの方は首を傾げている。

「それはあなたの都合ですよ。自分の都合を人に無理強いするとか、おかしいと思いません?」

「そ、それは……だ、だが……」

「あなたは、昔からよく知っているゴーラドさんの言葉を信じられないわけですよね。それってゴーラドさんに対してかなり失礼ですよ」

「……う、むむ」

「あなたが納得しないのは、あなたの勝手です。それについて、とやかく言うつもりはありませんけどね」

まったく、どっちが年上かわからなくなるな。

ゴーラドは苦笑し、ふたりの間に入った。

「ガンス、お前が納得できない気持ちはわからないじゃない。だが、自分の都合で勝負を挑むというのは、無礼極まりないぞ」

ガンスは二の句が継げないようで、「うむむ、うむむ」と唸るばかりだ。

「引き際が肝心だぞ」

言い聞かせるように言うと、ついにガンスも折れた。

「わかった。すまなかった」

納得はできないなりに、わかってくれたようでほっとする。

しかし……ティラちゃん、ガンスについて、『素質はありそうだ。限界を超えないと』と言ったな。

素質はありか……
けど、本人が意固地に限界を決めてしまっている時点で、それを超えることは叶わないだろう。

どんな道を歩もうとも、ガンスの人生だからな。





つづく



 
   
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