冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇49 ティラ 〈とりあえずの出発〉


ガンスさんって、ほんと面白いよね。

森の中を駆けまわっていたら、偶然ゴーラドとガンスを見つけて、嬉しくて声をかけてしまった。

ガンスさんはあんなに逞しいのに、精神が伴わない感じ。直球な性格にもかかわらず、全力で前進できてないっていうか……
まあ、冒険者になるのでなければ普通に暮らしていけるだろうし、いまのままでいいのか? けど、強くなりたい願望はあると。

ガンスについてあれこれ考察していたティラは、目的のものを見つけて立ち止まった。

昨日、ニコラさんと話した、滋養強壮の薬になる薬草のスルソーだ。

小さな花芽がついてるな。
花が咲いてしまうと効能が違ってきてしまう。滋養強壮として使うなら、花が咲く前がいい。

ティラは丁寧に茎から切り取り、束にしていく。三十束ほど作ったところで、移動することにした。取りすぎはよくないからね。

目についた木の実を収穫し、野草や薬草をどんどん採取していたティラは、「おおっ」と声を張り上げた。

こ、これは……ピールじゃないか!

パッサカの冒険者ギルドで依頼が出ていた薬草だ。もちろん家に持ち帰れば、母が大喜びすること間違いなし。

しかも群生している。
人が入ってこないし、しばらく魔獣もいなかったから、こんなにも育ったんだろうな。

母の薬草園に植えるために、根を深く掘ってたくさん収穫した。もちろんパッサカの依頼用にも束を作っておく。

いずれは魔獣が戻り、この地も踏み荒らす。そしたら、この群生地はなくなってしまう。採取に遠慮はいらない。

大量の収穫物に気を良くし、ティラはホクホク顔でゴーラドの家に向かった。


家の庭にみんな揃っていた。キルナ、ゴーラド、カムラ家族四人ともだ。カムラだけは背もたれのある椅子だが、他のみんなは樽やら丸太なんかに腰かけている。

「こんにちはぁ」

「お前、どこに行ってたんだ?」

キルナが尋ねてくる。朝、ゴーラドと会ったことを聞いたんだろう。

「森で、色々と収穫してきたんですよ」

「ほう、何を?」

「薬草に木の実……実はですねぇ、ピールがあったんですよ!」

「ピール? ああ、パッサカの依頼に出ていた薬草だったか?」

そうそうと頷く。

「ところで、みなさんは庭に出て何をしてたんですか?」

「日光浴だ。カムラ殿によかろうということになってな」

「ああ、それはいいですね。カムラさん、体調よさそうですね?」

「君のおかげだよ。本当にありがとう」

カムラは椅子に座っているが、しっかりと背筋を伸ばせている。うん、予想以上に回復できたね。数日したら、力仕事だってできそうだ。

「みるみる体力がついているんです。あのお薬の効き目には、驚かされます」

ニコラは興奮気味に語る。嬉しくて仕方ないって感じだ。

回復薬の効力もあるだろうけど……一番は生気を吸い取られなくなったからだ。
もちろんそんな妖魔絡みの話はしてないだろう。悪戯に恐怖を煽って混乱させるだけだからね。

「そうそう、これを母がみなさんにって」

母に持たされた包みをニコラに渡す。プリンとバタークッキーだ。
つまみ食いしたけど、美味しかった。自分の分もちゃんといただいた。

「まあ、ありがとう。何かしら?」

「プリンとクッキーです」

「プリン?」

プリンが分からないのか。

「卵を溶いて砂糖を混ぜて、冷やして固めたやつです」

ニコラはティラの説明を聞き、黙って頷く。よくわかっていないようだけど……まあ、いいか。

「プリンは、お早めにお召し上がりくださいとのことでした。あと、これ。父からです」

取り出したのは木琴。カラフルな色がついている。父、凝りすぎだよね。

コルット君とサリサちゃんのことを話したら、なんか張りきっちゃってねぇ。

「これは何かな?」

「楽器です。コルット君、こんな風に叩いてみて」

先端に丸いボールのようなものがついた棒を手渡し、ティラも同じもので叩いてみせる。
ポンポンポンと音階の違うかわいい音が響くと、コルットは瞳を輝かせた。

「わあっ」

驚き叫び、コルットは夢中で叩き始めた。

滋養強壮の薬効のあるスルソーの束と、木の実などの収穫物もどっさりニコラに手渡す。

「こんなにいっぱい。助かるわ、ありがとうティラちゃん」

「喜んでもらえてよかったです。それじゃ、わたしは用事があるので、ちょっと行ってきますね」

パッサカまでひとっ飛びだ。たぶん昼には戻れるだろう。

「ティラちゃん、どこに行くんだ?」

ゴーラドに聞かれて、足を止める。

「えっと……」

返事に迷っていたら、キルナに「パッサカだろ」と当てられた。

「依頼の薬草を届けに行くんじゃないのか?」

「そうですけど」

「なら、私も行くぞ。ゴーラド、お前はどうする?」

ひとっ飛びってわけにはいかなくなったか……まあ、連れがいるならそれも楽しい。

「そうだな。俺も行ってみるかな」

「なんだ、もう行ってしまうのか?」

カムラが驚いて言う。ニコラも戸惑っている。

「戻ってくるつもりですけど……ですよね?」

キルナとゴーラドに問うと、ふたりとも頷いた。

「カムラ殿はもう大丈夫のようだが、匂い袋の効果をしっかり確認しておきたい」

「そうだな、それが済んだら出発するか」

とりあえずパッサカでの用事を済ませたら戻ってくるということで、話は決まった。

が、その前に、みんなでプリンをいただくことになった。
食べたことのないプリンに、キルナは興味津々らしく、ニコラに催促したのだ。

包みを開けたニコラは、「まあっ」と目を見開いた。プリンが美味しそうだったんだろうと思ったら……違った。
驚かれたのはガラスの容器の方だった。

ゴーラドが立ち上がり、プリンを覗き込む。

「これ、ガラスか?」

「なんだって」

カムラまで立ち上がり、ゴーラドに並んで覗き込んだ。

なぜか、キルナ以外の大人は全員ガラスに激しく食いつき、ティラは面食らった。

主役のはずのプリンには、誰も関心を寄せていない。いや、キルナさんだけは違うか。

誰も手を出さずにいるプリンを遠慮なく取り出している。食べる気満々のようだ。

ティラはプリンに添えてあった小さな木のスプーンをキルナに手渡す。素手では食べられないからね。

「この器、見事過ぎるぞ」

ゴーラドに言われて、そう言えばそうかなと思えてきた。
複雑にカットされ、綺麗な模様になっているもんね。

「回復薬の瓶も見事なものだったが……驚かされるな」

母が錬成して大量生産しているとは言えない雰囲気だ。ちなみに、母ほどの技術はないが、ティラも作れる。

「うん、美味いぞ」

みんながガラスの器で大騒ぎしているところに、キルナが感想を述べた。

「でっしょう」

ようやく望んでいた反応をもらえ、嬉しくなる。

キルナの手にしたプリンを、物欲しそうに見ているコルットに気づき、ティラはプリンを彼に手渡してあげた。

「おいしいっ」

瞳をキラキラさせて大喜びする。そうそう、この反応が欲しかったんだよ。ああ、母さんにも見せてあげたかったなぁ。

そのあとプリンを食べたニコラとサリサは、キルナともどもプリンの虜になったようだ。

まあ、大人の男どもには、それなりだったようだけどね。

ニコラに作り方を教えてほしいと頼まれたが、冷やす手段がないと無理だと説明するとがっかりしていた。

魔石を動力にした冷蔵庫なるものがあるのだが、こちらはポンとあげられる代物ではない。魔道具の袋があれば、氷と容器を用意すれば何とかなるけど、氷結魔法を使えない者が維持するのは無理だ。

ガラスの器を洗ってお返しすると言うニコラに、それも差し上げますと言ったら、「こんな高価なものを」と、遠慮しつつも感激して受け取ってくれた。大量生産品なわけだけど……

あとから考えて気づいたことだが、ラッドルーア国は、そもそもガラスがあまり出回っていないのだ。窓ガラスに使われてはいるが、品質は良くない。国内で、ガラスの材料の珪砂があまり採れないのだ。

珪砂が豊富に採れる国は自国でガラス製品にし、高値で他国に売る。原材料の珪砂を輸出なんてあまりしないらしい。そんなわけで、ガラス工房自体も少なく、技術も低い。

その代わり、この国は良質な木がある。
器なども木の材質で作られており、木工品の技術はとても進んでいるのだ。

さて、そんなわけでプリンも堪能し、とりあえずの出発となったのだった。





つづく



 
   
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