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◇50 ティラ〈白装束の不幸〉
昼をかなり過ぎた頃、三人はパッサカに到着した。
途中、昼食を取ったりして、のんびりやってきた。ほぼ街道を通ってきたので、魔獣に遭遇することもなかった。
「なんかゆったりしてますよね、この町」
前回来た時も思ったことだけど……
「パッサカの周りにはあんまし狂暴な魔獣はいないらしいな。かなり治安がいいって聞いてるぞ」
ふむふむ。つまり、金になる魔獣が少ないってことだね。森も少ないし、湖の近く以外には値の張る薬草は育ちそうな土地もない感じか……
ランクの高い冒険者が寄り付かないわけだな。
精霊の住む湖は精霊の許可なく立ち入れない。ここの精霊さんけっこう霊力が強いからね。
それを無視して湖に近づいたりしたら、さぞかし痛い目に遭うだろう。
けれど、贅沢を言わなければ住みやすい町ではある。ほどほどの薬草は採取できるし、魔獣に荒らされないから野菜なんかも豊富に収穫できてるはず。
それを証拠に、お店には新鮮な野菜がたっぷり並んでる。肉もそこそこ。そしてお魚。
うん、小型魔獣は多いみたいだな。
栄えはしないけど、平和に暮らせる町。ある意味最高だよね。
「それじゃ、ティラ、ギルドに行ってこい」
キルナが後ろから声を掛けてきた。
そっか、キルナさんギルドには行かないんだね。
「わかりました。ゴーラドさんはどうします?」
「俺は行く。この町のギルドがどんなもんか、見ておきたい」
ティラは頷き、ゴーラドとギルドに向かった。
◇
「小規模だな」
ギルドの建物を見つめ、ゴーラドは呟いている。
中に入り、ティラはまっすぐ掲示板に歩み寄った。
おっ、まだあるね。
ピールの依頼の紙を剥ぎ取り、受付に向かう。
ゴーラドは物珍しそうに建物の中を眺めている。冒険者は数人しかおらず、彼らは全員顔見知りか、テーブルを囲って話をしている。
「この依頼のピールです。お願いします」
依頼の紙とピールの束を受付の台に提出する。
「はい。ご苦労……あら……えっと……あのね、冒険者でないとダメなのよ」
「冒険者ですよ」
ティラは冒険者カードを提示する。すると、受付の人は目を瞠った。
このひと、この間会ったのに……わたしのことまったく覚えていないんだな。まあ、キルナさんが目立ちすぎたか。
受付は納得してくれ、事務処理をして報酬を渡してくれた。
ほんとに金貨一枚なんだねぇ。ピールは珍しい薬草ではあるけど、それでもかなり多いと思う。
「あの、これってどこで採取したのか、教えてはもらえないかしら」
背を向けようとしたら、遠慮しつつ受付さんにお願いされた。
「この近くじゃないんですよ。たまたま見つけて、ここで依頼出てたなあって、持ってきたんです」
「そう。数日前に、若い娘さんに聞かれたものだから……って、あらっ?」
受付さんはまじまじとティラを見る。どうやら思い出したかな?
「もしかして、あの時?」
「はい」
受付さんは頷き、少し考える様子を見せ、また口を開いた。
「これを依頼した人から、いくらでも欲しいって言われてるのよ。また見つけたらお願い……」
そこでバタバタと人が駆けこんできた。
「助けてくれぇーっ!」
死に物狂いで救いを求める甲高い声。ギルド内が騒めく。
おやっ?
その人物は、全身真っ白な服を身にまとっていた。そして、それを追うようにして入って来たのは、漆黒の……
「キルナさん?」
「ああティラ」
「キルナさん、こりゃ、どうしたんだ?」
ゴーラドもやってきて、床に座り込んで怯えている真っ白な服の人を見る。居合わせた冒険者たちは、動こうとした姿勢のまま動きを止めている。
「いや……こいつに、お前は妖魔かと聞いたら血相を変えて逃げ出したから、追いかけてきたんだ」
「こ、こ、このひとは……わ、わ、私を殺すつもりだった!」
床に尻を付けた男は、指をさして怒鳴る。その指は怯えのために小刻みに震えている。
「そんなつもりはないぞ。まあ、だが……軽く睨みはしたかもしれないな」
それだな。キルナさんに睨まれて、相当怖かったんだろう。
ティラは被害者と言える白い服の人に近づき、しゃがみこんだ。
「危険はないので、安心してください。あなたは神殿の神官さんですよね?」
尋ねたら、ぎくしゃくと頷く。
「み、見習いだが……」
キルナが「神官?」と口にしてティラの隣に立つ。それにゴーラドも並んだ。
ティラはしゃがんだままキルナを見上げる。
「そうですよ。この方が着ているのは、神殿の神官さんの衣装ですよ」
「紛らわしい!」
キルナときたら、イラっとした顔で神官見習いを睨む。もちろん、睨みを食らった見習いは、さらに怯えるわけで。
「とにかく、すべては誤解ってことで、いいよな?」
ゴーラドがふたりに声をかけ、なんとかこの場は収まった。立ち上がって様子を窺っていた冒険者たちも、元の場所に戻っていく。
ゴーラドは、神官見習いに手を貸して立ち上がらせ、服に着いた埃まで払ってやる。やさしい心遣いだ。
「仲間がご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」
「ゴーラド、その台詞は納得できないのだが」
「もおっ、キルナさん威圧感半端ないんですから。もう少し押さえてください」
「そんなつもりは……まあ、いい。私の態度が怯えさせたというのなら、すまなかったな」
キルナは謝罪するも、まだ居丈高だ。
神官見習いは、怯えを残しながら謝罪を受け入れ、こちらを気にしつつ受付に向かっていった。
そこで気づいたが、受付の人の背後に、前の時に応対してくれた男の人の姿があった。騒ぎに驚いて表に出てきていたらしい。男の人はキルナをまじまじと見ている。
自分に視線が向いているのに気づいたキルナは、男の人に軽く会釈し、ギルドから出て行った。たぶん、居心地が悪かったんだろうな。
見ているだけだった男の人は、どうにも複雑な顔でキルナを見送り、それからしょんぼりした感じで奥の部屋に消えた。
面白い。キルナさんの格が上すぎて、手に余ってるんだねぇ。
「ティラちゃん、もう用事は終えたんだろう?」
にやついていたら、ゴーラドが尋ねてきた。
「はい。わたしたちも行きましょうか」
連れだってギルドの外に出ようとしたら、受付さんが、「ティラさん、ちょっとお待ちください!」と焦って呼び止めてきた。
振り返ると、「こちらに」と手招かれる。ティラは素直に受付に歩み寄った。
「なんですか?」
「こちらの方ですよ。ピールの依頼を達成してくださったのは」
受付は神官見習いに教えている。
なんだ、依頼者はこの人だったのか。
「お願いします。もっと欲しいんです。できるだけたくさん」
必死に言ってくる。
ふーん。なんか事情ありかな?
「ピールを何に使うんですか?」
「それは……」
「ああ、話せないならいいんです」
「は、はあ…」
「緊急性ではないんですよね? なら、また手に入ったら持ってきますよ」
軽く請け負っておく。
実のところ、ポーチにはもっと入っている。けど、理由もわからず渡す気はない。
「ゴーラドさん、行きましょう」
ギルドから出ると、近くでキルナも待っていた。
そのあと、ニコラが喜ぶだろうと、新鮮な野菜やイモ類をどっさり買い込んだ。屋台で美味しいものをいただいたのは言うまでもない。
「これからどうします?」
パッサカを十分堪能したところで、次の予定を相談する。
「会えるかはわからないけど、精霊さんを訪問してみます?」
「そうだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ? 精霊? 訪問ってどういう話になってるんだ?」
ゴーラドは面食らって問い詰めてくる。
ああ、ゴーラドさんには話してなかったっけ?
「この近くの湖に精霊がいるらしいんだ。ティラが会ったことがあるそうなんで、会えるかはわからないが、行ってみるかって話だ」
「精霊に?」
ゴーラドは困惑顔で繰り返す。
「そんなに遠くないですよ」
キルナは行く気満々だ。ゴーラドは考えをまとめられずにいるようだったが、多数決で行くという事になった。
つづく
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