冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇52 ティラ 〈嘘も方便〉


ここは?

神殿の神官さんの住まいでお茶を飲んでたはずけど……
連れ去られたらしいなぁ。

周りを見回したら、以前来たことのある場所だった。
全体が淡い水色した洞窟のような場所だ。壁面が半透明で内側からやさしい光が滲んでいる。眩くはないのに、自然と目を細めてしまう。

そして、凝った作りの椅子にゆったりと腰かけているのは……

「おひさしぶりです。湖の精霊様」

もちろん名はお持ちだが、教えてもらえていない。

精霊さんの周囲にはたくさんの小さな精霊たちが侍っている。

「よく来てくれた。賢者の娘よ」

どこか頭の奥で響くような朗々とした声……

しかし、よく来てくれたって……強引に連れてこられたんだけどね。まあ、そこはとやかくゆうまい。話したいことがあるんだろうからね。

「ピール草泥棒のことですか?」

「うむ」

「犯人の目星は?」

「当然であろう。わかっておるわ。わしと話ができる者を探しておった」

そういうことね。犯人を教えたいけど、精霊を見る目も、その声を聞く耳も……誰も、神官ですら持ち合わせていなかったわけだ。それでは話を伝えられない。

「精霊様自ら、敵を処分は?」

「妙な結界を張っておるのだ。手が出せぬ」

ぐぬぬと悔しそうにおっしゃる。

ティラをこの場に呼び寄せるほどの霊力の持ち主だ。なのに破れない結界だということか。そんな面倒な結界を張るってことは……

「敵は妖魔じゃ」

やっぱりかあ。なんとなくそんな気がしてたよ。

繋がってそうだよね。ここならタッソン村からも近いもん。

ガルジマ草を錬成していた隠れ家的研究所があるはずだって思ってたし。

ピール草を引き抜いていったのは、ガルジマ草の錬成にピール草が大量に必要だったんだろうな。それでこの地に研究所を作ったんだろう。

「残念じゃが、わしでは手に負えん。おぬしの両親に頼もうと思っておったところでの……それで、おぬし、やれるか?」

値踏みするようにおっしゃる。

はい。と答えたいところだけど……

「すでに解決しているのではないかと思います」

「うん? どういうことだ?」

「昨日のことですけど、ピール草泥棒に関係していると思われる妖魔と会ったんです。捕らえて両親に報告したので、もう動いているはずです」

「ふむ」

頷かれるが、確かなところを知りたいようだ。

「状況を確認してきましょうか?」

そう申し出て、精霊の転移で外に出る。
湖の精霊の住処にドアなどはないので、精霊の転移魔法でしか出入りはできない。精霊自身に出入り口など必要ないから当然だろうけど。

飛んだ先には、ピール草が辺り一面に蔓延っていた。だがその近くに土を掘り返した跡も、かなりの範囲で広がっている。ここが被害個所らしい。

湖の精霊の住処には、湖の精霊独自の結界で覆われているはずだが、周りを見回してもそれとはわからなかった。

まあ、確認を終えたらここに戻ればいいのかも。

さて、妖魔の隠れ家はどこだろう?

静かに浮かび上がり、周りを見回してみたら……こちらを見ている父の姿があった。

なんでもお見通しかな?

苦笑しつつ父の側に飛んでいく。

「首尾はどうですか?」

「とっくの昔に終わったさ。奴らの隠れ家を見るか? 面白い造りだぞ」

それが言いたかったらしい。もちろん興味はある。

「見たいけど……神殿でお茶してるところで突然精霊さんに呼ばれちゃって、キルナさんとゴーラドさんが心配してると思うから、ふたりに顔を見せてこないと」

「そうか。なら、彼らと行くといい」

「荒らされたピール草の処置は、母さんがやってくれるのかな?」

「神殿があったろう。そこの神官の仕事だから、彼らに任せればいいさ」

それもそうか。仕事を取っちゃいけないね。

父と別れ、すぐさま神殿に戻った。

「ティラちゃん!」

ティラの姿を目に入れ、ゴーラドがすっ飛んできた。

「ご心配かけました」

「いったい何が? どういうことだ? 消えたよな?」

だいぶ混乱しているようだ。キルナもいるが、こちらはいたって冷静。

神官さんと見習いさんも気にしてくれていたらしいが、黙って話を聞く体制だ。

けど、妖魔については神官たちに話さないほうがいいだろう。

だいたい妖魔の存在なんて信じられていないのだ。言ったところで信じない人の方が多い気もする。けど、現実だからなぁ。

「実は、湖の精霊様に呼ばれまして……信じます?」

神官に尋ねる。神官は頷くこともせず、否定する言葉も述べず、少し顔をしかめた。

「まあ、事実として受け止めてください。それで話を続けますけど、ピール草を泥棒している者達を精霊様はご存じで、退治してくれと頼まれました。もちろん依頼を受けましたので、これから捕らえにいきます。犯人は精霊様の方に引き渡しますので、その旨ご了承ください」

嘘も方便だ。
両親により既にことは終わった。妖魔である犯人をパッサカの町に引き渡すことも当然できないのだから、そういうことにしておくしかない。

ティラは口を挟まずに話を聞いてくれていたふたりに振り返った。

「ゴーラドさん、キルナさん、勝手に依頼を受けちゃいましたが、よいですか?」

「よ、良いも何も……精霊の依頼じゃ……な。なぁ、キルナさん?」

「ああ。当然やらせてもらう。それで、その盗人とやらはどこにいるんだ?」

キルナはやる気満々でちょっと困る。

ともあれ、そんなことで三人は神殿を後にしたのだった。





つづく



 
   
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