冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇53 キルナ 〈隠れ家見学〉


「すでに解決した?」

ティラの案内で森の奥へと進んでいるところで、そんなことを言われ困惑する。ゴーラドも戸惑い顔だ。

「はい。実は盗人は妖魔だったんですよ」

よ、妖魔だと!

「妖魔というのは、そんなにあちこちにいるものなのか?」

思わず激高とともに叫んでしまう。
巨漢の男でもビビるだろうキルナの鋭い視線を、ティラは気にもせず話しを続ける。

「そうじゃないとは断言できませんけど……今回の妖魔は、昨日の妖魔繋がりなんですよ」

「詳しく話せ!」

キルナは不快感と苛立ちを感じつつ、近くの幹に背を預けてティラを促した。

「つまり、ガルジマ草を錬成している研究所があって、その錬成にピール草が必要だったみたいなんです」

「この近くにピール草が生えてるのか?」

「はい。精霊さんの住まいの周りにびっしりと」

「それを盗んだわけか。しかし、盗んだやつらを知っていながら、精霊は指を咥えて見ていたのか? 精霊というのは相当な霊力を持つ者だと思っていたんだが」

「力は持っておいでですよ。キルナさん、侮ると大変な目に遭いますよ」

ティラが真剣に忠告してきた。その通りなんだろう。キルナは肩を竦めた。


「精霊さんも手出しできない類の結界を張ってたらしいです。とても悔しそうでしたよ」

「で、俺たちはこれからどうするんだ?」

黙って聞いていたゴーラドがティラに尋ねる。

「見学です」

「はあ?」

「隠れ家の見学ですよ。父によると、面白い造りなんですって。興味ありません?」

「だが、妖魔の住処だったんだろう? まだ残党が残っていたりしたら……」

「なんだゴーラド、お前、怖いのか?」

「……俺は、その……」

ゴーラドは気まずそう視線を逸らす。そんなゴーラドにキルナは笑いを堪えた。

「安心しろゴーラド、私も妖魔は怖いぞ」

苦笑しつつ言ってやったら、ゴーラドはなんとも言えない顔をする。

「昨日遭遇した奴は、強かった。というか、攻撃魔法は突出していた。あの場にいたのが私ひとりだったら、やられていたかもしれん」

「そんなことないですよ」

ティラがふるふると首を振る。

「そう思うか?」

「はい。キルナさんがあんな妖魔なんかに引けを取るとは思えません。それだけじゃなくて、身に着けている防具類も、魔法攻撃をキャンセルする魔法が付加されてるじゃないですか。あの程度の光魔法、簡単に防げたと思います」

舌を巻くとはこのことか。こいつ、ほんと侮れないな。

「マジか! その防具は魔法の攻撃をキャンセルしちまうのか? す、すげぇな!」

ゴーラドはキルナの防具を見て感嘆の声を上げる。

「お前も、これくらいの防具を身につけろ。そんなチンケな防具じゃ、妖魔を相手になぞできないぞ」

「妖魔なんてもん、相手になんかしたくねぇぞ」

「だが、敵対してくるならやるしかないんだぞ」

「そんなにポンポン出てくるのかよ?」

「さすがにそれはないですよ。まあ、わかんないですけど」

「ティラちゃん、安心させて脅すのやめてくれ」

ゴーラドは唇を突き出し、文句を言う。そのさまがおかしくて、キルナは声を上げて笑った。




妖魔の隠れ家は珍妙で、何本もの樹木を粘土のように丸めて固めたみたいなものだった。

「なんなんだよ、これ?」

キルナの心の声を、ゴーラドが代弁してくれた。

「錬金術が得意な妖魔だったんでしょうね」

そうティラが言うと、ゴーラドはひどく驚いたようだ。

「錬金術で、こんなのができるのか? 俺の知ってる錬金術ってのは、魔核石で魔石を造るくらいしか知らないんだが」

「それが一番ポピュラーだな」

魔核石は魔獣を狩れば手に入る。その魔核石から作る魔石は暮らしに欠かせないものだ。作れば売れる。
手軽に稼ぎになるから、錬金術をかじった者は、たいがいその仕事に就く。

まあ、錬金術師には誰もがなれるものではない、才能が必要だ。さらに能力により品質に違いが出てくる。
ランクの低い錬金術師では、低品質の魔核石しか錬成できない。

つまり、この隠れ家を作った妖魔の錬金術師はとんでもない才能があるという事になるわけだ……腹立たしいな。

このおかしな建物の雰囲気に吞まれることもなく、ティラは建物の外部に手を触れつつ、興味深そうに中へと入っていく。キルナはそれに続いた。
ゴーラドは入ってくる様子を見せずに突っ立ったままだ。

「ゴーラド、怖気づいてるのか?」

からかうように声を掛けたら、ゴーラドは顔をしかめ、仕方なさそうに近づいてきた。だが、入り口でまた立ち止まった。

「正直、寄り付きたくない……兄貴の生気を吸わせる忌むべき植物を造ったやつらの住まいになんてな」

ふむ、気持ちはわからないじゃないな。

「なら、ここで待ってろ」

そう言ってキルナは中に入った。

ティラは何も見逃すまいとするかのように、部屋の中の隅々まで観察している。

ティラの両親によって、ここにいた妖魔たちは全員捕縛されたようだが……

部屋のいくつかは、空っぽの状態だった。

「何もないな」

「両親が全部回収したんだと思います。ここが研究施設だったんでしょうね」

「ここでガルジマ草を作ってたわけか……」

隠れ家の大きさからいくと、ここにいた妖魔は数人だろうか?ずいぶん長いこと住み着いてたらしい。

「炊事場はそのままですね」

奥の部屋に入ったティラが言う。入ってみると、確かに炊事場だ。

「やつらも、普通に飲み食いするんだな」

生きているのだから飲食するのは当然のことなのだが、なんとなく口にしてしまう。するとティラが笑った。

「妖魔という種族こそが至上の存在……その考えが変えられない以上、彼らは平気で人を迫害する。彼らにとって人族も他の種族も、取るに足らない虫けらで、人ではないんですよ」

「なあ、ティラ?」

「なんですか?」

「お前、これまでも妖魔と戦ってきたのだな?」

「……」

ティラはキルナの目を見返すばかりで答えない。
答えははっきりしているが、答えることでさらなる問いをもらうのが分かっているので答えないのだろう。聡明なことだ。
ただの娘のようにしか見えないのに……うん? それこそが隠れ蓑か?

ティラは計り知れないところがある。だが、それだからこそ興味深い。

キルナは質問を変えることにした。

「なあ、ティラ。奴らの拠点はどこなんだ? この国に住んでいるのか?」

「わたしは知りません」

「お前の両親ならご存じなんじゃないのか?」

「どうですかね」

少し笑いながらティラは言う。どっちとも取れぬ返答だ。

しかし、これで私の今後の目標が決まった。

なんの躊躇いもなく人を殺そうとする輩……なんの罪もない者の生気を吸い取り、その者が死のうとまったく気にもしていなかった。

あいつらは野放しにできない。

次に出会った時、後れを取ってなるものか。そのためにも、もっと強くあらねば……

キルナは剣を手に取り、思い切り振り上げ床に突き刺した。

「き、キルナさん、急にどうしたんだ?」

いつやって来たのか、ゴーラドが驚き、身を引いている。

「すまん。気持ちが高ぶった」

「そうか。……なら、俺も」

キルナの言葉をどう取ったのか、ゴーラドも自分の槍を手に持ち、渾身の力で床に突き刺す。兄にされたことへの怒りを、その一撃でぶつけたのだろう。

「さて、隠れ家見学も、そろそろいいだろう。パッサカに戻るか?」

幾分すっきりした表情でゴーラドは提案してきた。

「その前に精霊さんに会いに行きます。報告しないといけないので」

その言葉に、キルナのテンションが上がる。

「精霊に会えるのかっ?」

「どうでしよう」

食いつき気味に言ったら、ティラは笑みを浮かべ、どこか意味深な返事をしたのだった。





つづく



 
   
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