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◇54 ティラ〈精霊に謁見〉
キルナとゴーラドを連れ、ピール草で埋め尽くされている場所に戻ってきた。
初めてこの場に訪れたふたりは、しばらくの間、気を飲まれたように立ち尽くしていた。
確かに、幻想的過ぎる場所だよね。
清廉に湖面はきらめき、乳白色の細い幹の木々が枝葉を空高く伸ばしている。その葉っぱは手の平くらい大きく、風に揺れて不思議な音が周辺に満ちていた。
音として現実に存在しているようにも思えるが、頭の中で響いているようでもあり、はっきりしない。
以前にも両親に連れられてやってきたことのあるティラには、ふたりほどの感動はないが、初めての時は今のふたりと同じに畏怖を感じ、魅了されたものだった。
「これはピール草か?」
ようやく我に返ったらしいキルナが尋ねてきてティラは頷いた。その声に、ゴーラドの方も現実に引き戻されたようだ。
「人が立ち入っていい場所じゃない気がするんだが」
ゴーラドは不安そうに周りを見回している。
足元のピール草を踏んでしまっていることにも気が咎めているようだ。それでも足の踏み場がないくらいピール草が生えているのでは、踏まないでは歩けない。
とはいえ、もう普通に進むことのできない状態になっていた。精霊の結界だろう。柔らかな感触だが、空気の抵抗に合い進めない。
この先に精霊さんの住まいがあるからね。
ティラは「湖の精霊様ぁ」と呼びかけた。
するとその瞬間、目の前の風景が変わった。
「なっ?」
「へっ?」
キルナとゴーラドが驚いて声を上げた。そして戸惑って周りを見回す。
うん、やっぱりダメだったね。
すでにそこに精霊さんがおいでだというのに、ふたりともまったく気づけていない。
ふたりには、精霊が見えないのだ。侍っているたくさんの小精霊たちも……
それでも、精霊の霊力を強く感じているようで、ふたりとも言葉を発することはなかった。
ティラは、キルナそしてゴーラドと目を合わせ、小さく頷いてから精霊へと顔を向けた。精霊の前に進み出て、頭を下げる。
湖の精霊は、自分が招いたキルナとゴーラドを面白そうに見て、それからティラに顔を戻した。
精霊さん、ふたりには姿を見せられないのかな?
そんなことを思いつつ、まずは報告をする。
「精霊様、確認してまいりました」
「して、どうだった?」
「はい。両親により、すべて終わっておりました。わたしたち三人も、隠れ家を確認してまいりましたが、もう心配はありません」
「そうか、安堵したぞ。世話をかけたな」
「どういたしまして」
精霊とやりとりを始めたら、キルナは、ティラとティラが視線を向けている先に交互に目を向け、すぐに精霊のいる辺りに向けて首を垂れた。するとゴーラドも慌ててキルナに倣った。
「まあ、ほぼ両親がやってくれたわけですけど」
「おふたりは?」
「家に戻りました」
「わしに挨拶もせずか?」
精霊は眉間に皺を寄せ、不服そうに言う。だが、不興を買っているわけではないのは、その瞳に込められた楽しそうな光で分かる。
「申し訳ありません。無作法な両親で」
ティラは苦笑しつつ、両親に成り代わって謝罪した。
「賢者の子よ、良き娘に育ったようだ」
うわっ。その恥ずかしいネーミングはやめてほしい。さらに自分が褒められたのも恥ずかしい。
キルナとゴーラドに聞かれなくてよかったと胸を撫でおろす。
「よし。では、褒美を取らせようかの」
そんなものいりませんよと言うべきかもしれないが……
精霊の褒美なんて希少なものに違いない。欲しいというより、それがどんなものなのか興味が湧く。
その時、精霊のすぐ側に細身の精霊が現われた。
周りに侍っている小精霊が集まって、形を成したように思えたけど……
実際のところはわからぬうちに、細身の精霊がティラの前に近づいてきた。浮遊してなのか歩いてなのかも判断がつかなかった。
まったく、精霊って不思議だらけだよねぇ。
細身の精霊から緑色の小箱を差し出され、ティラは頭を下げて受け取った。
ここは、この場で開けて確認するべきだよね。現物を見て、お礼を言うのが礼儀だろう。
箱を開けてみたら、水色の玉が入っていた。
一個か……なんて罰当たりなことを思ってしまう。正直、人数分欲しかったです。
「これって、なんなのですか?」
「さてな」
精霊様はとぼけたようにおっしゃる。
「教えてはもらえないんですか?」
「不思議なことを言う」
「うん?」
「賢者の子であれば、それがなんなのかわからぬはずはない」
いや、わかりませんけど。
ともあれ、精霊は教える気はさらさらないようだ。絶対面白がってるよね。
「ともかく、ご褒美ありがとうございます」
「うむ。さて、賢者の子よ、一つ頼みがある」
頼みとな?
「なんで……」
「ティラ」
問い返そうとしたら、キルナが呼びかけてきた。振り返ると、「精霊様がおいでなのだな?」といまさらな確認をしてくる。
あっ、そうだよね。ふたりをきちんと紹介するべきだ。
「すみません精霊様。こちらのふたりをご紹介させていただいても?」
「ああ。構わぬぞ」
うーん、でも、このまま紹介しても、キルナさんもゴーラドさんも、いまいちピンと来ないよね。よし、ダメもとで尋ねてみるか。
「……あの、精霊様のお姿を、ふたりも見られるようには?」
「……」
なぜか精霊さんは、含みのある眼差しを向けてくる。その視線がついっと、ティラの手にしている箱に向いた。
「あ」
そっか。
「了解です」
悟った瞬間、つい大声を上げてしまった。
まだそこに控えていた細身の精霊が咎めるように顔をしかめ、ティラを睨む。
不敬でしたか。すみませぬ。
精霊様は鷹揚なお人だが、こちらはけっこう礼儀にうるさいようだ。
ティラは「すみません」と頭を下げ、いただいた玉を手に取ると、キルナに歩み寄り、玉を差し出した。
「なんだ? どうした?」
「これ、手に持ってみてください」
不審な顔をしているばかりのキルナの手に、玉を握らせる。すると、キルナの表情が変わった。
「なっ」
叫んだ次の瞬間、キルナはさっと片膝をついた。
「精霊様、ご拝顔を賜り、恐悦至極に存じます」
「よいよい。そのように硬くならず、顔を上げよ。おぬし、キルナと申すか?」
「は、はい」
「うむ。賢者の子が仲間とするにふさわしい人物のようだの」
「はい? 賢者の子……?」
キルナは眉を寄せ、それからティラにゆっくりと振り向いてきた。
あちゃーっ!
ティラは顔を固めた。
しまったよ! こうなることを想定できたってのに……
「違いますよ!」
つい大声で否定してしまったら、また細身の精霊に睨まれた。
そこにゴーラドが遠慮がちに「あ、あの」と声をかけてきた。
キルナはゴーラドに頷き、もう一度、湖の精霊に向き直って感謝を述べてから、ゴーラドに玉を手渡した。
つづく
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