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◇55ティラ〈説明は巻きで〉
「うわーーっ、わーっ、わーーっ」
両手で力いっぱい頭を抱え、身もだえながら喚いているのはゴーラドだ。
すでに精霊の住処から辞去し、神殿の近くまで転移してもらったのだが……
ゴーラドが正気に戻ってくれないので、この場から動けないでいた。
まあ、気持ちはわかるんだけどね。
精霊などという存在と顔を合わせてしまい、ゴーラドは見るも無残に混乱した。話す言葉はしどろもどろ、挙句カミカミ……
ゴーラドさんの前にキルナさんが、舌を巻く挨拶をしたのが仇になったよね。あの真似をせねばと強迫観念に囚われでもしたらしく、まあ、見事に大失敗!
けど、精霊さんは楽しかったみたいで、鷹揚に頷いておられたんだけどね。かたや細身の精霊さんは、睨みも忘れて呆れ果てていた。
とにかく、ティラにしてみれば非常に楽しい謁見だった。それはキルナも同じだったようで、貴重な体験をしたとこちらは興奮している。
さて、とりあえずゴーラドさんを鎮めないとね。
そろそろ夕暮れ近くになっている。帰宅時間は迫っているが、まだやることがあるのだ。ふたりがいいなら、あとは任せて帰るんだけどな……
「ゴーラドさん、もう過ぎたことですよ」
「そうだぞ。もう喚くのはやめろ」
口々に言われ、ゴーラドはこちらにちょっとだけ視線を向けてきた。喚くのは収まったが、恨みがましい目を向けてくる。
「誰にも言いませんから」
小声で固く誓ったら、さらに睨まれた。キルナが爆笑するおまけ付きだ。
ゴーラドが舌打ちする。
「くっそーっ! あんな場所にいて、なんでふたりとも平然としてられんだよ?」
「それはティラに限ってだろう。私はお前と同じく気圧されていたぞ」
「そうは見えなかったぞ」
「そう言われてもな……」
「あの、わたし、そろそろ帰らなきゃならないので、できれば後をお任せしても……」
「「いいわけないだろ!」」
ふたりから強烈なダメ出しを食らった。
ダメかぁ。
「なら、急がないと」
急かしたら、ゴーラドは大きく息を吸い「はあーっ」と吐き出して、姿勢を正した。
あとは黙って神殿に向かい始める。
神殿に着くと、外をうろうろしていた見習いさんが三人に気づいて駆け寄ってきた。
「みなさん、ご無事で!」
ずっと心配してくれていたのか、疲れを滲ませてほっとしている。
うんうん、見習いさん、いい人だねぇ。
神官も出てきて、すぐさま報告をしようとしたのだが、そのようなわけにはいかないと言って聞かず、前回お邪魔した部屋へと招かれることになった。
見習いさんはすぐにお茶出してくれたが、ティラはとしては帰宅時間が迫っていて、気もそぞろだ。ちらちらと窓の外ばかり見てしまう。
早口で、首尾よく事を成したと伝える。
「驚きました。こんなに短時間で」
「それと、精霊様から神官様への託を預かってまいりました」
「おお、なんと!」
ありがたやと、神官も見習いも感謝の祈りの仕草になる。
いや、感謝の祈りは後回しにして聞いてください。時間ないんで。と心の中で突っ込む。
「神官の法衣についてですけど、白はやめるようにと仰せでした」
「は、はあ」
神官は自分の着ている法衣に目を落とし、戸惑った顔になる。
「精霊様によると、元々水色だったのに、いつの間にか白になったのだと、とても苦々しく言っておいででしたよ。そうなんですか?」
精霊からの託を聞いた神官の顔が、みるみる青ざめる。
「……神殿の創設時の文献に、その記述があったように思います。……ですが、私が神官になった時には、この色でしたので」
言い難そうに言う。この神官の責任ではないのだが……
「その文献はどこにあるんですか?」
「町の役場にございます」
「なら、そちらを改めて確認されるべきですね」
「そういたします」
その返事に頷き、ティラはポーチから水色の反物を取り出した。かなりかさばるもので、小さなポーチから取り出したことに、神官も見習いも驚いている。
ティラはそんな驚きには頓着せず、反物を神官の前に差し出した。
「この布地で法衣を作るようにと……」
「こ、これを……ま、まさか精霊様が?」
「はい。この反物で作った法衣を着ることで、精霊様の加護が受けられるそうです」
美しい艶のある水色の反物を受け取った神官は、感激に身を震わせた。
「見習いさんの分も作れると思いますよ」
ティラがそう伝えると、見習いは目を見開いて驚く。
「わ、私にまで?」
「ピール草の世話を頼むとのことでした。そうそう、新たに植えなくてもいいそうですよ。お世話だけしてもらえれば、増えていくんだと思います」
「わかりました。一生懸命務めさせていただきます」
見習いはティラが精霊そのものであるかの如く、深々と礼をする。
「それと、神殿創設時に、精霊様から玉を賜っているそうですけど、そちらは保管してあります?」
神官は「玉?」と呟き、しばし考え込んだ。そして、ハッとしたように顔を上げた。
「神殿に祭ってある精霊箱のことでしょうか?」
「たぶんそれですね。これと同じような箱じゃないですか?」
ティラは精霊からお礼にと受け取った水色の玉の入った箱を取り出して見せた。
ちょっと独特なので、同じものがあるとすれば、すぐにわかるはず。
「それは……あなた方も精霊様から授かったのですか?」
「今回のお礼にっていただきました。これがどんなものなのか、神官様はご存じないみたいですね?」
神官は表情を固くし、黙って頷く。
やっぱりね。知っていたら使ってるはずだもんね。
「この玉に触れることで精霊様のお姿が見えるようになるのですよ。お話もできます」
それを聞いた神官の驚愕はすさまじかった。
精霊様とコンタクトを取る方法をすでに手にしていながら、知らずにいたのだ。なんとも言えない気持ちだろう。
「これからはちゃんと精霊様のお声を聞くことができますし、もう問題はなくなりましたね。それじゃ、わたしたちはこれで」
早口で捲し立て急いで立ち上がったら、「ちょっとお待ちください」と止められた。
いや、もう時間いっぱいなんですが。
「後は私らに任せて、お前は帰るといい」
キルナが申し出てくれ、ティラはほっとして頷いた。
「助かります。それじゃ、また明日でーす」
部屋から飛び出すと、すでに外は暗くなっていた。
「ひえーーっ!」
悲鳴のような叫びを上げたティラは、大慌てで木々の間に駆け込んで行ったのだった。
つづく
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