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◇56 ゴーラド〈楽しい宵〉
パッサカに来たのは、ちょっとした観光気分だったのにな。
ついついぼやいてしまうゴーラド。
伝説級の存在だった妖魔にまた関わることになるなんて……
とはいえ、ティラの両親がどうにかしてくれたらしく、ことは終わったあとだった。
妖魔をあっさり片付けるとか、いったい何者なんだろうな? あのティラちゃんの両親なんだから、当然かとも思うわけだが。
精霊様の不思議すぎる住処にまで招かれちまって……い、いや、そのことについて考えるのはやめよう。頭に湧いてくる記憶をゴーラドは必死に追い払った。
あんなにも恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。思い出すと死にたくなる。
なのにキルナときたら、事あるごとにあの時のことを根掘り葉掘り掘り返し、ゴーラドを再起不能な状態にまで追いやるのだ。
「マジ、性格悪ぃぞ!」
そう文句を言っても、にやりと笑うだけだ。
ほんと得な性分だと思う。こんな目に遭っても嫌えないとか……
で、いまは、パッサカの町長室で町長を前にしたところだった。
神官からぜひ同行してほしいと請われたのだ。神殿を留守にするわけにはいかないので、見習いは着いてきていない。
ティラも帰ってしまったので、キルナとふたりだ。
こんな面倒な事態に俺らを置き去りにして、いなくなるとか……ねぇよな。
神官から説明を聞き、そのたびに町長は「なんと、なんと」と驚愕を膨らませている。
精霊様のピール草を盗まれるというあってはならない事態に、神官同様に町長も頭を悩ませていたらしい。ティラが受けたピール草の依頼も、神官見習いが町経由で出したものだったそうだ。
盗人はゴーラド達三人で捕らえたということになっており、さらに精霊の要望で身柄は精霊に引き渡したと聞いた町長は、目玉が飛び出そうなほど驚いていた。
「信じられん。信じられん」
独り言のように呟き続ける町長。
さくさくと説明を終えれば、役目を終えて帰れるのに、町長のせいでなかなか話が進まない。
まあ、いい人そうだけどな。そこそこ威厳もあり、人徳も感じる。
キルナはと見ると、クッションの良い背もたれに身を預け、くつろいでいる。
俺と違って、神官と町長のやりとりを楽しんでいるようだ。
「それで、精霊様より、これを賜りました」
町長がいくぶん落ち着いたのを確認し、神官は水色の反物を町長に見せた。
「こ、これを精霊様が?」
驚愕を越え、呆気に取られている。
「はい。これで神官の法衣を……見習いのものも作るようにと」
「……し、信じられん」
反物を凝視する町長を見て、神官は神妙に頷いた。
「精霊様のおっしゃるには、神殿創設時、神官の法衣はこのような水色だったそうなのです。いつしか白に代わってしまったことを……その、苦々しく思っておられたと」
「なんとっ!」
知らず精霊の不興を買っていたと知り、町長は卒倒しそうになっている。
気持ちはわからんでもないな……
「私が神官になるおり、町長より神殿創設時の文献を拝見させていただきましたが……」
「あ、ああ……」
町長の視線はあちこちに飛び、神官の話を理解できているのか疑わしい。
「それにも記してあったように思うのです。一度、確認を」
「確認?」
町長はぼおっとした目を神官に向ける。
やはり、精霊様の不興を買っていた事実があまりにも強烈すぎたか……
「はい。文献の確認です!」
町長を正気に戻そうとしてか、強い口調で神官が繰り返した。
すると町長は、ぴょんと立ち上がって行き、問題の文献を手に戻って来た。
動いたことで少し落ち着いたのか、威厳も戻っているようだ。
神官と町長は頭を突き合わせて、文献の確認を始める。すると興味を見せてキルナも覗き込んだ。
「確かに……ここに書いてあるな」
「ですね」
ふたりしてため息をつく。
「法衣作成は私の方で手配しよう。早急にな!」
固く誓うように言う。精霊の不興がよほど怖いらしい。
「よろしくお願いいたします」
神官がほっとしたように頭を下げる。
よし。あとは、玉の話だな。それで話は終わりだ。
終わりが見えて、ほっとする。
そして神官は、町長に神殿の中に祭っている精霊箱について語った。
「なにい? あの精霊箱にそのようなものが入っていると言うのか?」
「どういたしましょう?」
神官が顔をしかめておうかがいを立てる。
うん? なんか旗色が悪いような?
「厳重に封印されているのだぞ。無理やり開封すれば、その者は呪いを受ける」
は?
「封印? 呪いとはなんだ?」
それまで黙っていたキルナが問いかける。
「言葉通りです。精霊様より賜った神聖なもの。けして開けてはならぬと、伝わっておりまして」
「だが、精霊様自身が、自ら初代神官に与えた物だとおっしゃっておいでだったぞ」
「貴方様は、精霊様にお会いになられ、直接お聞きになったのですね?」
町長の問いに、キルナは「ああ。お会いした」と答える。
「貴方様は、精霊様を見ることができるのですか?」
「今回、精霊様にいただいた水色の玉を使えばだがな。精霊箱の中に入っているのと同じものだそうだぞ。本当に封印されているのか? 呪いなどかけられてはいないのではないのか?」
キルナにそう言われ、町長は考え込んだが……
「その水色の玉を、貴方様は持っておいでなのですね? ならば、その玉を使わせていただけませんか? 精霊様とお会いして、精霊箱についてお聞きしないと……箱を開けるというのはできかねますので」
「玉を持っているのは、ここにはいない我々のもう一人の仲間だ」
「そうなのですか。では、その方にお願いしていただけませんか?」
「やつは、明日にならないと戻って来ない」
「それでは、今夜は私の家にお泊りください。盗人を捕らえていただいたお礼もいたしたい」
結局、ふたりは町長の屋敷に招かれることになってしまった。
今日のうちにタッソンに戻るつもりだったのにな。
なんでこうなった?
神官は神殿に帰って行き、ゴーラドはキルナとふたり、町長の屋敷へとやってきた。
建屋は大きく部屋数はあるものの、全体に質素な建物だった。だが、清潔で居心地は良い。
泊る部屋を割り当ててもらい、風呂にも入らせてもらった。
さっぱりしたところで、食事の場に呼ばれた。
キルナと入っていくと、そこには町長だけでなくもう一人客がいた。
見たことのある人物だなと思っていると、その男はキルナを目にし「ああっ!」と目を見開いて叫んだ。
確か、ギルドにいた男性だ。ギルド職員だと思うが。
「ルタス、大事な客人に対して無礼だぞ!」
町長が眉を寄せて叱る。
「い、いえ……まさか、このお方だったとは……」
「お前、この方を知っているのか?」
その問いに、ルタスという人物は「兄さんは、ご存じなのですか?」と逆に問い返す。
「キルナさんとおっしゃる、冒険者の方だと聞いているが」
ルタスはゆっくりと、数度首を横に振る。
「こ、この方は、ただの冒険者ではあられませんよ。なんと伝説級、SSランクのキルナ様です!」
まるで跪きそうな勢いで、ルタスは崇拝を込めて紹介する。
ゴーラドは危うく噴き出すところだった。キルナの方は完全に面白がっている。
町長の眉がきゅっと上がった。それからまじまじとキルナを見て、興奮に震えた笑顔になった。
「な、な、なんと、この町に、で、伝説の冒険者様がっっ!」
町長は威厳をかなぐり捨て、飛び上がって喜び、今度は逆に弟のルタスに窘められることとなった。
晩餐は、カチコチに緊張したギルドマスターのルタスを交え、興奮しっぱなしの町長に高級な酒をふるまわれた。
キルナは当然、超ご機嫌で、宴会は大いに盛り上がった。
もちろんゴーラドもご相伴に預かり、楽しい宵を過ごしたのだった。
つづく
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