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◇57 ティラ 〈笑えない冗談〉
瞼に淡い光を感じ、ティラはパチリと目を開けた。
よしっ。眼ざめ最高っ!
一瞬前まで寝ていたとは思えない俊敏さで、ティラはベッドから飛び出た。カーテンを勢いよく開けて、見慣れた外の景色を眺める。
うむ、いい朝だねぇ。
昨日も色々あって、楽しかったなぁ。
今日で冒険者五日目かぁ。まだまだひょっこ冒険者だけど、依頼はけっこう達成できたよね。
魔鼠退治、トードルの卵、ピール草採取。ギルドの依頼じゃないけど、精霊様の依頼も達成できたわけだしね。
さーてと、今日はまずタッソンの近くの森に魔獣が戻ってきてるか確認だね。確認できたら、次の町に行くんだよね?
部屋を出ながら、昨日家に帰り着いてからのあれこれを思い出す。
もちろん大遅刻。
母の機嫌は黄色い点滅状態だったが、妖魔やら精霊様やら関連で、ごたごたしていたことはご存じなわけで、今回に限って厳重注意ということで許してもらえた。
いくら転移が出来ても、日帰りってのは厳しいよ。いつ解禁になるんだろうなぁ?
ブツブツ言いつつ、洗面を終えキッチンを覗く。
母はいるが父の姿がない。珍しいねぇ。
「父さんは?」
「先に朝食を終えて、妖魔を尋問してるわよ」
ああ、さっそく始めたわけか。
ご苦労様と、この場で労う。
仮死状態を解いて、正気に戻ったところでまず尋問。もちろん素直に語るはずもないから、例の薬で無理やり自白させることになるんだろう。
父はけして妖魔を全滅させたいわけじゃない。彼らにも生きる権利があるという考えだ。
妖魔も、他の種族と平穏に暮らせるようになるのが父の望み。
まあ、そんな簡単ではないから、解決の道は険しい。その間に、妖魔の数はどんどん減ってしまいかねないわけで……
そういう危機感を、妖魔はもたないみたいなんだよね。馬鹿なの、と言いたい。
けど、他の種族に害をなすなら、対抗するしかない。
結果、事はぐるぐる回るのみ。父も嫌気がさすのもわかるよ。
父親のことを慮りながら、美味しく朝食をいただき、身支度をして出かける。
タッソンまでひとっ飛び、上空から様子を窺う。
おおっ、けっこう戻ってるね。
魔猪の気配があっちにもこっちにも感じられる。
もう問題ないね。魔狼や魔熊もそのうちやってくるだろう。
そいじゃ、キルナさんとゴーラドさんと合流だね。
キルナを意識して飛んだら、そこは町中だった。
うん、ここはパッサカだ。
キルナもゴーラドも、そこそこ大きなお屋敷の中にいる。もう起きてはいるようだけど……
屋敷にお邪魔するわけにもいかないので、人気のない場所まで転移し、神殿に向かうことにした。精霊さんのところは気軽にお邪魔してよいところではないので、神殿でお参りでもしようという殊勝な心掛けだ。
神殿前の広場を、見習いさんが箒で履いていた。
「見習いさーん、おはようございます」
「あっ、おはようございます」
「清々しい朝ですねぇ」
「はい、良き日になりそうです」
憂いが晴れたからか、見習いさんの表情も明るい。
「神官様からお聞きしましたが、精霊箱について精霊様にお尋ねしてくださるそうで」
うん? なんの話だろう?
首を傾げたら、見習いも戸惑う。
「精霊箱について何を尋ねるんですか?」
「精霊箱は封印されていて、呪いがかかっていると伝えられているのだそうです。ですので、精霊様に開けても良いものなのか、町長自らお窺いしたいとのことです」
封印に呪い?
「ちょっと精霊箱を見せてもらってもいいですか?」
「それは私では判断できません」
「なら、神官さんに聞いてもらっていいですか?」
「わ、わかりました。いまお呼びしてまいります」
見習いは箒を手にしたまま駆けていく。数分して神官が現われた。
「ようこそ、おいでくださいました」
「神官さん、おはようございます」
「はい。昨日は、誠にありがとうございました」
恭しく頭を下げられる。
「なんか、今聞いたら精霊箱に封印と呪いがかけてあるとかって聞きましたけど」
「はい。そう伝えられているのです。ですから、これまで誰も触れることなく、神殿の奥に祭ってあるのですが」
「精霊箱を見せてもらいたいんですけど」
「そうですね。あなた様ならば。では、こちらに」
促されて神殿に歩み寄っていく。
神官は懐から鍵を取り出し、観音開きの扉を開けた。そして、ティラにどうぞと言う。
覗いてみたら、古びた緑色の箱が鎮座していた。
箱を感知してみたら、確かに封印してある。でも、呪いの類は感じられない。
「封印はされてますね。けど呪いはないですよ」
「呪いはないのですか? ですが、封印されているのでは、結局、開けることはできないのですね」
ほっとしたような残念なような表情で神官は言う。
代々、開けてはならぬと長きに渡って納められたままだったものを、自分の代で開封することに空恐ろしさを感じているのかもしれない。
「そんなことないですよ。封印を解けばいいだけなので開けられますよ」
そう言ったら、神官は目を見開く。
「あなた様は、そのようなこともおできになるのですか?」
「おできになりますね」
仰々しい物言いに笑えてしまい、冗談のように返してしまう。
「あ、あの……神官様。昨日のお二方が参られるまで、待ってはいかがでしょうか?」
見習いがおずおずと間に入ってきた。
お二方とは、もちろんキルナとゴーラドのことを言っているのだろう。
ふーむ、やっぱり娘っ子の言うことじゃ、いまいち信用おけないか。大人の二人が一緒なら、まだ信用できるってことらしい。
「わかりました。それじゃ、ふたりを迎えに行ってきますよ」
元々そのつもりだったのだ。
ティラは身をひるがえし、パッサカに続く小道へと駆けだした。
途中飛んだりしたので、数分経たずパッサカに着いた。
八時が回ったくらいで、人の行き来もそれなりに多い。勤勉そうな人が多いねぇ。
「おーい、ティラちゃん」
前方からゴーラドが歩いてきていて、ティラに気づいて手を振ってきた。駆け寄ろうとしたけど、ゴーラドの方から駆け寄ってくる。
後ろにキルナもいるが、こちらは駆け出すことはせず、悠々と歩いてくる。キルナの隣にはティラの知らないおじさんがいた。
もしや、あの人が町長さんかなぁ?
「ティラちゃん、遅かったな」
「少し早く着いちゃったから、神殿に行ってきたんですよ」
「そうなのか? それじゃ、精霊箱のこと聞いたか?」
「封印と呪いのことですね?」
「ああ。それでティラちゃんの持ってる玉で精霊様と話をさせてもらいたいって、町長が」
キルナと町長もやってきて、四人は顔を合わせた。キルナがティラを町長に紹介してくれる。
ティラを見た町長は、怪訝な顔になった。
「この少女が、あなた方のお仲間なのですか?」
信じられないらしい。
「わたしがお仲間のティラです。こう見えても、Fランク+5の冒険者ですよ」
胸を張って宣言する。
「Fランク?」
いまいちの反応で、ティラとしてはつまらない。
「SSランクのキルナ様のお仲間とのことでしたので、ゴーラド様のような方を想像しておりました」
その想像に、わたしはまったくマッチしてないってことね。ま、当然か。
「実際の実力は、私を凌駕するのだがな」
キルナが淡々と言う。
町長は反応に困ったようだ。冗談だろうと思っているようだが、笑える雰囲気ではなかったからだ。
町長の代わりにティラが笑ってしまった。
「町長さん、いまのはキルナさんの冗談ですよぉ」
そう言ったら、町長は苦笑いする。
「キルナ様は、まったくお人が悪い」
キルナは眉を上げたが、もう何も言わなかった。
つづく
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