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◇58 ティラ〈嬉しいお仲間〉
ぞろぞろと神殿までやってきた。見習いさんが皆を出迎える。
「精霊様にお会いする前に、精霊箱を確認させてくれ」
町長が頼み、神官は観音開きの扉を開けた。
「うむ。確かにあるな」
町長さんも、まだ見たことが無かったってことみたいだね。
「では、精霊様のところに……行かねばならんな」
そう言う町長の顔は引きつっている。精霊様が畏れ多いのだろう。まあ、普通の反応だね。
「神官、もちろんおぬしも行くだろう?」
「はい」
神官は神妙に返事をする。こちらは緊張で張り詰めた顔。
神官たるもの、祀る精霊様の尊顔を拝むことは、本願だろう。
「よ、よし。参ろう」
町長は覚悟を決めたように足を踏み出そうとし、神官を振り返った。
「どっちに行けばいいんだ?」
「神殿の奥ですが」
神官は手で指し示す。まあ、当たり前だよね。祀られる対象が、神殿の奥でなくて、どこにいるのだって話だよ。町長もそう思ったらしい。
「あ、ああ。そうか。もちろんそうだな」
少し顔を赤らめた町長は、神殿の奥を見て、それからなぜかキルナに振り返ってきた。
「キルナ様、よければ先行してくださらんかな?」
先頭を歩く勇気がなかったか、キルナがこの中で一番腕が立つと思っての指名らしい。キルナは苦笑し、ティラに目を向けてきた。
「ティラ、行くぞ」
「はーい」
気軽に返事をし、ティラはさっさと歩き始めた。
町長は、ティラとキルナの後を恐る恐るついてくる。神官は町長に並び、ゴーラドが最後尾だ。
神殿の奥にはくねった小道があった。湖の畔でも見た白っぽい幹をした木がその両側に並んでいる。
妖魔の隠れ家から精霊の住まいの近くまで歩いた時は、道なき道で歩きづらかったが、こちらは綺麗に整備されている。神官見習いが小まめに清掃しているのだろう。
すると行き止まりに突き当たってしまい、それ以上進めなくなった。
「道が? ここが精霊様のおわすところなのかな?」
町長が戸惑って尋ねてくる。
「そうじゃないですね。祈るんですよ」
ティラは即答した。ちょっと愉快で、笑いが混じっちゃったけどね。
するとそれぞれ違った反応で、視線を向けられた。
冗談だと思ったかな?
「本当ですって。精霊様が認めた者のみ、精霊様の住処に……」
話していたら、目の前にふっと現れた者がいる。精霊様のところにいた細身の精霊さんだ。
「こんにちは」
ティラは頭を下げて挨拶した。
みんな見えないはずだから、困惑してることだろう。
「精霊様がおいでになったのか?」
キルナから小声で尋ねられ、ティラは否定して首を振った。
「精霊様の……」
「娘!」
細身の精霊が咎めるように叫んだ。黙ったら、「話がある。黙って聞け」と命じてくる。
ちょっと呆れたけど……なんだか焦りを感じる。これは色々事情ありか?
「ティラ、あの玉を貸してくれ」
キルナが頼んできた。
当然そうなるだろうし、ティラとしては構わないのだが……
細身の精霊は必死にダメだと、ガンを飛ばしてくる。
なんだか可哀想になり、細身の精霊の願いを聞いてあげることにした。
わかったわかったと首を縦に振ってあげる。気持ちが通じたらしく、細身の精霊はほっとしている。
この精霊、めっちゃ態度悪かったし、ここで恩を売っておけば、悪いことはないよ。うっしっし。である。
「何か大切なお話があるとのことなので、みなさんしばしお静かに願います」
後ろの連中に言い含め、細身の精霊に話を促す。
細身の精霊はこほんと咳をし、何やら言い難そうにしていたがようやく話し始めた。
「神殿に祭られている精霊箱のことで来たのだろう?」
黙って頷く。
「封印は私が解いておく。ぬしらは戻るがよい」
居丈高に命じてくる。
立場分かってないねぇ。ちょっとイラっとしたよ。
「なんで封印なんてしたんですか?」
「何?」
声に出して言い返したので相手は焦りを見せる。
(相手が下手に出てくれたからといって、調子に乗ってはいけないのであるよ。細身の精霊君)
試しに、テレパッシングしたら、届いたようで細身の精霊はぎょっとし、頭に手を置いた。
ちなみに、テレパッシングというのはティラが勝手に名付けた造語である。テレパシーで脳内会話をする技。
(そうそう。直接頭に話しかけてます。ツーツーツーツー、聞こえますかぁ?)
「き、聞こえている」
(精霊箱を封印したのはあなたですね? さらに、呪いがかけてあると嘘をついたんですね?)
「む……む」
「なぜですか?」
あっ、しまった。声に出しちゃった。
「人族があまりに無礼だからだ。精霊様より玉を授かり、調子に乗ってあれをしろこれをしろと……」
当時を思い出してでもいるのか、それはもう般若が苦虫を齧ったような恐れる顔である。
しかし、だいたいわかった。
(了解です。今後はそのようなことにならないようにきつく言っておきますよ)
「できるのか?」
(できなかったその時は、また封印でもなんでもしてください)
「……わかった」
(それじゃ、話もついたところで、精霊様に謁見させていただけると神官さんも町長さんも喜びます)
「それは、また日を改めてだ」
(精霊さんの日を改めては何百年先になるかわからないので、いますぐでお願いします)
そのとき、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
細身の精霊さんは驚き、慌てて跪いた。
細身の精霊から少し離れたところに、湖の精霊様が現れた。
「精霊様、こんにちは。昨日はありがとうございました」
「いやいや。愉快であった。さて、そちらがパッサカの町長、そして神官だな?」
「はい」
「あ、あの……も、申し訳ございません」
今の会話をすべて聞かれていたと分かり、細身の精霊は跪き、地面につきそうなほど頭を垂れた。
「よいよい。わかっておる」
精霊様はやさしい笑顔を細身の精霊に向ける。うん、いい精霊様だねぇ。
お名前を知りたいもんだけど……
そう思ったら、精霊様がこちらに向いた。
「わしは銀水湖のルードだ」
ルード様か。素敵なお名前だ。
それにしても、わたしの心の声が聞こえちゃったの? テレパッシングしてないのに、びっくりだ。
「湖にも名があったのですね」
「もちろんだ。パッサカの者たちは精霊の湖と呼んでおるので、真の名は広まらないままなのだよ」
遺憾をお顔に滲ませておいでだ。
これは町長さんと神官さんに伝えておくべき案件だね。
「そうそう、この者はタオという。賢者の子ティラよ。色々無礼をしたようだが許してやってくれ」
驚いて顔を上げた細身の精霊……タオさんは、苦い顔になりそうなのをぐっと堪えている。
つい、くすくす笑ったら睨まれた。
それから神官さんと町長さんに玉を手渡し、ついに銀水湖のルード様とご対面ということになった。
しかし、あまりに畏れ多かったようで、ふたりとも腰が抜けたように両足跪き、終始祈りのポーズだった。
精霊箱がなぜ封印されたのかの理由も聞くことになり、遠い昔のことであるのに、神官も町長もひたすら平伏し、謝罪の嵐。
極度の緊張のために、昨日のゴーラド並みに、しどろもどろのカミカミである。
ゴーラドは、そんな二人を見て嬉しかったようだ。
まあ、そんなわけで事態はすべて丸く収まり、ティラたちはタッソン村に戻ったのだった。
つづく
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