冒険者ですが日帰りではっちゃけます



61 カムラ〈不思議な娘〉


ダンジョンから出て、外の空気を吸い込み、カムラはほっと息を吐く。

日常に戻れたのだと、いままた感慨深く思う。
数か月ぶりの労働なのに、まるで疲れを感じていない。身が軽かった。

働けるありがたさを噛みしめつつ、カムラはダンジョンに同行した面々に視線を向けた。
弟のゴーラド、キルナ、そしてティラ。

朝、集合場所に三人がいたのには、本当に驚いた。ダンジョンの存在は、家族にすら漏らしてはならない極秘とされているのだ。

彼らは巨大な魔獣を倒し村を救ってくれ、さらに魔獣のいなくなった森に魔獣を呼び寄せてくれた救世主だ。彼らがいなかったら、村は甚大な被害を受けかねなかった。

その恩に報い、ダンジョンへの同行が許可されたのだろう。

「みなさん、ありがとうございました」

ティラが礼を言ってきた。

弟のゴーラドは黙って会釈し、キルナも軽く頭を下げてくる。三人は、先に村へと戻って行った。

そして猟師たちも、これからまだ狩りをするそうで、森の奥に入っていく。
カムラ達鍛冶師は、魔術師が結界を張りなおしたのを見届けてから、彼とともに村に向かう。

「カムラ、身体は大丈夫なのか?」

「久しぶりで疲れてるんじゃないのか?」

鍛冶師仲間が、気がかりそうに声をかけてくれる。

「いや、すこぶる快調だ。……長いこと休んですまなかったな」

鍛冶仕事は、カムラが抜けてかなり滞っていたようだ。

「いやいや、戻ってくれて本当に良かった。だがな、病み上がりなんだ。無理のないように仕事してくれよ」

気遣ってもらえ、ありがたく頷く。

「ところで……カムラ、お前の弟、凄かったな」

その話題を早くしたかったのか、興奮して話す。

「ゴーラドの槍さばきには、俺も見惚れたぞ」

弟が褒められ、兄としてはこそばゆい思いだが、嬉しいことだった。

ゴーラドには本当に世話をかけてしまった。カムラが寝込んでいる間、生活費を入れてくれたおかげで、不自由せずに暮らせたのだ。

ニコラによると、かなりの金額を入れてくれたそうで、こんなにいらないと遠慮しても、邪魔にはならないだろうと、置いていってくれたらしい。

冒険者は命がけの仕事だ。防具をおろそかにしてはいけないのに、いまのゴーラドの防具ときたら、ひどい有様だ。

本当に……あいつときたら……

じわっと胸に熱いものが込み上げてきてしまい、危うく涙が浮かびそうになって、カムラはなんとか涙を引っ込めた。

しかし、思うさま小言を言ってやりたいのに……それもできない。

そんなカムラの内心に気づくことなく、鍛冶仲間は楽しそうに会話を続けている。

「それに、凄い人とパーティーを組んでるんだなぁ。あのキルナって人も、とんでもなく強いぞ」

「ああ、それに物知りだ。ジュエルボールなんて魔物が二階層にいたなんてな」

「知らないままだったら、かなり大変なことになってたみたいだよな」

「だよな。来てもらえてほんとよかったぞ。村長に報告しとかないとな」

その言葉に、みんなして苦笑いしてしまう。

あの村思いの村長は、すでに大恩を感じているというのに……また大きな恩を受けてしまった。

「けどなぁ、なにより、塩だよ、塩っ!」

「あ、あの……ジュエルボールってなんなんですか? それに塩がどうしたんです?」

先頭を歩いていた魔術師のサンスが、振り返って尋ねてきた。

鍛冶師のひとりが、ダンジョン内で起こったことを、歩きながら臨場感たっぷりに説明する。サンスは驚くやら感心するやらだ。そして塩の話になる。

「塩を撒いたんですか?」

サンスは目を見開いて問い返す。

「ああ。それも、惜しげもなくだ」

呆れたように笑いながら言う鍛冶仲間。

塩はここらでは貴重品で、品薄。だからとても高価なのだ。ティラがなんの躊躇いもなく塩を撒き始めたときは、カムラも仰天した。

必要な処置だとしても、もったいないという気持ちになってしまった。

あの時、キルナから、塩を撒けば退治できると聞き、それは無理だなとみんな思ったはずなのだ。

これらについても、村長に報告したら、どうやって恩を返せばいいんだと、また頭を抱えるんだろう。

苦笑しつつ、腰に下げている魔道具の袋に手で触れる。

ティラは泥にまみれた重い鉱石を袋に回収する作業をしてくれた。おかげで作業効率が上がり、必要な量の鉱石を集めるのにかなり早く終えられたのだ。

普通の娘のように見えるのに、そうではない。……不思議な娘さんだ。


◇ ◇ ◇

仕事を終えて家に戻ると、食卓には美味そうな料理が並んでいた。そして、すでにティラの姿はなかった。

まったく意味がわからないのだが、彼女は毎日自宅に帰っているのだそうだ。どういう事なんだと聞いたら、キルナもゴーラドも揃って苦笑し、「考えても無駄」なんて言う始末だ。

もやもやするが、いつまでもこだわっていても、明快な答えをもらえないのではどうしようもない。仕方なく、考えるのをやめた。

風呂は職場の方で入ってきたので、そのまま食卓に着いた。
抱いてあやしてくれていたサリサをキルナから受け取り、膝に乗せる。
こうやって娘を抱ける嬉しさをしみじみ噛みしめてしまう。

今夜の料理もティラが手伝ってくれたそうで、食べたことのない料理が並んでいる。彼らは明日には出発してしまうので、腕を振るってくれたらしいのだが、その本人がいないのだから笑ってしまう。

「本当に、よくしてもらって……」

食事を食べていたら、気持ちが高ぶったようでニコラが涙を浮かべた。そして隣に座って美味しそうに食べているコルットの頭を撫でてから、困ったような照れ笑いで涙を拭く。

ニコラは、キルナとゴーラドに改めて感謝を伝え、それから、「実はね……ティラちゃんに、内緒って言われたんだけど……」と、言っていいものか悩む様子を見せて口ごもった。

「ニコラ?」

話を促すように呼びかけたら、ニコラはちょっと俯き、それから顔を上げて言葉を紡ぐ。

「コンロ用の魔石をいただいたの。半永久的に使えるって」

その話はゴーラドも知らなかったようで、ひどく驚いている。

「半永久的とは、これまた」と、キルナが苦笑する。

カムラは唖然とするばかりだ。半永久的に使える魔石なんて、そんなものが存在することすら知らなかった。

「それだけじゃなくてね……たくさんの香辛料も。それから、一緒にお料理している時に塩がなかなか手に入らないって話をしたら、明日まとめて持ってきてくれるって」

まとめて?

「あいつ、でっかい塩壺を抱えてくるつもりなんじゃないのか?」

「キルナさん、冗談に聞こえない」

くすくす笑って言ったキルナに対し、ゴーラドは真顔で返す。

「あの、あなた。それとね、井戸も自動で水が出るようにしてくれたの」

「はあ?」

カムラは思わず惚けて叫び、皆を見回したが、どの顔も嘘ではないと言っている。

「コンロと同じで、半永久的に使える魔石を使ってくれたみたいで……」

そのまま座ってなどいられず、サリサを抱えて立ち上がり、台所に確認に行ってみた。

流し台にはこれまでなかった蛇口があった。カムラはゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る手を伸ばし、蛇口をひねってみる。

水が流れ出した。水が……

いつかは我が家も自動水道にしたいと考えてはいたが……設備費も高額だし、動力に魔石が必要で維持費も相当かかる。さすがに無理だなと諦めていたのに……

しばし唖然として見つめていたら、ゴーラドに肩を叩かれカムラは我に返った。

風呂場も同じように蛇口がつけられたそうだ。ティラの指示で、ゴーラドが取りつけたらしい。

その夜、カムラはゴーラドの部屋を訪れ、今回のことにたいして、どう恩を返せばいいのか相談した。
すると「ご縁なんだってさ」という返事が返ってきた。

「ご縁?」

「縁があって、やりたいことをしたまでだから、恩だとか考えずに喜んでくれたらいいんだってさ」

「だが、そんなわけには……」

「そう思うよなぁ。……なあ兄貴。両親が亡くなって、俺は兄貴に育ててもらった。どうやってその恩を返せばいいんだろうって、ずっと思ってたんだ」

「ゴーラド……」

「けど、そんな考え……兄貴にすれば嬉しくもなんともないよな? ありがとうって気持ちだけでよかったんだ。そうだろ、兄貴?」

暗に言われていることが分かり、カムラは苦笑いしてしまう。

「……参ったな」

そう呟くカムラの脳裏には、ティラの笑顔が浮かんでいた。心がほっこりと温かくなる笑顔が……





つづく



 
   
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