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62 キルナ 〈日帰り可能〉
「それじゃ、次の町、マカルサを目指して出発ですね!」
ティラが元気よく叫び、数メートル先を闊歩していく。
年相応の様子ではしゃぐティラを見つめ、ゴーラドと苦笑してしまう。
しかし、まさか、本当にでっかい塩壺を持ってくるとはな。
まあ、でっかい塩壺はニコラにではなく、村長の元に届けたわけだが。
とはいえ、ニコラに渡したものも、そこそこでかい壺だった。
ただの娘にしか見えないのに、やらかすことがいちいちとんでもない。
タッソンに塩が不足していると知り、相場の半額で提供したのだ。
たぶん、一年ほどは持つのではないかと思う量で、村長はしばし開いた口が塞がらないようだった。まあ、正気に戻ってからは、感激と恐縮をしていたが。
『しっかり利益を得ていますので』と、ティラがベテラン商人並みの対応をしたことを思い出し、笑ってしまう。
その片鱗を、キルナは以前も垣間見たことがあった。
ボロい水車小屋で、ティラは取引相手に堂々とふるまっていた。
得体のしれない相手で、危険な毒団子でティラを害そうとしてきたが、彼女はそれをすんなり交わした。するとそいつは、分が悪いとばかりに逃げ去ったのだが……
あの者をあのまま逃がしたことは、今も気になっている。
ティラを知れば知るほど、あっさり見逃したというのが、どうにも解せぬのだ。
そのことを聞きたいが……
このことはゴーラドの知らぬことだし、この場で話題すれば、ゴーラドに説明しなければならなくなる。……面倒だな。聞くのは後にするか。
さて、これから向かうマカルサにはギルドもあるようだが、拠点にするのはもっと大きな町がいい。
ラッドルーア国の王都周辺には、王都に引けを取らぬ規模の町が二か所ほどあるらしいし、ここからだとかなり遠くなるが、サムリアン国との境に、大きな城塞都市バハロがある。
噂によれば魔法科学が発展しているとかで、一度行ってみたいと思っている。だが、そこに至るには巨大な魔境を避け、大きく迂回していくしかないのだ。魔境には、強い魔獣や魔物が存在し、魔法技まで仕掛けてくるらしい。
期待が膨らむが……そこを目指すためには、このふたりに頑張ってもらわないとな。
ゴーラドにはSランクを目指してほしいし……ティラも……。
うむ、こいつは、その気になればすぐにランクを上げられるだろう。
それと、残る問題はふたりの装備だ。ティラもそれなりの装備をさせて……あとはゴーラドも……
キルナは隣を歩くゴールドの防具をちらりと見る。
「ゴーラド」
「うん?」
「次の町で装備を買い替えろよ。槍もひどいもんだし……防具に至っては……」
呆れた顔を向けたら、ゴーラドが気まずそうに俯く。
「それが……買い替える金が……その、なくて……」
「はあ? トードルの卵で稼いだ金貨があるだろ? まさか、もう使い込んだのか?」
つい怒鳴ったら、ティラが振り返ってきた。
ふたりに見つめられ、ゴーラドは決まり悪そうに口ごもる。
そこでティラが、「ああ」と納得したような声を出した。
「お金、全部ニコラさんに渡しちゃったんですね。生活費に?」
「いや、さすがに全部じゃないぞ。一週間くらい生活するのに困らないくらいは残してある」
こいつ……
言う言葉を無くしていたら、突然ティラがゴーラドに抱き着いた。
かなり身長差があるので、ティラは下からゴーラドを見上げる。
「ゴーラドさん、立派です。尊敬しますぅ」
涙で瞳を潤ませて、ティラはゴーラドを褒め倒す。
「い、いや……俺は当然のことをしてたわけで……その」
顔を赤らめたゴーラドは、困ったように頭を掻く。だが、ティラはそれだけでは終わらなかった。顔を上げると、一転厳しい目を向ける。
「けど、そのぼろっちい装備はいただけませんよ。冒険者の装備は飯の種です。よし、次の町で稼いで稼いで稼ぎ倒しましょう!」
ふんふんと鼻息荒くし、握りこぶしを作ったティラは激しく気合を入れている。
そんなふたりを眺め、なんだか緩い気分に浸っていたキルナだったが……
「なあ、ひとつ話があるんだが」
「キルナさん、なんですか?」
「前に拠点にしていた町、ガラシア国のアラドルに一度戻ろうと思うんだ」
「ええーっ、そんなぁ。キルナさんとお別れなんて嫌ですよぉ」
「別れるなんて言っていないだろう。もちろんお前たちも一緒に行かないかと言っているんだ」
「なんだぁ。そういうことですか。わたしは構わないですよ」
「お前の両親、許してくれそうなのか?」
「それについては全然大丈夫です」
「家に帰れなくなってもいいということか?」
そう尋ねたら、ティラは気まずそうになった。
そして、「……夕方になったら、家に帰りますけど」と、もごもご言う。
「お前、これからも毎日帰宅するつもりか?」
「そういう約束なので……でも、どこでもついていけますから。ぜんぜんまったく問題ないので」
問題ないのか? 国境を越えて行くことになるのに、それでも日帰りが可能だと言うわけだ。
「なあ、ティラちゃん。どうしてそんなことができるんだ?」
キルナの疑問をゴーラドが言葉にしてくれたが、答えは聞かずともわかる。
「それはちょっと言えないんですけど……」
まあ、そうだろうな。
「そのうちには、日帰りしなくてよくなると思うので、それまでは……目を瞑ってもらえると」
ティラは必死な様子で両手を合わせ、頼み込んでくる。いじらしくてにやけてしまうというもの。
まあ、はっきり言って、家から通いの冒険者なんて物凄く変だがな。
しかも弁当持ちだ。
「お前が問題ないと言うなら、そうなんだろう。わかった。それではゴーラド、地図を出してくれ」
「おお」
ゴーラドが取り出した地図を開き、目的地を指さす。
「ここだ。ガラシア国、アラドルの町。ここからだとかなり遠いが、途中の町のギルドで依頼を受けつつ向かうとしよう」
「ゴーラドさんのすっからかんの懐に、装備を買うだけのお金を貯めこまないとですよねっ!」
力こぶを作り、ティラは気炎を上げる。
「ティラちゃん、容赦ねえなぁ」
情けない顔でゴーラドが呟くので、キルナは堪らず噴き出した。
◇ ◇ ◇
「実は、いい鍛冶屋を知ってるんだ。そこにお前たちを連れて行こうと思ってる」
キルナは、肉を頬張りながらふたりに告げる。
休憩するのに良さそうな場所を見つけ、昼飯を取っているところだ。
ティラは魔鼠の肉で料理を作ると言ったが、それは強硬に遠慮した。なので、自分で魔獣を狩りに行き、魔鹿を手に入れてきた。
野草に木の実にキノコなど、多種多様な食材を、ティラはたっぷりポーチに保存しているようで、魔鹿の肉を使い、今回も脱帽するほどの料理を作ってくれた。
彼女の料理の腕はマジで半端ない。魔鹿の解体など、キルナよりも数段巧いのだ。十五という歳を疑ってしまいそうになる。
そしていま、ティラは弁当までもうまそうに食べている。ゴーラドもよく食うが、ティラの食いっぷりの方がすさまじい。
いったいこの身体のどこに入っていくんだろうな?
「鍛冶屋かぁ、なんかいいですねぇ」
ティラは瞳をキラキラさせている。
「なにがいいんだ?」
「だって、鍛冶屋に立ち寄るって、冒険者って感じですよ」
「実際、冒険者だろう」
「そうなんですけど……鍛冶屋で防具や武器を揃えるってのが、かっこいいです」
頬を染めて興奮したように言うティラは、冒険者に憧れる非力な町娘にしか見えない。
しかし、このティラに武器や防具って……どんなものも似合いそうにない。
だが、真面目に考えねば。
ティラが持つとしたら、武器は何がいいだろうな?
「ティラ、お前、いまはどんな武器を持っているんだ?」
「武器ですか?」
「ああ。武器も持たずに、ゲラルを倒したわけではないだろう?」
魔道具の武器……魔力を動力にして攻撃するような武器を持っているではないかと思うのだが。
「そうですよねっ! 冒険者って言ったら武器ですよっっ!」
ティラときたら、キルナの話など聞いていない。瞳を輝かせた彼女の頭の中は、武器で埋め尽くされてしまったようだ。
「そうかぁ、わたしもおふたりみたいに武器を装備すればいいんだぁ」
「おいおい、ティラちゃん、いまさらだろ?」
ゴーラドが呆れて笑う。
「そうだなぁ、どんな武器がいいかなぁ? ゴーラドさんは槍で、キルナさんは長剣ですよね。なら、ふたりと違うのがいいから……そうだ、大剣とかいいかなぁ。あれって、背中に斜めに担ぐんですよね。むふっ。かっこいいかもぉ」
「「絶対無理だろ!」」
キルナとゴーラドは同時にツッコミを入れたのだった。
つづく
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