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63 キルナ〈ティラの実力〉
「これとかどうだ?」
ギルドの掲示板を指さし、キルナはゴーラドとティラに聞く。
ここはマカルサのギルドだ。
もう夕方になるところで、ゴーラドとキルナは、今夜はこの町に泊まることになる。マカルサに到着してすぐ、宿も押さえた。滞在している冒険者は少ないようだが、宿もそうはない。早めに取っておくに越したことはない。
ゴーラドの懐が寂しいので、数日はここでいくつか依頼を受けるつもりでいる。
「洞窟に生えるドラブ草の採取ですか、簡単そうですね。なのにかなり報酬がいいですよ」
ワクワク顔でティラは言うが……
「ティラ、Aランクの依頼だから、楽ではないと思うぞ」
「そうだな。洞窟ってのは厄介な魔物やら魔獣が多いからな。ティラちゃんは、爬虫類とか大丈夫なのか?」
「好きではありませんけど、大丈夫です」
平気そうに言うが、実際に蜥蜴類の魔物を目の当りにしたらどうだろうな?
悲鳴を上げて逃げ出さないことを祈ろう。
「ゴーラド、受付で詳細を聞いてきてくれるか」
「おう、行ってくる」
ゴーラドはさっそく受付に向かう。いまはゴーラドがリーダーだ。
リーダーなんて面倒そうだし、キルナはこのまま、なし崩しにゴーラドにリーダーを押し付けるつもりでいる。
さて、ようやくティラとふたりになったな。
キルナはティラを促してギルド内にある休憩場所に移動した。広くはないので、ここからなら受付をしているゴーラドも見える。
「なあ、ティラ」
腰かけてすぐ、キルナは話を切り出すことにする。
「なんですか?」
「水車小屋の怪しすぎた人物のことだが……どうして見逃したんだ?」
「いまさらですねぇ」
ティラは笑って言う。
「お前の実力を知った今だからだ。お前はあの時、あの者を追わなくてもいいと言ったが、私はそれに従ったというわけではなく、あの場にお前ひとり置いて行くのは危険だと判断したからだ」
「ふむふむ」
納得を見せてティラは頷く。
「それで、どうして見逃した?……お前あの時……なにやらふざけた魔法を施したとか言ったな?」
「よく覚えてますねぇ」
感心しているというより呆れたように言う。
「正義で悪は滅ぶとか……うろ覚えだが」
「そんなこと言いましたっけ? けど、冗談ですよ」
「そうか? だが、何かやったのだろう? 魔法ではないにしても」
言おうかどうしようか迷っているようだったが……
「印をつけたんです」と小声で言う。
「印?」
「居場所が分かるようにです。それと、父に報告したので、すでに捕まり、一味もろとも今は罪の償い中だと思います」
なぜかティラは十字を切り、祈る様子を見せる。
「何を祈っているんだ?」
「罪人に幸あれと」
「おかしな奴だな。お前を殺そうとした奴だぞ」
「真っ黒けの魂を浄化されてるので、本当の意味で報いを受けてますよ」
「どういうことだ?」
「言葉のまんまですよ。ところでキルナさん、わたしそろそろ家に帰りますね」
「ああ、もう時間か……気を付けて帰れよ」
浄化だとかよくわからないことを言って、けむに巻かれた感はあるが、あの者はティラの父が捕まえたらしい。
印というものをどうやってつけたのかについても謎だが、そういう秘儀らしきものは公にできないものだ。これ以上突っ込んで聞くのはマナーに反する。
「そうだ。よかったら明日の朝ご飯、用意しましょうか?」
朝飯か?
「冒険者専用の調理場付きの休憩所、ここにもありましたし、そこを使わせてもらって」
確かに、その施設はこのギルドの隣にある。
「お前に甘えてばかりだが、いいのか? 私とゴーラドは食堂で食べてもいいんだぞ」
「でもお金かかるじゃないですか。ゴーラドさん金欠みたいだし、わたしにお任せください!」
トンと胸を叩いてみせる。
「それで、時間は何時くらいでいいですか?」
やる気満々のようだ。
「そうだな。明日は、依頼を複数受けたいし、少し早いが七時でどうだ?」
「了解です。美味しくて新鮮なお肉、調達してきますよ。魔鳥と魔獣の肉、どっちがいいですか?」
「そうだな。できれば魔鳥にしてもらえるか?」
「はーい。それじゃ、ゴーラドさんによろしくですぅ」
ティラは手を振り、ギルドから飛び出ていった。
◇
「あれ、ティラちゃんはどこだ?」
キルナ一人でいるのを見て、ゴーラドは戸惑ったようだ。
「夕暮れだからな。あいつは家に帰ったぞ」
「ああ、そうか。……ほんとに毎日帰るんだよな」
苦笑してゴーラドが言う。
「面白いやつだよな。ティラは謎の塊だ」
「確かにな」
ゴーラドはため息とともに頷く。
「それで、依頼の内容は、どうだったんだ」
「ああ、それが……かなり大変な仕事になりそうなんだが、その前に話がある」
「話?」
「ティラちゃんだ。あの子はまだFランク+5だろ。このAランクの依頼に同行するためには、Dランクマスター以上でないとならないそうだ」
「そうか」
キルナはパーティーを組んだことがないので、そのようなこととは知らなかった。
「ティラちゃんのランクを手っ取り早く上げるには、ソロの依頼を効率的に受けるのが一番だ。明日は、ティラちゃんには手頃な依頼をこなしてもらっている間に、俺らふたりはこの依頼を受けるってことでいいよな、キルナさん?」
「ティラは、ドラブ草の採取に一緒に行く気満々だったぞ」
「だから危険すぎるんだって。ドラブ草は猛毒で採取が難しいうえに、洞窟には厄介な魔物も住み着いてるらしいんだ」
「厄介な魔物?」
「ああ、魔蜥蜴が大小何種類か……どいつも猛毒を持っているから、噛まれたら生死にかかわる。毒を吐く魔大蜥蜴もいるってことだ。さすがにAランクの依頼だよな」
毒は確かに厄介だな。
「毒を浄化する薬はそれなりに持ってはいるが、話を聞くに高品質のものを補充しておいた方がよさそうだな」
宿に行く前に薬剤などを扱ってい店に寄るとしよう。
「それと、この依頼を受けるなら、ついでに魔蜥蜴狩りも一緒に受けたらどうかと言われた」
ゴーラドは別の依頼の紙を見せてくる。
「ふーむ、いいな。これなら報酬が三倍になる」
どのみち襲ってくる魔蜥蜴は退治することになるのだ。討伐した魔蜥蜴は買い取ってもらえるし、当然討伐料もプラスされる。
「そんなわけだから、ティラちゃんには自分に見合った依頼をこなしてもらっといて……」
「ゴーラド、お前、忘れてないか? ティラは普通の娘じゃないぞ。あのゲラルとかいう巨大な魔獣を一人で狩れるだけの力があるんだぞ」
「けど、それは魔道具を使ってってことだろう?」
「まあ、そうだろうな」
いまだにティラの攻撃方法はわからないのだ。昨日のダンジョン内でも、ティラが戦いに加わることはなかった。おとなしく着いてきていただけ。
強烈な攻撃魔法を食らわしてきた妖魔を取り押さえた瞬間も、その場にいながらキルナは見損なった。妖魔を羽交い絞めしていたが、ティラによれば妖魔は魔法特化で体力面は弱っちいらしい。
「つまり、強いのは魔道具であって、ティラちゃん本人が強いわけじゃないってことだろ?」
確かに、その意見には反論できないか……
「まあ、パーティーのリーダーはお前だ。お前がそう思うなら、ティラにそう命じればいい」
できるならな。と、心の中で付け加える。
「素直に聞くとは思えないんだが……」
分かっているじゃないか。
「ゴーラド、夕飯を食いに行こう。今夜は私が奢ってやるぞ」
「いいのか?」
「ああ。明日の朝はティラが用意してくれるそうだ」
「なんか悪いな」
ゴーラドは、きまり悪そうに長い前髪をかき上げる。
「私も気にせずティラにご馳走になるんだ、お前も気にするな」
ギルドを出たふたりは、毒消しの薬を補充してから、こじんまりした食堂を見つけて中に入った。
つづく
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