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◇64 ティラ 〈魔蜥蜴の洞窟〉
翌日、朝日が差し込む前に、ティラは元気いっぱいで起きた。
朝食はキルナやゴーラドと食べると言っておいたのだが、母にすでに起きていて見送りがてらお弁当も手渡してくれた。
「ありがとう。それじゃ、行ってきまーす」
手を振って家を飛び出す。
昨日キルナに約束した魔鳥を大小数種類狩り、魔力を使って手早く血抜きをした。
一番大きな魔鳥にはそこそこの魔核石も入っていて、ほくほくだ。
食料の調達を終えたら、一気にマカルサに飛ぶ。
町中はそれなりに人が歩いていたが、冒険者の調理場には誰もいなかった。
「冒険者の人たち、朝ご飯を作って食べたりしないのかな?」
せっかく設備があるのにもったいないなんて考えつつ、ポーチから取り出した野菜を刻み、具沢山のスープを作る。
キルナのリクエストである魔鳥は、まずはあっさりと塩焼き。この辺りにはない岩塩で味付けする。これがコクがあってうまいんだよねぇ。
ほかの魔鳥も細切れにして野菜と炒める。さらに、香草をまぶして味付けしておいた肉も焼くことにする。少し硬めの長パンを薄めにスライス。こいつに肉汁たっぷりのお肉を載せても旨いんだよねぇ。
「ティラちゃん、早いな」
湯気の立つ料理を皿に盛っていたティラは、ゴーラドに声をかけられて顔を上げた。キルナも一緒だ。
「おふたりとも、おはようございます」
「おはよう。旨そうだな」
キルナはさっそく腰かける。そんなキルナにすかさずスプーンを手渡す。
「さあさあ、食べてください。今日は依頼をたくさん受けるんだから、栄養いっぱい取ってもらおうと思って、腕を振るいました」
キルナの隣に腰かけたゴーラドにもスプーンを渡し、ティラもテーブルに着く。
よーし、食べるぞぉ!
お腹が早く食べ物をよこせと催促してるよ。
「いただきまーす」
バクバク食べ始める。すると、キルナがティラを見て、意味深な笑みを浮かべた。
なんだろ?
問い返そうと思ったけど、キルナはすぐに食事を始めてしまう。
まあ、いいか。
だが、その意味深な笑みの理由は、食後に分かった。
「はい? わたしだけ別で依頼を受けるって、どういうことですか?」
「Fランク+5では、この依頼のメンバー登録はできないんだ」
「そうなんですか?」
腕を組んだキルナは、愉快そうにこのやりとりを見ている。わたしがどんな反応をするのか、面白がっているみたいだ。
「ランクいくつなら登録できるんですか?」
「Dランクマスターだそうだ」
キルナが教えてくれる。
「Dランクマスター」
そっか。いまのわたじゃ、まったく足りてないね。
「そんなわけだから、ティラちゃんはレベル上げのためにギルドで手頃な依頼を受けておいてくれるか?」
「うーん」
それでもいいけど……毒草の採取に毒を持つ魔獣を相手にするとなると、キルナさんはいいとしても、ちょっとゴーラドさんが心配かも。
Aランクなんだから大丈夫なのかもしれないけど……わたしが一緒の方が絶対安全だと思う。
「それって、メンバー登録しないで着いて行く分には構わないんじゃないですか?」
そう言ったら、ゴーラドは「ダメだ、ダメだ!」と強硬にダメ出ししてきた。
「猛毒を持った魔蜥蜴が住み着いてるんだぞ。ドラブ草自体も猛毒なんだ」
わたしを心配するからこそなんだろうけど……
「ドラブ草は知ってますよ。それに魔蜥蜴だって」
「いやいや、猛毒を持つ魔蜥蜴なんて怖いだろう? 噛まれたら即死してしまうかもしれないんだぞ」
噛まれるようなドジは踏まないし、万が一噛まれても即死などしない。と言っても、信じてもらえないんだろうなぁ?
「大丈夫ですよ。毒なんてどうってことないですから」
ダメもとで言ってみたら、「軽く考えすぎだ」と叱られた。
困ったね。
ティラはゴーラドと目を合わせ、じーっと見つめる。
「わかってくれるな?」
頼み込むようにゴーラドが言うので、ティラは素直に頷いた。
すると、キルナが驚いたように見てくる。
わたしが素直に言うことを聞くとは思わなかったんだろうね。もちろん、それは正しい。
「それじゃ、魔蜥蜴退治はおふたりにお願いします。わたし、ドラブ草の採取を引き受けますよ。採取は得意なんです」
「いや、だが」
「慣れてますって。お任せください」
胸を張って言い切る。
ゴーラドはまだ何か言いたそうにしていたが、ここでキルナが間に入ってくれた。
「ふたりで守ってやろうじゃないか。新人の冒険者は、進んで経験を積まねば成長できないぞ」
「まあ、それはそうだが……」
ゴーラドは不安が拭えないようだったが、最後には了承してくれた。
「ただ、メンバー登録していないと、どれだけ活躍したとしても、ランクは上がらないんだぞ」
「今回は別にいいですよ。いまの最大のミッションは、ゴーラドさんの軽い懐を重くするために、がっぽがっぽ稼ぎまくりますよぉ」
右腕を突き上げて叫んだら、ゴーラドはひきつった笑みを浮かべたのだった。
◇
「ここか?」
「ああ、間違いないようだな」
キルナに返事をしたゴーラドが地図を確認し、目の前に口を開けている洞窟を眺める。
その彼の少し後ろに立ち、ティラも周りをゆっくり眺めた。
いよいよ洞窟探検の始まりだ。もう、ワクワクする。
ここまで獣道を辿り、そして藪を切り払い到着したわけだが、町からそんなに離れているわけではなかった。
この辺りの森に生息している魔獣も小物ばかりだった。
先頭をゴーラド、ティラの後ろにはキルナ。ふたりの間に挟まれたティラはただ歩いていただけだ。魔獣が襲ってきてもふたりが退治してしまうので、ティラとしてはちょっと物足りなかった。
洞窟の中では、ドラブ草の採取がティラの役目だ。
よし、いっぱい採取してふたりに褒めてもらおう。
依頼の量を超えるほど採取できたら、自分たちの物にできる。それを売ればゴーラドさんの寂しい懐もあったかくなるというもの。
「それじゃ、早速行くか」
ゴーラドが声をかけてきて、ティラは「おおーっ!」と威勢よく叫んだ。
「ティラちゃん、ちゃんと俺らの間にいるんだぞ。離れたりするなよ、危険だからな」
「わかっておりますっ、リーダー!」
従順に返事をし、ふたりの間に立つ。そして洞窟探検は始まった。
「じめじめですね」
洞窟の天井から水がしたたっているので、地面はかなりぬかるんでいる。石も転がっているし、苔がびっしり生えているところもあって足を取られそうになる。
そしてさほど進まないうちに、魔蜥蜴は現れた。気配を窺うと、かなりの数、生息しているようだ。
キー、キー、と妙な奇声を上げ、細長く真っ赤な舌を出してこちらを威嚇してくる。
ふむふむ、よくいるやつだね。
「けっこうでかいな」
キルナさんの呟きが背後から聞こえる。
「ふたりとも気をつけろ」
緊張をはらんだゴーラドの声に、なんだかティラまで緊張を感じてきた。うん、ワクワク緊張ってやつかな。
普通の魔蜥蜴といえど、冒険者パーティーの一員として対峙すると、不思議と新鮮だ。
魔蜥蜴が飛びかかってきて、ゴーラドが見事な槍さばきで串刺しにした。
そのまま槍を大きく振り、魔蜥蜴は地面にドオッと音を立てて落ちる。
「素晴らしいです」
思わず拍手してしまう。
強い。さすがAランクだ。
よけいな心配しちゃったみたいで、なんか申し訳なかったな。と反省する。
ワクワクがさらに膨れ上がったところで、魔蜥蜴が続々と襲い掛かってきた。
それらもゴーラドとキルナのふたりであっさりと片付けていく。
「多いな。どれだけいるんだか……」
独り言のように口にするキルナだが、湧くように出てくる魔蜥蜴をどんどん退治していく。それにゴーラドも続く。
剣と槍を振るので忙しいふたりを尻目に、ティラは魔蜥蜴の死骸を用意しておいた袋に収納していった。
これぞ、パーティーってやつだよね。仕事を分担して依頼をこなす。なんとも最高だぁ。
魔蜥蜴をほぼ退治し終えたらしく、少し息切れしたゴーラドが戻ってきた。キルナは右奥の方で残党を確認しているようだ。
「ご苦労様でした」
「へっ? お、おいティラちゃん、魔蜥蜴をひとりで全部回収したのか?」
「おふたりが倒してわたしが回収、見事な連携ってやつですよね?」
「大変だったろ、ご苦労さん」
ゴーラドはねぎらいを込め、大きな手でティラの頭を撫でてくれる。そこにキルナも戻ってきた。
だがそこで、ティラは洞窟の左奥の暗闇に浮かぶ、異様なふたつの光に気づいた。
「あの、おふたりさん、あそこで赤い目が光ってますよ。気配の重さからいって、ここのボスじゃないですか?」
指をさして報告したら、キルナとゴーラドが物凄い勢いでそちらに顔を向けた。
巨大な魔蜥蜴が闇から不気味に姿を現す。赤と緑と黄色のまだら模様をしている。
小型の魔蜥蜴はそれなりにかわいらしさがあるが、こいつはまったくかわいくなかった
つづく
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