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65キルナ 〈虚偽の報告〉
洞窟の中、魔蜥蜴のボスと思える魔物の登場に、キルナのテンションが上がる。
腕試しにもならない奴らばかりだったが、ようやくだな。
「あまり切り刻まないようにしなけりゃな。傷のない大きな皮ほど高く売れる」
「こいつの皮、役に立つのか?」
背後からゴーラドが尋ねてくる。その無知さ加減にちょっと呆れる。
「知らないのか? 魔蜥蜴の皮は、なめせば防具の良質な材料になるんだぞ」
キルナは剣を構え、ゆっくりと右回りに剣を回す。
首に狙いを定め、切りつけようとした瞬間、魔蜥蜴が飛びかかってきた。ぐわっと大きく口を開けるのを見て、さすがのキルナも焦った。
こいつ、毒を吐くつもりだ!
「ふたりとも交わせっっ!!」
キルナの切羽詰まった叫びと、黒紫色の毒が大量に放出されたのは同時だった。
「うわっ!」
ゴーラドが驚きの声を上げた。彼はティラを守ろうとしてくれたようだが間に合わない。
キルナ自身はなんとか避けたが、ティラとゴーラドは毒の飛沫をまともに浴びてしまった。
くそっ!
間を置かずゴーラドが苦悶の叫びを上げ、頽れるように地面に倒れる。
すぐさまふたりの元に駆け付けたいが、こいつを倒さねばそれもできない。
キルナは焦りの中で剣を振り上げ、巨大な魔蜥蜴に向かって大きく跳躍する。切断された大きな頭が落下すると、遅れて胴体が地響きを立てて倒れた。
あまりにあっけなく討伐できたことに、悔いが突き上げてくる。
私がたいした相手でもないと油断したばかりに……
「ティラ、ゴーラド!」
毒の浄化薬を片手で探りつつ、ふたりのもとに駆け付ける。
地面に横になっているゴーラドの頭を膝に乗せ、ティラが介抱していた。
皮膚についた毒を、やさしくふき取ってやっている。
「ティラ、お前は大丈夫なのか?」
「わたしは大丈夫です。ゴーラドさんが庇ってくれたので。ゴーラドさんもすぐに落ち着くと思います」
「毒浄化の薬を飲ませたのか?」
「はい。ほら、顔色良くなってきましたよ」
ゴーラドが無事とわかりホッとしたが、ティラの顔に視線を向けたキルナはぎょっとした。
「ティラ、お前、顔に毒がついているぞ!」
これは猛毒だ、そのままにしていたんでは、皮膚がただれてしまう。
なのになぜ、こいつは平然としてるんだ?
慌てて拭いてやろうとしたら、ティラがさっと避けた。
「素手で触っちゃダメですよ。キルナさんが毒にやられちゃいます」
「い、いや、だから拭いてやろうと」
「自分で拭きますから。それしてもキルナさん凄かったです。あのでっかい魔蜥蜴の首も、一刀両断でしたね」
「ティラ、そんなことを言っている場合か!」
「大丈夫ですよ。わたし毒にはすごく耐性があるので。まあ、ちょっとべたついて気持ち悪いですけど」
そう言うと、ティラはゴーラドの毒を拭いてやっていた布で、自分の顔を拭く。
毒がふき取られた後は、綺麗な皮膚のままだ。毒にやられてただれてなどいなかった。
毒に耐性があるというのは事実らしい。この猛毒すら平気だとは……信じられない。
「……う」
意識が戻ったようで、ゴーラドが薄く目を開けた。だが、まだぼんやりしているようだ。
「ゴーラドさん、大丈夫ですか?」
「ティラちゃん、大丈夫だったか? キルナさんは?」
「安心しろ。ふたりとも大丈夫だ。それとボスも退治したぞ。それよりすまない。私がもっと注意していれば……」
「いや、キルナさんが悪いわけじゃない」
ゴーラドはゆっくり頭を起こして起き上がった。もう大丈夫そうで、ほっとする。
「ゴーラドさん、庇ってくださってありがとうございました」
急に改まった様子でティラが頭を下げて礼を言う。
「当然のことをしたまでだ。ティラちゃんは毒をかぶらないですんだのか?」
その質問に、ティラはほんの一瞬キルナに視線を向けてから、「はい。かぶらずにすみました」とキルナにはあからさまな虚偽の報告をする。
ゴーラドが心底ほっとした顔をし、「よかった」と嬉しそうにしているので、それは嘘だとは言えない。
「それじゃ、あのボスも回収してきますね」
ティラは立ち上がって駆けていく。そして魔蜥蜴のボスの側にしゃがみ込んだと思ったら、その巨体がふっと消える。
魔道具の袋に回収したようで、すぐに戻ってきた。
「それじゃ、ドラブ草の採取を始めますね。魔蜥蜴のボスが出てきたあっちの方にいっぱい生えてるみたいですから。おふたりもしっかり手袋して毒に気を付けて採取してくださいね」
てきぱきと指示し、作業を始めたティラの手際の良さに、苦笑してしまう。
ボスがやられたので、残っていた小物の魔蜥蜴も逃げてしまったらしく、辺りに魔獣の気配はなかった。おかげでドラブ草の採取は簡単だった。
三人で手分けしてドラブ草を採取し、集めたものを十本ずつ紐でまとめて束にし、袋に入れていく。
「この手袋、凄いな」
猛毒のドラブ草を束にしながらゴーラドが手袋を褒める。ティラが採取用にと手渡してくれたのだ。
もちろんキルナも採取用の手袋を用意していたのだが、ティラのものの方が間違いなく質がよさそうだ。
「もう百束は作れたし、そろそろいいんじゃないか? 依頼の数は十束だったんだし」
キルナの言葉で、作業終了となった。
ドラブ草を入れた袋はゴーラドに預ける。
「九十束のほうも買い取ってもらえたら、懐ほかほか、ウハウハですね。リーダー」
ティラがテンションを上げて言うが、ゴーラドは苦笑する。
「全部買い取ってくれるかはわからないがな。こいつを欲しい奴がいなけりゃ、金にはならないからな」
「ああ、そうかぁ」
「それにしても、これの依頼者は、どういう目的でこいつが欲しいんだろうな?」
キルナは疑問を口にする。
おかしなことに使われないといいがという不安が湧くが、ギルドが正式に受けた依頼であるなら、そんな心配は無用なのかもしれない。
「食べるんじゃないですか? これ、案外イケますから」
「「は?」」
キルナとゴーラドは、ともにティラに向く。
ふたりの顔を見たティラは、しまったという顔になる。
「じょ、冗談ですよぉ」
そう言って誤魔化すが、いまの発言、どう見ても本気だったな……
だがゴーラドは、「なんだ、本気にしちまったぜ」と誤魔化しを真に受けている。しあわせなやつだ。
しかし、毒草がイケるとは……いや、深く考えるのはやめておこう。
つづく
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