冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇66 ティラ 〈大漁です〉


あー、色々と失敗したなぁ。

洞窟での依頼を終え、いまは近くの川に向かっているところだ。

ティラとキルナにはたいして毒はついていないが、ゴーラドの防具や衣類には結構な毒の染みがついてしまっている。
毒浄化薬で中和してあるのでいまは無害だが、見た目が汚すぎるということで、川で洗い落そうということになったのだ。

川の近くまで来て、ゴーラドがキルナとティラに「先に浴びるといい」と促してくれるが、「ゴーラドさんこそ先にどうぞ」と勧めた。

「いや、俺はあとでいい」

頑固な感じでどうしても譲らなそうなので、ティラは仕方なく鼻を摘まんだ。

「ゴーラドさんが一番毒を浴びてますから、きっつい匂いもしてますし、早く落とした方がいいですよ」

それは事実だった。毒だけの匂いにあらず、なんとも強烈に饐えた匂いがする。

ショックを受けた様子のゴーラドは、キルナに視線を向け、大きく頷かれてしまい、さらにショックを受けたようだった。

「行ってくる」

素直に川に向かってくれたが、落ち込みようが尋常ではない。

「あんなにはっきり言っちゃ、ダメでしたかね?」

「大丈夫だろう。ここで昼飯を食うなら準備するか」

「そうですね」

キルナはまったく気にしていないようだ。さばさばしたキルナにティラは笑ってしまう。

ともかく、ちょうどお昼の頃合いだし、川で水を浴びる前にある程度用意をしておけばすぐに食べられる。

周囲の草をキルナが払ってくれ、ティラはテーブルと椅子を出した。こういう時に便利だと思って、用意しておいたのだ。

テーブルと椅子をセッティングしていたら、視線を感じた。顔を向けたら、キルナが真顔でテーブルと椅子を見つめている。

「悪くないですよね?」

「ああ、もちろん悪くないな。こういうものを用意しようという考えを持たなかった自分に呆れてしまっている」

キルナはそう言うと、さっそく椅子に腰かけた。簡易なものでなく、そこそこの大きさのやつだ。クッションもついていて、座り心地は悪くないはず。

「どうですか?」と聞いたら、「悪くない」と満足そうに言ってくれる。

さらに簡易コンロやまな板などをセットしておく。

そうだ。川で魔魚を捕まえよう。それでお昼にしたらいいよね。
この辺りはどんな魚がいるかな?

昼のメニューの算段をしていたら、ゴーラドが戻って来た。

かなり急いだのか、思っていたよりも早い。

衣服は着替えているが防具はそれ一つしかないようで、同じものだ。
皮の防具は湿ったままだから服の方に水が染みてしまってる。

「服が湿ってますよ」

ゴーラドは使い古したようなタオルで濡れた髪を拭きながら、「そのうち乾くさ」なんて言う。
こういう事態に慣れてでもいるのか、まったく気にしていないようだ。

「それより、椅子にテーブル……ティラちゃんなのか?」

「そうですよ。ゴーラドさんも座って休んでてください」

そう声をかけつつも、色々と考えてしまう。

ゴーラドさんは防具の替えも必要だねぇ。父さんに頼めばゴーラドさんに合いそうな防具を用意してくれるかもしれないけど……

素直にもらってくれたらいいけど、このゴーラドさんの性格からすると遠慮しそうだよね。無理やり渡したりしたら、そのあとぎくしゃくしそうだし。

魔蜥蜴の毒から庇ってくれたお礼ってことなら、どうだろうねぇ?

しっかし、あの時は一瞬頭が真っ白になったよ。

毒が飛んでくる直前、ティラは結界を発動させようとしていたのだ。だがゴーラドが自分の前に飛び出てきてハッとし、結果、結界を間に合わせられなかった。

けど、あの結界の中にキルナを入れられたとは思えない。結界に弾かれた毒の飛沫がキルナに飛んでしまった可能性はとても高い。

どちらにしろ、最善は望めなかった。

わたしもまだまだ未熟だなあ。と、実は本気で落ち込んでいる。

咄嗟の判断を必要な場で正しくできなければ、仲間を危うくするってことだ。精進あるのみだね。

「ゴーラドさん、これでも飲んで待っててください」

ティラは用意した飲み物の入ったコップをゴーラドに差し出した。

「ありがとう。おっ、熱っちいな。水を浴びて身体が冷えてたから助かる」

喜んで受け取ったゴーラドはコップに口をつけようとして目を丸くする。

「こ、これって……アルコールが入ってるよな?」

「少しですけどね。身体が温まりますから」

「ティラ、お前、酒まで持ってるのか?」

キルナが食い気味に割り込んできた。

「持ってますよ」

「お前、酒を飲むのか?」

「飲みませんよ。お料理に使うんですよ」

「私にも飲ませてくれ」

「了解です」

了承したら、キルナは「急いで浴びてくるぞ」とティラの腕を引っ張り、川の方へと向かう。ティラは苦笑してキルナに着いて行った。


川は、幅十メートルはあり、川の中央は流れも速い。

洞窟の中は毒だらけのようなものだったから、身体に毒が染み込んでしまったような不快感がある。ティラはさっそく水の中に飛び込んだ。

キルナの方も手早く外した防具を手に、川の中に入ってきた。

「冷たいが気持ちいいな」

頭まで潜り、髪を濯いでいる。

「キルナさんの髪、綺麗ですね」

首筋くらいの長さの髪は、漆黒で艶がある。瞳も漆黒だし、闇の魔力が特に秀でているんじゃないかと思う。

「そうか? お前の髪の方が綺麗だと思うが」

「わたしは普通ですよ。特別感のない色だし」

「お前の言う、特別感のある髪の色というのはどんななんだ?」

「うーん。……赤とか青。ああ、緑色も特別感ありますね。もちろんキルナさんの黒も」

そう答えつつ、ティラは勢いよく水に潜った。

おおっ、いるいる。
色んな種類の魔魚たちが流れに逆らって泳いでいる。大きな奴だと体長五十センチはありそうだ。
こいつらを使った料理が頭にいくつも浮かび、水の中ながら涎が湧いてくる。

お腹空いてきちゃったな。

さーて、どうやって捕獲しようかな? やっぱ、網か。

ポーチから棒のついたデカいたも網を取り出す。普通に掬おうとしては逃げられるので、魔力で身体強化を発動させる。

水の中で「むっふっふっふ」と不敵に笑っていたら、ぐいっと後ろに引っ張られ、水から引き上げられていた。

「ティラ、おぼれたかと思ったぞ!」

「溺れてませんよ。魚を獲ろうとしてたんです」

そう言って、右手に掴んでいるたも網を見せる。

「飛び込んだままいつまで経っても浮き上がって来なかったら、心配するだろ」

きつく小言を食らう。

「ごめんなさい」

心配してのお叱りに、ティラは肩を小さくして謝る。

「なんともないんだな?」

「はい、もちろんです。それじゃ、もう一度行ってきますね」

言うが早いか、水の中に再度飛び込む。

だが、さっきの騒ぎに驚いたのか、大量にいた魚の姿は消えていた。
よし。川上だな。

もう一度身体強化をかけ、川の流れに逆らって進んでいくと……

いたいたいました。

たも網をマッハのスピードで繰り出し、大量ゲットだぁ。

網から零れ落ちるほどの大漁に、気をよくして水面に浮きあがる。

「キルナさーん。見て見て、大漁ですよぉ」

だが、水を浴びているキルナから、かなり離れてしまっていた。声は届いたようで、手を振ってくれた。

魚をポーチに放り込み、もう一度潜ろうかと思案していたら、少し離れた場所に、なにやら大きな影があるのに気づいた。

なんだろ? 魚っぽいけど……

水面の揺れではっきりと見えないので水の中にずっぽり入り、確認してみる。

「おおおっ!」

水の中で大声で叫んだら、ブクブクブクと大きなあぶくが出た。

巨大魚の魔雷魚ではないかっ!

普通のやつはもっと細長いのに、こいつはでっぷりと肥えている。

ただし、こいつは雷魚と言うだけあって、大量に帯電している。刺激を与えたら強烈な電撃を食らわしてくるだろう。
そうなると……この辺りにいる魔魚は感電して気絶するね。
そこを一網打尽にすれば、さらに超大量ゲット!

ティラは水面から顔を出し、キルナの方を窺った。もう水から上がっていて、こちらを見ている。

ここで大声出して魔雷魚が逃げては困るので、いったんキルナのところまで駆け戻った。

「キルナさん、危険なので水に入らないでくださいね」

「お前、何をするつもりだ?」

「大物ゲットです。浮いてきた魚は集めてくださーい」

そう頼んで、魔雷魚のところまで駆け戻る。

逃げていないかと気を揉んだが、ちゃんといてくれた。狙われているとも知らず、悠々と泳いでいる。

ティラは先ほどと同じ要領でたも網漁を試みた。

魔雷魚はでっかいたも網にからめとられ、ぎょっとしたらしく電撃を発する。

ビビビビビビビビ……と、強い刺激を皮膚に感じるが……

ふっふっふ。申し訳ないけど、わたしに電撃は効きませーん。

生け捕りにした自分の身長ほどもある魔雷魚をたも網に入れたまま、ティラはキルナのところに凱旋した。

「どうです、魔雷魚ですよ! こいつでっぷり肥えててうまそうでしょう?」

「あ……ああ」

呆れた目を向けられた。それでもお願いしたとおり、電撃で水面に浮いてきた魚たちは捕獲してくれたらしい。

「お前、魔雷魚の電撃を食らったんじゃないのか? なんともないのか?」

「はい。それより大漁ですよ。新鮮だから生でいただいても美味しいですよ」

さて、どんな料理にしようかとウキウキ考えつつ、ティラはゴーラドのところに戻る。

そんなティラについてくるキルナが、ビチビチと激しく跳ねつついまだ軽く放電し続けている魔雷魚を見て、笑いを必死に堪えていることに、ティラは気づいていなかった。





つづく



 
   
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