冒険者ですが日帰りではっちゃけます



67ゴーラド 〈最優先に頭を掻く〉


ティラの渡してくれた飲み物を飲み終えたゴーラドは、槍の手入れをしていた。
小まめにメンテナンスしないと、切れ味がすぐに悪くなる。

かなり使い込んだので、そろそろ買い替えないとダメかもしれない。戦闘中に折れでもしたら、ふたりに迷惑をかけてしまう。

うん、まずは防具より武器だな。
ふたりは防具を買い替えろと言っていたが……

そこそこいい武器を手に入れたいので、かなり頑張って稼がねばと気持ちを新たにする。

それにしても、俺って、危うく死にかけたんだよな?
あの猛毒をあれほど食らって、今ピンピンしている事実が信じられない。

キルナさんが毒浄化薬を素早く飲ませてくれたんだろう。本当に助かったぜ。
それに、ティラちゃんにも介抱してもらって……こうして元気にしていられるのはふたりのおかけだ。

それにしてもなぁ。
キルナさんやティラちゃんと出会ってから、妖魔だとか精霊だとか……それまでお伽話レベルだったものが現実になっちまって……

まさか、この俺が精霊様とお目にかかることになるとは。ふたりと出会わなければ、一生目にすることのない存在だったろうな。

それに妖魔も……
こっちは会わずにすめばその方がありがたかったか……と、苦笑いしてしまう。

だが、妖魔と戦ったのはティラとキルナで、俺は何もしていない。仮死状態だという妖魔を見せてもらっただけだ。この先、俺も遭遇することがあるんだろうか?

「嫌だな」

ついぼそりと言ってしまい、ゴーラドは気まずくなって顔をしかめた。

俺ときたら情けねぇ。

あのティラちゃんが、魔道具を使ってにしろ、ガチに戦ったってのに……

ティラのことは、どう考えればいいのかわからないでいる。剣や弓などの武器で戦っている姿でも見れば、実力のほどがはっきりするのだろうけど、そういう場面は見られていない。

もしかすると、攻撃魔法とか使えるんだろうか?

色々想像してみるも、はっきりとした答えなどではしない。ゴーラドはティラについて考えるのをやめた。

それよか、まさかタッソンの村が、ダンジョンを抱えていたとはな。それに兄貴が加わっていたことに、滅茶苦茶驚かされた。

カムラからダンジョンについて話を聞きたかったが、誰にも知られてはいけないことなので、思うように聞けなかった。
それでも村のトイレ事情が最先端化されているのは、このダンジョンの恩恵らしいことは察することができた。

「お待たせしましたぁ」

ティラが戻ってきたようだ。だが、何やらでっかい荷物を抱えている。しかも、ビチビチ跳ねている。

眉を寄せて立ち上がり、駆け寄ってきたティラの抱えているものを見て、唖然とする。

「なんだそりゃ?」

「魔雷魚ですよ。しかもでっぷり太ってるんです。こいつを昼食にしますから、コーラドさん期待しててください」

魔雷魚なんてもの、初めて見た。

「こんな大物、どうやって捕まえたんだ?」

「その網で掬ったようだぞ」

キルナが愉快そうに言う。

「掬った? こいつをその網で掬ったってのか?」

設置していたまな板の上に魔雷魚をドンと音を立てて置いたティラは、すでに捌くことに集中して答えない。

キルナに目を向けると、にやにや笑うばかりだ。

「キルナさん、ティラちゃんは、本当にその網でこいつを掬って捕らえたのか?」

「さすがに捕り物の現場は見られていないが、ティラが水から上がってきたらその網の中だったな」

ティラは包丁でさくさくと魔雷魚の身を切り分け、フライパンで焼き始めた。すぐにいい香りが立ち込める。

なんかもう、ティラちゃんに関しては、疑問ばかりが膨れ上がるな。

それにしても、ティラは着替えたはずなのに同じ服を着ている。

「ティラちゃん、服を着替えたんだよな?」

「着替えてないです。この服は母の特別製で、濡れない素材なんです」

野菜を刻みながらティラが答える。

濡れない素材?

「ティラはその服のまま川に飛び込んで泳ぎ回ったんだぞ」

「服を着たまま泳いだのか?」

「気持ちよかったですよ。魔魚もいっぱいいたのでまとめて収穫しときました。しばらくはお魚料理が楽しめますよ」

ウエストポーチを楽しそうに叩きながら言われ、乾いた笑いを漏らしてしまう。

ゴーラドも水を浴びながら、魚がたくさんいるのは確認したが、捕まえるという発想にはならなかった。

魚は釣るものだと思っていた。
だいたい網などで簡単に掬えるほど魚は鈍くさくない。これまでの経験でその認識を持っていたのに……

しかし、ティラは網で掬ったらしい。どんなことをすればそんな芸当ができるのか?

「あっ、ゴーラドさん、防具のここんとこ、まだ毒がついてますよ」

右脇腹を指さしティラが指摘してくる。慌てて見てみると、確かに薄く紫色に変色していた。

「染みついちまったな。けど、これしかないんだ」

「ちょっと待ってください」

ティラはポーチをあさり、小瓶を取り出す。
瓶の液体を布に含ませ、ポンポンと叩いたら、綺麗にシミが消えた。

「お前、何でも屋か?」

ティラに向け、キルナが呆れたように言う。もちろんその声には笑いが含まれていた。
「驚くほど、なんでもできるんだな」

感心してしまう。

「そんなことないですよ。知らないこといっぱいで、日々勉強です。それより、町に戻らないと。まだ依頼を受けますよね?」

ティラは魔雷魚のステーキを皿に盛り、香草まで綺麗に添えて差し出してきた。

「旨そうだ」

ゴーラドに差し出された皿なのだが、キルナは横から取り上げ、頬張った。そしてこくこくと満足そうに頷く。

そんなキルナに苦笑し、ゴーラドも受け取ったステーキをいただく。

「旨いな!」

魚尽くしの昼食に、ゴーラドは幸せな気分で舌鼓を打ったのだった。


◇ ◇ ◇

ギルドに戻り、買い取り施設で収穫物を並べていく。
依頼のドラブ草十束、そして残りのドラブ草もすべて買い取ってくれると言う。

魔蜥蜴もけっこうな希少種だったようで、魔蜥蜴のボスにいたっては、さすがのギルドの職員たちも目を丸くしていた。

魔蜥蜴のボスからは、その場で魔核石を取り出し、それだけは売らずに取っておくことにした。

「やりましたね」

ティラが声を弾ませて言う。

「ああ、予定の十倍は稼いだな」

簡単な仕事ではなかったはずだが、稼いだ額ほどの苦労はなかった気がする。

キルナさんの強さに助けられてるんだよな。それに気が利くティラちゃんの働きぶりには感心するほかない。

「もう今日の依頼は、これで終わりでいいな」

キルナが言うと、ティラが「ええーっ」と不満そうに叫んだ。

「もう終わりですか?」と物足りなそうだ。

「十分稼いだんだから、少しでも早く出発した方がいいからな。ゴーラドのそのぼろっちい防具を新調するのが最優先だ」

キルナの歯に衣着せぬ発言に、きまりが悪くてゴーラドは頭をかいた。

ティラも納得したように頷く。

「そうですよね。そのぼろっちぃ防具、なんとかしないとですよね」

ティラちゃんまでも……

天を仰いだその時、

「わたしの大剣も、早く手にしたいなぁ」

瞳をキラキラさせたティラが言う。

「いや、だから、お前に大剣は無理だ。もっと手堅い武器にしろ」

キルナに言い聞かせられるが、ティラは頑として頷かない。

「嫌ですよ。もう大剣に決めたんですっ!」

ゴーラドはキルナと目を合わせる。

ふたりは揃って肩を竦めたのだった。





つづく



 
   
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