冒険者ですが日帰りではっちゃけます



68ゴーラド 〈ポッキリ折れました〉


ギルド内の休憩所で、地図を広げて今後の予定を決める。

「この道を行くのが一番いいんだが、かなり日数がかかる。こっちのルートだと少々危険ではあるが、三日ほど早く着けるだろうと思う」

キルナが指で辿って見せつつ、説明してくれる。

「危険って、どの程度だ?」

「ほぼ野宿になるな」

「野宿か……」

野宿は魔獣に襲われる心配があり、交代で見張りをしなければならないし、横になってもあまり熟睡できない。だいたいゴーラドは、あまり野宿をしたことがない。マカトのギルドで受ける依頼は、野宿の必要のないものばかりだった。

「キルナさんは結界付きのテントがありますけど、ゴーラドさんは持ってないから、大変そうですね」

へっ? 結界付きのテント?

「そんなものがあるのか?」

「一人用だから、入れてはやれないぞ」

「も、もちろん、入れてほしいなんて思っちゃいないけど……」

つまり、野宿するなら、キルナさんは結界付きのテントで寝て、俺はひとりで寝ずの番ってか?

それはねぇだろ! 無理だ無理!

「日数かかってもいいから、こっちにしてくれ」

仏頂面で言ったら、元からそのつもりだったのか、キルナが笑いを堪えている。

ちっ! 人が悪りぃなぁ。

うっすら赤くなった顔を、そっぽを向いて隠す。

「キルナさん、こっちの道なら宿屋に泊りながら進めるんですか?」

「計画的に進めばそうできる。私もその道を辿ってこの国に来たからな」

「けど、宿代は馬鹿にならないよな?」

「まあ、それはな」

「なら、乗合馬車で行くってのはどうだ?」

「乗合馬車ですか? わたし乗ったことないんで、乗ってみたいですっ!」

ティラが興奮して叫ぶ。実はゴーラドもまだ乗ったことがなく、乗ってみたかった。

「私は反対だ。座席は狭いし、乗り心地も良くない。徒歩で行く方が絶対に楽だぞ」

「あーー……」

ティラのテンションが急激に下がったようだ。顔には出していないが、ゴーラドもテンションだだ下がりだ。

「それじゃ、こっちの道を、宿に泊まりつつ徒歩で行くってことでいいな?」

ゴーラドは賛成して頷いた。ティラもそれでいいようだ。

まあ、ティラちゃんは、どうするのかわからないが、毎晩家に帰るわけだから、宿なんてのは関係ないんだよな。

「それじゃ、さっそく行くか」

三人が立ち上がったところで、冒険者たちが靴音を蹴立てて入ってきた。

なぜか、みんなひどく苦い顔をしている。

その中のひとりが受付に向かい、バンと音を立ててカウンターを叩いた。

「何事ですか?」

受付の女性が驚いて聞く。

「あんなの討伐できるわけがないぞ。こんな依頼、誰がやれるってんだ!」

「冒険者証を提示してください」

怒鳴った冒険者の剣幕に顔を顰めつつも、冷静に伝える受付。

「ちくしょー」

悔しそうに唸りつつ、取り出した冒険者証をカウンターに叩きつける。

「おい、落ち着けよ」

「そうそう、仕方ねぇって」

仲間たちに宥められるが、怒りが鎮められないようで、そいつはカウンターの壁を足で思い切り蹴りつけた。

まったく困った野郎だな。依頼を達成できなかったからって、ここで腹いせをするとは、呆れる。

仲間が注意しているし、なだめているから、口出しはしない方がよいだろうが。

キルナもゴーラドと同じ意見らしく、「行くぞ」と言って出口に向かう。ゴーラドもそれに続いたのだが、なんとティラが騒ぎの中に駆け寄って行ってしまった。

「どうしたんですか?」

ティラは、腹を立てている冒険者と、なだめている冒険者の間に入って尋ねる。

「なんだ、お前?」

「こうみえても、冒険者ですよ」

胸を張ってティラは答える。

ちょっと痛々しく感じてしまい、ゴーラドは手で顔を覆った。

「お前が冒険者?」

予想通り馬鹿にしたように言われるが、ティラは気にしていないようだ。

「はい、冒険者です。それより、何があったんですか?」

ティラは冒険者たちを見回して尋ねる。

怒っているやつは顔を背けたが、他の冒険者が「魔蛇退治の依頼を受けたんだが……とんでもない数だったんだ」と答える。

それを聞き、ティラは「ほほお」と相槌を打つ。

すると騒ぎの元の冒険者が「それをだ!」と突然大声を出した。さらに、「たかが金貨五枚でやれって、割に合わなすぎだっての」と続けて、受付を睨みつける。

そしてそいつは、受付が真顔で差し出してきた冒険者証をひったくるように受け取り、「もう、こんな町さっさと出てくぞ」と仲間に怒鳴り、ドカドカと出て行ってしまった。

仲間の連中も異論はないようで、後に続いて出て行ってしまった。

ゴーラドは呆れた。依頼というのは、これならやれるという確信のもと自己責任で受けるものだ。
なのに、達成できなかったからと言って、ギルドの受付に八つ当たりするなんてもってのほか。

「魔蛇退治の依頼の報酬って、金貨五枚なんですか?」

「え、ええ。そうだけど」

「受けられるランクはいくつですか?」

「この依頼に関しては、ランクの規定は定められていないけど……」

受付の返事を聞き、ティラがこちらに駆け戻って来た。

「ゴーラドさん、魔蛇退治の依頼、わたしたちで受けましょうよ。魔蛇なら、ちょろいですよ」

「ちょろいか? 魔蛇だぞ」

正直ゴーラドは、蛇系の魔物はあまり好きではない。

「こいつ、金貨五枚につられたんだろ」

歩み寄ってきたキルナが苦笑して言う。

「まあ、そうです。ゴーラドさんの新しい防具のために、もうひと稼ぎしてから出発しましょうよ」

「受けてくださるんですか?」

受付が食い気味に尋ねてきた。

「受けてくださったら、とてもありがたいです」

それまで冷静だった受付なのに、いまは逃がすまいと、ぐいぐい来る。

「そんなに困っているのか?」

「はい。実は、この辺りはカカラの木が群生していて、この時期はカカラの実の収穫期なんです。けど、カカラの実を好物にしている魔蛇が大量に発生してしまって、収穫できずにとても困っているんです。このままでは全部魔蛇に食べられてしまうかもしれません」

「カカラですか?」

急に興奮してティラが問い返す。

「は、はい。カカラの実はこの町の特産品ですから、全滅してしまったら、町自体が立ちいかなくなるくらいなんです」

そりゃあ、大変だな。

「キルナさん、どうする?」

「わたしは遠慮する。お前たち、受けたければ受ければいい」

キルナはそっけない。

「もしやキルナさん、蛇が苦手とかですか?」

からかいを込めてティラが聞くと、キルナは「ああ」とあっさり頷いた。

「足のないものは嫌いだ」

「そうですか……ゴーラドさんも嫌ですか?」

「まあ、そうだな。あまり、受けたくはないな」

一匹、二匹ならまだいいが、大量にいるっていうんじゃな。

「それだったら。ここで今日は解散ってことで、おふたりは先に進んでください。わたしはこの依頼を終えてから家に帰りますので」

ひとりで受けるだと?

「そんなわけにはいかない。ティラちゃんが受けるなら、俺もやるさ」

「わたし、一人でも大丈夫ですよ」

いやいや、女の子をひとりで蛇の群れの中に飛び込ませられるかよ。

ゴーラドはため息をつき、受付で依頼を受けた。
キルナは不参加らしいので、ティラと二人で向かうことにする。

「キルナさん、俺らがいない間、どうする?」

「一緒に行くさ」

「なんだ、一緒に依頼を受けるのか?」

「依頼は受けない。一緒に行くだけだ」

つまり、俺とティラちゃんが魔蛇と格闘してるのを、高みの見物しようってわけかよ?
まったくいい性格してるよなぁ。

「ゴーラドさんよかったですね」

なぜかティラが耳元に顔を近づけ、そんなことを囁いてくる。

「うん、よかったって?」

「だって、ふたりで受ければ、金貨五枚はわたしたちふたりで折半できるんですよ。ウハウハじゃないですかぁ」

「ウハウハねぇ」

まあ、稼げるときに稼いどくか。と苦笑するゴーラドだった。


ギルドを出て、三人してカカラの群生地を目指す。

「わあっ、見事ですねぇ」

ティラが感嘆して声を上げる。

確かに見事だ。カカラの低木がかなりの広範囲に広がっている。だが、討伐対象の魔蛇らしき姿は確認できない。

「このカカラの実、焙煎するといい香りの飲み物になるんですよ」

カカラの群生の中を歩いて行きながらティラが教えてくれる。キルナは群生の手前で立ち止まってしまい、ついてきていない。
マジで加勢しないつもりのようだ。

しかし、どこに魔蛇が?

そう考えたその時、しゅるっという音とともに細長いものが飛んできた。

反射的に槍を振ると、ボタボタッと紐のようなものが地面に落ちる。

地面に目を向けたゴーラドは、思わず悲鳴を上げそうになった。
なんと地面は蛇で埋まっていたのだ。黄色と赤のまだらの蛇がうねうねと動くさまは、物凄く気味が悪い。

しかし、いつの間にこんなに集まってきたんだ?

「この魔蛇たち、卵から孵ったばかりみたいですね」

「これ全部始末しなきゃならないとは、滅茶苦茶時間がかかるぞ」

「ゴーラドさん、ここはわたしにお任せください」

ティラがポーチに手をかけたと思ったら、よいしょと、何かを引っ張り出した。地面にゴトンとでかい壺が現われる。

「壺?」

「カカラの実をたくさん集めてもらえます」

そう言いながら、ティラは自分もカカラの実をもぎ始める。小さな粒なので、集めるのは手間がかかる。その間も足元の魔蛇が脚を這い上ってきそうになり、ゴーラドは必死に足で蹴って追い払う。

しかし、なぜかティラにはまといつかない。

そこそこカカラの実を壺に入れると、ティラは長い棒を取り出してカカラの実を潰し始めた。

独特な甘い匂いが漂い始める。カカラの実の匂いなんだろうが。

すると、魔蛇たちの様子が変わった。ぞろぞろと壺を這い上り、中に入っていく。

「下がって待ちましょう」

ティラの指示に、ゴーラドは後ろへ下がった。

十数分経つと、地面を覆いつくしていた魔蛇は、すべて壺の中に入ってしまったようだ。

「はい。おしまいです」

ティラは壺にポンと蓋をする。

お、驚きだ。

ティラが壺をポーチにいれたのを見届け、キルナのところまで戻る。

「なんだ、あっさりと依頼を達成してしまったようだな」

キルナが笑いながら声をかけてくる。

「これで金貨五枚ですよ。ウハウハですよ、ウハウハ」

ウハウハがいまのお気に入りなのか、連呼するティラに笑ってしまう。

その場を後にしようとしたら、ティラはピタリと足を止め、ゆっくりと背後に振り返った。

「どうした、ティラ?」

キルナが問い、そしてキルナまでもハッとしたようにティラの見つめる先を睨む。ゴーラドはどういう事やらわからず、二人の視線の先を追う。

「大物がいたみたいですね」

ティラがそう言った時、ゴーラドも、何かが這いずってくるような音に気づいた。

「なんだ?」

カカラの葉が一直線にザワザワと揺れている。

「大魔蛇だな」

大魔蛇だと?

その瞬間、カカラの低木の間から、すさまじい勢いでそれは飛び出てきた。七十センチはあろうかという胴回りの大魔蛇が天に向かって頭を伸ばしていく。

「この子お馬鹿さんですね。これじゃあ、首を切ってくれって言ってるようなものですよ。で、ゴーラドさん切ります?」

巨大な大魔蛇を前にしたと言うのに、落ち着き払ってティラは尋ねてくる。

お、俺か?

大きく口を開けた蛇の頭が、獲物を狩ろうとこちらに向かって飛んでくる。

考える暇すらなかった。槍を掴み、態勢を整える。

「串刺しです。ゴーラドさん、いっちゃってください」

ティラの掛け声に乗せられ、ゴーラドは槍で大魔蛇の頭を貫いた。

そして、ゴーラドの槍は、ポッキリと折れたのだった。





つづく



 
   
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