冒険者ですが日帰りではっちゃけます



69キルナ 〈泣きっ面に蜂〉

「はあーっ」

「ゴーラドさん、元気出してくださいよぉ」

マカルサの町中を歩きながら、ため息をつきまくりのゴーラドを、なんとか元気づけようとして、ティラは背中をさすってやっている。

なけなしの武器を無くしてしまった冒険者の吐息……いや、切ないな。

魔蛇の討伐依頼はあっさりと達成でき、おまけに大魔蛇退治までやってのけた。もちろん報酬は大幅に上乗せされて金貨20枚を受け取った。

魔蛇だけでもほとほと困らされていたというのに、実は大魔蛇なんてとんでもない魔物まで潜んでいたとは誰も思っておらず、退治した大魔蛇を見て、ギルド職員たちは卒倒しそうになっていた。

しかし、槍は折れてしまったが、ゴーラドの実力は確かだったな。
見た目や態度でさほど強いと思っていなかったのだが、考えを改めたキルナだった。
こいつは、今後もっと強くなるだろう。

そのためには武器だな。
武器なしで町から町へ移動すると言うのは、心もとないことこの上ないだろう。
剣が扱えるのなら、私の持っている使わないやつを貸してやってもいいんだが……

「なあゴーラド、お前、剣は扱えないのか? 剣なら私の予備があるんだが……」

「槍しか使ってこなかったんだよな」

「なら、この町の武器屋を覗いてみるとするか?」

あまり期待できそうもないが……

「武器屋?」

ティラが叫んで振り返ってくる。その目はキラキラだ。

「大剣は買わないぞ」

「えーっ。わたしのお金で買うなら……」

「ダメだ!」

断固として言い聞かせると、ティラはおとなしくなった。
しかし、おとなしいと今度は何を考えているかわからなくて不安になる。

この町の武器屋は、やはり大した代物は置いていなかった。ただ、ティラだけは楽しそうに武器を見て回っている。

だが大剣はないようで、ほっとした。

今のティラだと、どんな大剣であれ、あれば買うと言ってきかなかっただろうからな。

「とりあえず……これを買っていくかな?」

ゴーラドが、もっともまともそうな槍を手に取り悩んでいる。
新品だから綺麗だが、折れた槍ほど品質は良くない。大魔蛇の頭を貫くことすらできなそうだ。
相手が小物ならこの程度でもいけるだろうが。

「あのぉ、ここには大剣はないんですか?」

ティラが、カウンターに身を乗り出すようにして店主に聞く。

「大剣がご入用ですか?」

「そうなの。店頭には並んでないみたいだけど、置いてないの?」

「大剣は、あまり出ませんので置いていないのですよ。申し訳ありません」

店主、グッジョブ!!

拳を固めてしまう。

ないものは買いようがないので、ティラは唇を突き出し、カウンターに乗り出していた身体をすとんと落とす。

「がっかりです」

低い声で呟いたティラは、支払いのために槍をカウンターに置いたゴーラドに顔を向けると、冷気を発するような表情でチッと舌打ちした。

ゴーラドがぎょっとする。

こ、怖い! この子怖い!

キルナがこれほど震え上がったのは、生まれて初めてのことだったかもしれない。


◇ ◇ ◇

「夕方まで時間はあるが、これからどうする?」

ゴーラドが、新しい槍の感触を確かめながらキルナに相談してくる。

まだ武器屋の前だ。
大剣が手に入れられなかったティラは、触れたくないほどやさぐれている。

自分だけ新しい武器を手に入れてしまったため、ゴーラドはいまのティラとは距離を取っていたいようだ。それはキルナも同じ。

さて、ゴーラドの「どうする?」は、もうひとつ楽にこなせる依頼を受けて今夜はこの町に泊るか、それとも次の町に出発するかの二択だろう。

次に向かう町はパロムだ。そこそこの規模の町のようだから、ここよりかは武器屋も大きいだろうし、もっといい武器が手に入るかもしれない。

距離的に今日中に辿り着くのは厳しいのだが、街道はぐるりと森を巡っている。その森をまっすぐにつっきれば、夕方遅くにはつけるだろうと思えた。

どのみち途中でティラは抜けるんだろうし、ゴーラドとふたりでも楽勝だろう。

結果、相談のうえ、すぐに出発しようということになった。

やさぐれティラも別に反対することはなく、黙ってふたりに着いてきた。


「なあ、キルナさん。なんか、背中がムズムズするんだが……」

「奇遇だな。私もだぞ」

肩を並べて歩くゴーラドに小声で話しかけられ、キルナも小声で返す。ふたりの後ろを着いてくるティラの、不機嫌オーラが半端ではないのだ。

その視線はゴーラドの槍に向けられていることが多く、その槍を装着している当人のゴーラドはいたたまらないようだ。

今日ばかりは、夕暮れを待ち望んでしまう。だが、もう半時はかかりそうだ。
やさぐれてもいるし、早めに帰宅してもいいと思うんだが。

いや、是非とも、そうして欲しい!!

「なあ、ここらへんで森に入らないか?」

ゴーラドが指をさして提案してきた。鬱蒼とした森だが、ここらあたりは下生えがあまりなく、歩きやすそうだ。

「そうだな」

頷き、ティラに振り返る。

「ティラ、お前はここらで帰ったらどうだ?」

そう勧めたらティラは顔を上げ、森の奥を見る。

「まだ夕暮れまで時間あるし、もう少し一緒に行きます」

「そ、そうか」

残念だ。

そんなわけで、キルナは先頭を行くことにした。

ゴーラドの武器はあまり頼りにならなそうだし、魔獣が襲ってくる可能性の高い森の中で、やさぐれたティラを最後尾にするわけにはいかないので、列の真ん中に置き、後ろはゴーラドに守ってもらうことにする。

分け入ってすぐ、魔犬が数頭襲ってきた。あっさり倒したが、そのあとも次々に襲ってきて進みが遅くなる。

「この森、魔獣が多すぎじゃないか?」

ゴーラドが眉を寄せて言う。

「冒険者が入らない場所なんだろう」

「傷を負ってますね」

キルナが一振りで倒した魔犬を確認してのティラの言葉に、キルナも確かめてみた。
確かに、キルナが負わせたものではない傷が数か所ある。

「噛み傷ですね」

「他の魔獣にやられたようだな」

ティラの言葉に頷き、ゴーラドが続けた。

「住み着いていた場所から、追いやられたと考えると、遭遇する魔犬が多いこともしっくりくるな」

キルナがそう言うと、ゴーラドも納得して「だな」と頷く。

「魔熊系かもしれないな。獰猛な魔黒熊あたりだと、魔犬なんてひとたまりもない」

だが、たいして不安に思うこともない。魔黒熊なんてキルナにとっては脅威にはならない。

「また来ますよ」

ティラが警告を発し、数頭の魔犬がまた姿を現した。血を流しているのもいる。

そしてその後方からやってきたのは魔狼だった。魔犬を縄張りから追い払ったのはこいつらだったらしい。

魔犬たちはこちらに目もくれず、走り去っていった。だが、魔狼の方はキルナ達を無視するつもりはないようで、足を止めた。そしてグルルルルと鬼の形相で威嚇してきた。

その数六匹。魔犬より数段獰猛だし、数も多い。
キルナは即座に地を蹴り、剣で大きく横なぎに払った。三頭が首から血を噴き、地面に転がる。
すると、ゴーラドか前に出て一頭を串刺しにした。だが残る二頭がゴーラドに飛びかかる。
キルナは身を転じて一頭に切りつけた。ゴーラドは最後の一頭を槍で薙ぎ払おうとしたのだが……なんと、槍の刃先がない。
ゴーラドも気づいたらしく、戦闘中だと言うのに、「へっ?」と気の抜けた声を上げた。

薙ぎ払いを受けなかった魔狼がそのままゴーラドに牙を向ける。

くそっ、間に合わない!

顔を歪めて、剣を大きく振ろうとしたら、キルナの攻撃が届く前に魔狼が吹き飛んだ。

何が起きたのかわからなかった。

戦闘が終了し、静けさが広がる。
そこには魔狼の死骸が転がり、血の匂いが鼻をつく。

「とりあえず回収して、素材やら魔核石はあとでいいですよね」

ティラはさっさと魔道具の袋に入れていく。

ゴーラドを見ると、こちらは買ったばかりの槍の悲惨な状況を、魂の抜けた顔で見つめている。

泣きっ面に蜂とはこのことか……

掛ける言葉が見つからないキルナだった。





つづく



 
   
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