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70 ティラ 〈原因判明〉
魔狼たちを倒し終えのを確認し、ティラはほっと息をついた。
どうやら次の群れはやってこないようだ。
やっぱり、魔狼が魔犬の縄張りを横取りしようとしているのかな?
けど、魔犬も魔狼もキルナさんの敵じゃないし……まあ、ゴーラドさんの新しい槍があっけなく壊れてしまったのは困ったことだけど……
そう思いつつ、つい意地悪な気持ちでぷぷっと笑ってしまう。
買ったばっかりなのに、もう壊れちゃうとはねぇ。
……わたしも、やっと大剣を手にできると思ったのになぁ。
夕べ、父に大剣が欲しいと頼んでみたのだが、自分の武器くらい自分で揃えろとたしなめられてしまったのだ。
なのに、キルナさんもゴーラドさんも大剣はダメだって譲ってくれないし。
あの町の武器屋には、買おうにも置いてなかったんだから、買えなかったんだけど……
次の町のパロムで、絶対手に入れてやるんだから!
息巻いていたらキルナから「ティラ」と呼びかけられた。
「はい」
「お前、今何をした?」
「はい?」
「いま、最後の魔狼を吹き飛ばしたのはお前だろ?」
うん? ああ、ゴーラドさんが危なかったんで咄嗟に……
「そうですけど」
よくわかんないけど……何か問題でもあったんだろうか?
「どうやって吹き飛ばしたんだ?」
「どうって……ただの衝撃波ですよ」
まあ、ピンポイントに威力を上げたやつではあるけど。
「衝撃波?」
「そうか、また魔道具なんだな? ティラちゃん」
ゴーラドが納得したように言う。
魔道具? なんでかゴーラドさんは、わたしが魔法を使えると思わないみたいなんだよね。キルナさんにはバレバレなのに。
その時、ふと思い出した。
そう言えば……魔法は詠唱を口にするのが普通だったな。
ははあ、ゴーラドさんは、魔法というのは詠唱がなければならないと思い込んでるわけだな。だから、わたしがぶっ放したものは魔法ではないと思ってしまうわけだ。
キルナさんの方は純粋に、わたしがどんな魔法を使ったか知りたいんだろうけど……
ゴーラドの魔道具発言で、キルナはこれ以上この話を続ける気は失せたようだ。魔道具の袋に魔狼を回収し始めた。ゴーラドとティラも手伝う。
「ゴーラド、武器がないじゃ、さすがに嫌だろう。使い勝手が悪かろうが、これを持っとけ」
キルナは取り出した長剣をゴーラドに手渡す。
「すまないな」
ゴーラドはぎこちない感じで剣を握り、ちょっと振ったりしてみる。
けどやっぱり、使い勝手はよくなさそうだ。
わたしも槍を持ってるんだけど、あれじゃあ、その剣より使い勝手が悪そうだし……
その後も、魔狼に出くわしては討伐、そして前進という繰り返しになった。
ほんと魔狼が多いな。
群れで来なくなったので、キルナが一人で片づけてくれてる。ゴーラドも何度か切りかかったりしてたけど、間合いが違うからか、空ぶってばかりだ。しかも、槍を持った感覚で刃の部分を握ろうとしたりして、見てるこっちが超絶ヒヤヒヤさせられる。
「お前、まだ帰らなくていいのか?」
振り返ってきたキルナに言われ、周りを見ると確かにもう夕暮れだ。
「帰らないと……」
呟いたら、キルナとゴーラドが、「ああ、気を付けて帰れよ」、「今夜はゆっくり休め」と、続けざまに言ってくれる。
そんなにも心配してもらって、ティラはダメダメな自分を反省した。
大剣が手に入らなくて、かなり不貞腐れちゃってたんだよね。八つ当たりしちゃったりもしたのに……ふたりともほんと優しいなぁ。
深く反省しつつすぐさま帰ろうとしたティラだが、剣を握るゴーラドを見て眉を寄せる。
どんなものであれ、やっぱり槍があった方がいいんじゃないかな?
ポーチに手を突っ込み、軽く手探りする。すると手に触れた。
「あったーーっ!」
取り出すと、思った以上に短い。
いまよりまだ小さかったティラの身長に合わせて作られたものだから、当然なのだが……
「槍持ってたのか?」
「ずいぶん前に使ってたやつで、ゴーラドさんには子どもの玩具みたいに短いですけど……慣れない剣よりはましかなって」
いや、これも意味ないかなぁ?
顔をしかめていたら、ゴーラドは「確かにそうだな」と口にし、苦笑しつつ槍を受け取った。
身長の高いゴーラドが持つと、さらに短く見える。
「こんなんじゃ、使い物になりませんね?」
「いや、剣よりはよさそうだ。ありがたく使わせてもらうよ。ありがとうなティラちゃん」
「ほらティラ、早くしないと本当に日が暮れてしまうぞ。冒険者を続けられなくなっては困るだろう?」
キルナに急かされ、ティラは頷くと、急いで駆け出した。
ふたりから十分離れたあたりで空へと飛び出す。
上空へと舞い上がり、転移する前に周辺を確認したティラは、異変を感じて眉をひそめた。
目的の町パロムは確認できたのだが、なにやら様子がおかしい。
森に近いところでいくつも盛大に焚火を焚いているし、かなりの数の人間たちが松明を持って歩き回っている。
これって、考えられるのは……
森に危険な魔獣が生息していて、深夜に町を襲ってくる可能性が高いということだ。
それもあれほどの厳重な警戒態勢を取っているところを見ると、そこらにいるただの魔獣ではないということになる。
もう家に帰るという選択はなかった。
ティラは低空飛行し、森を隈なく確認していった。そして魔牙狼が大量に潜んでいることに気づいた。
原因は魔牙狼だったのか!
魔牙狼は大群になったことで、新たな縄張りを求めてこの森にやってきたのだろう。そして元々この森に棲んでいた魔狼や魔犬を追い出したのだ。
魔牙狼は魔狼よりでかく、鋭い牙を持っている。魔狼よりさらにずる賢く、残忍だ。それが百匹はくだらない。
いくら高ランクのふたりであっても、あの数でこられたら無傷では済まないだろう。
そして、いまがいま、キルナとゴーラドは魔牙狼の群れの中に着実に突っ込もうとしている。
魔牙狼が、ふたりに気づくのはそんなに遠いことではないだろう。
もはや一刻の猶予もない。
どうやって攻撃する?
群れに襲撃を受けていると気づかれるのが一番まずい。できる限り静かに、一匹ずつ殺るのが一番だ。
ティラはポーチから弓を取りだし、すぐに構えた。矢はティラの魔力から顕現させたものを使う。
光や色を発する魔力ではまずいので、闇の魔力を選ぶ。これなら狼の額を射抜いても、周りの魔牙狼たちは気づかないはずだ。
音もなく矢はまっすぐに飛んでゆき、一匹目の額を射抜く。パタリと顔を地面につけ、息絶えたようだ。そいつの周囲に数頭いたが、気付かれなかったようだ。
ほっとして一息ついたティラは、そこからは眼差しを鋭くし、いま倒した魔牙狼のすぐ近くにいる魔牙狼を狙う。
そのあとは、木々の間を音もなく移動しつつ、矢を放っていった。
ゴーラドとキルナはどんどん魔牙狼の群れに近づいてきているはず。
ふたりでも対処できるくらいまで、できる限り数を減らさねば。
焦りが湧きそうになるのを必死に静め、ティラは矢を放ち続けた。
つづく
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