冒険者ですが日帰りではっちゃけます



71ゴーラド 異常事態


「ティラちゃんは、よくわからない子だな」

静かすぎる森の中を駆け足で進みながら、ゴーラドはキルナに言うともなく、呟いていた。

ティラが去ったのち、魔獣も襲ってこなくなり、いまはスムーズに前進できている。このペースなら一時間もかからずパロムの町に着けそうだ。
日は傾き、すでに夕暮れているが、真っ暗というほどではないので、進みやすい。

「怖かったな」

キルナがそんな言葉を返してきて、ゴーラドの苦笑が深まる。

「あの舌打ち!」

さらにキルナは、冗談めかして叫ぶ。もうたまらずゴーラドは大笑いした。

だが、ティラは心優しい子だ。

「良くも悪くも、純粋なんだよな」

「そういうことだな。ティラには闇がない。人には大なり小なりあるものだが……」

そうか、そこに俺も惹かれるんだな。

そんなことを考えていたゴーラドは、前方に何か妙なものがあるのに気づき、足を止めた。

「キルナさん」

「ああ……なんだろうな?」

魔獣ならば、人が近づけばすぐに気づくはず。だとすれば……

近づいてみたら、何物かに殺されたようで、魔獣はすでに息絶えている。

「魔狼……か。いや、それにしてはでかいな」

「これは魔牙狼だな」

キルナの言葉に驚き目を見開いてしまう。

この辺りには、こんな狂暴な魔獣が生息しているのか?
正直、魔牙狼を相手にして、俺では勝てると思えない。

鼓動がやにわに速まり、ゴーラドは緊張から首を縮めて辺りを見回す。

俺では太刀打ちできない魔牙狼を倒した、もっと狂暴な魔獣が近くにいるかもしれないのか?

魔牙狼を確認していた、キルナが眉をひそめている。

「キルナさん、どうしたんだ?」

「傷らしきものがどこにも見当たらない」

その言葉に戸惑い、ゴーラドも魔牙狼の死骸を見てみたが、確かにどこにも傷がないようだ。

「気味が悪いな」

そう呟いたキルナは身を起こし、ゴーラドを促して歩き出した。

「こんなところで考え込んでいる場合じゃないな。こいつらみたいに殺されては堪らない」

キルナの発言にゴーラドは身震いした。

正体の知れない敵がすぐ側にいるような気がしてくる。

音を立てないようにキルナの後を進んでいたら、急にキルナが立ち止まり、ゴーラドはビクリとして足を止めた。

「見てみろ、ゴーラド」

キルナが指をさした先、そこにはまた息絶えている魔牙狼……

「……いったい……」

喉がこわばり、声を出しづらい。

よく見れば、少し離れたところにも多数の魔牙狼の死骸がある。
魔牙狼がそこらじゅうに転がっているなんて、あり得ない事態だ。

「まさか……」

眉をひそめたキルナがなにやら呟く。

「キルナさん、まさかって、なんだ?」

「いや……まだ、そうと決まったわけでは……それに、もしかすると……」

キルナは警戒を続けながら、ぶつぶつと呟いている。

これはもう、ヤバイ状況に陥ったとしか考えられない。
ゴーラドはどっと汗が噴き出すのを感じた。

ティラに借りた槍を力いっぱい握りしめる。今の俺にはこれしかない。

「キルナさん」

前を歩くキルナに呼び掛ける。

「なんだ?」

「もし俺がやられたら、俺のことはいいから逃げてくれよな」

するとキルナは何か差し出してきた。どうやら回復薬のようだ。

「私の持っている一番高品質のものだ」

「キルナさん、これはキルナさんが……」

「私は何があっても、お前を見捨てない」

きっぱり言われ、胸が熱くなる。

ちくしょー、かなわねぇなぁ。

ゴーラドは、一瞬で表情を引き締めた。
キルナの足手まといにならないよう、全力を尽さねば。

周囲を警戒しつつ進んでいたら、キルナから静止を促されゴーラドは足を止めた。

「ここにもか……」

数メートル先にまた魔牙狼の死骸が転がっていた。やはりばらばらと数頭の死骸がある。そしてやはり傷らしきものはない。謎の敵を強烈に意識させられる。

険しい目でそれを見つめたキルナは、さらに用心しつつ歩き出した。

「前方に何かいる」

しばらく進んだところで、キルナが小声で知らせてきた。

窺うと、確かに魔獣の気配が濃厚に感じられた。それもかなりの数だとわかる。

むくっと頭をもたげた影、こちらに気づいたようで一匹が立ち上がると、周囲にいくつもの影が立ち上がった。

ざっと見ても、二十頭以上はいるようだ。

「ゴーラド、お前は距離を取って後ろに下がれ! 私が……」

キルナの鋭い声が途中で途絶えた。

ゴーラドはゴクリと唾を飲んだが、なぜかキルナは、「魔牙狼だな」と気の抜けた声で続けた。
その反応はおかしなものだったが、魔牙狼の群れを前にしているという事実に、ゴーラドはそのおかしさに気づく余裕はなかった。

つ、ついに生きている魔牙狼が現れやがったかっ!

「いいかゴーラド、私が全滅させる。お前は自分の身を守ることに全力を尽くせよ」

「俺も加勢するぞ」

「その槍でか?」

「だが、やるしかないだろ。明日、元気な姿でティラちゃんに会いたいからな」

「そうだな」

苦笑とともにキルナが答える。こんな緊急事態なのに、少し肩の力が抜けたが、実際のところもう話している余裕などなかった。

同時に飛びかかってきた二匹を軽く跳躍して躱しつつ、キルナは目にも止まらぬ速さで横へと薙ぎ払った。

一匹は仕留めたが二匹目は機敏に避けた。大きな図体なのに動きは素早い。

キルナの攻撃を避けた二匹目は、目標をゴーラドに変え、鋭い牙を剥き襲い掛かってきた。

ゴーラドはティラの槍を振り上げ、思いきり突き出す。

すると魔牙狼の喉を、小気味いいほどするっと差し貫いていた。

一瞬、目を見開いてしまう。

な、なんだこの槍? 刺した感触すらなかったぞ!

だが、いまは戦闘中だ。次の魔牙狼が飛びかかってきている。

慌てて槍を向けたら、槍の先がそいつの右前足に触れた瞬間、ぼとりと落ちた。それに驚愕しつつも、ゴーラドは槍を回し胴体を貫く。

「やるじゃないか、ゴーラド」

魔牙狼の群れを前にしているというのに、キルナは余裕の様子で褒めてきた。

しかし、やったのは俺ではなく、ティラちゃんのこの槍だと思うぞ。

「後ろに回り込まれて囲まれたら厄介だ。その前に全部殺るぞ!」

「おおっ」

キルナは突っ込んでいき、魔牙狼の群れを小気味よく切り刻んで行く。

それに見惚れている暇などなく、ゴーラドは自分に向かってくる魔牙狼を相手取る。

ティラの槍は短く、いつものような間合いは取れないが、とにかく切れ味が半端ない。負ける気がしなくなり、ゴーラドはかなり強引に魔牙狼を切り裂いて行った。

「終わったか……」

周りには魔牙狼の死骸の山……静まり返った中、ゴーラドは大きく息を吐いた。そしてさらに荒い息をつく。

「大丈夫か?」

「あ、ああ……たぶんな」

「三十はいたな」

「そんなにか?」

「うん? ゴーラド、傷を負っているじゃないか。早く回復薬を飲め」

そう言われて、ようやく腕やら腿に裂傷を負っていることに気づいた。

「あれれ? うまく躱せてると思ってたのにな」

自覚とともに、痛みに襲われる。

「いてて……」

ゴーラドは自分の所持している低品質の回復薬を取り出して飲んだ。キルナのくれた薬は、この程度の浅い傷にはもったいない。

「けど、まだいるんだよな? こいつらの仲間を大量に殺したやつが」

「ああ……あまり考えたくはないが、魔牙狼を殺したのは、妖魔ではないかと……な」

妖魔?

「ま、マジか?」

恐怖というより戸惑いが湧く。

「確定ではないが……それか……」

「それか?」

まだ他の可能性があるのか? 妖魔よりましなやつならいいんだが。

「いや……すべては推測だ。話はあとにして、とにかく森を抜けるぞ」

「わかった」

キルナの言う通りだ。こんなところでおしゃべりなどに興じている場合じゃない。

魔牙狼の死骸を越え、早足で進むキルナに、ゴーラドは遅れまいとついて行く。
日は暮れてしまっているが、星明りのおかげで森の中であっても真っ暗闇ということはなくありがたい。

魔牙狼を殺したやつは、本当に妖魔なのだろうか? 出くわしたら倒すしかないが、とんでもなく強いらしいしな。

予断を許さぬ状況の中、半時ほど進んだあたりで、キルナが「ゴーラド」と呼びかけてきた。

「見ろ、灯りが見えるぞ」

確かに遠くで火がチラチラしている。

「パロムの町の灯りか?」

「ああ、間違いないだろう」

まだ気を緩めてはいけないのだが、町を視界に入れてほっとしてしまう。

「あれは焚火だな」

キルナの言う通りだった。しかも町を守るようにいくつもある。そして近づくほどに様子がわかってきた。

警備兵や冒険者たちが松明を手にし、警戒態勢を取っている。

これって、魔牙狼を警戒してのものなのか? それとも、妖魔を?
すでに町は襲撃を受けたのだろうか?

疑問を抱えつつ森を抜け出た。

「矢を放て!」

叫びの直後、ふたりめがけて何本もの矢が飛んできた。

キルナは剣で切って落とし、ゴーラドも慌てて槍で叩き落とす。

「なっ……ひ、人だ!」

「弓を下ろせーっ! 魔牙狼じゃない、人だあっ!」

大きな叫びが上がり、キルナとゴーラドはあっという間に大勢の人間に囲まれていた。





つづく



 
   
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