冒険者ですが日帰りではっちゃけます



72ティラ 〈寝る前の決まり事〉


「よかった。無事に町に到着して」

大きな木の枝に立ち、ティラは目を細めて大勢の人とパロムの町へと歩いていく仲間の姿を見送る。

魔牙狼を必死に間引いていったが、予想していた以上に数が多く、四十匹ほども残ってしまった。
ふたりが魔牙狼と対峙してしまい、どうなることかと嫌な汗をかいてしまった。

けど、あのふたり魔牙狼が群れで襲ってきても、あっさりと倒してしまったようだ。

それに、あの槍もどうやら役に立ったようだし、渡してよかった。

ああ、お腹空いたぁ。
もちろん、それどころじゃないんだけど……

ついに両親との約束を大幅に破ってしまった。とっぷりと日は暮れてしまっている。

こういう決め事に、両親はとても厳しいのだ。
もうふたりと冒険できないとしたら……

涙目になったティラは、まだ手にしてた弓をポーチに入れ、その場からふっと消えた。


家を前にして、数秒躊躇する。

しかし、こっそり忍びこむなんて選択はないので、玄関ドアを開けて中に入った。

当然というか、玄関口に両親が待っていた。

「た、ただいま」

「おかえり。早く風呂に入って来い」

「お風呂から上がったらすぐにご飯にするわね」

「え?」

あ、あの……おとがめは?

「帰りがこんなにも遅れた理由は、夕食を食べながら聞くとしよう」

ああ、そういうことね。

ティラは肩を落とし、風呂に入った。

明日から冒険者が続けられなくなるかもしれないという、精神的に辛い状況なのに、お腹の虫はきゅるるるるーっと滑稽に鳴くのであった。


ご飯を食べつつ、ティラは帰りが遅くなったわけを両親に伝えた。

「そうか。おふたりが無事でよかった」と、父が真剣に頷く。

「うん。あ、あの……約束破っちゃって本当にごめんなさい」

ティラはフォークを置き、姿勢を正して頭を下げた。

「でも……これからも冒険者を続けたいんだけど……」

ぼそぼそお願いしたが、父は「ゴーラド君に、槍が必要だな」と口にする。

「え?」

「適当なのを用意してやるから、明日持って行ってやるといい」

「そ、それって、これまで通り続けていいってこと? おとがめは?」

困惑して両親に尋ねたら、母は眉を寄せて首を振った。

「あのね、仲間が危ないのに、それがわかっていて助けないのであれば、私たちの娘ではないわ。そういうことよティラ」

「母さん」

「いい仲間のようだものね」

「そ、それはもう。うん」

大きく頷いたら、母の目に涙がにじむ。

「こうして、子どもというのは親から離れて行ってしまうのね」

「それってもしや、もう家から通わなくていいってこと!」

喜び勇んで言ったら、おでこをパチンと弾かれた。

「いたたたーーーっ!」

反動と痛みで椅子から転げ落ちそうになる。

「そういうことではないわ。調子に乗らないのよ。これからも毎日、日暮れまでに戻ってくるに決まってるじゃない!」

「そ、そんなぁ」

ジンジン痛む額をさすりつつ、涙目で両親を見る。母は憤慨しているが、父の眼差しは気の毒そうでもあり、愉快そうでもある。

「それで、今日の依頼はどうだった? ドラブ草の採取はうまくやったのか?」

食後、暖かい飲み物をいただきながら、いつものように父が尋ねてきた。

「ドラブ草の採取は達成できたし、大量の魔蜥蜴と魔大蜥蜴も一匹いてね、魔大蜥蜴はキルナさんが討伐してくれたの。けど……」

「うん? なんだ、何か問題があったのか?」

「魔大蜥蜴が間髪入れずに毒を吐いてきて、結界でカバーしようと思ったんだけど、ゴーラドさんがわたしを庇おうとして毒を浴びちゃったんだよね。すぐ毒消しをしたから大事には至らなかったんだけど」

そう報告したら、父は満足そうに頷く。

「パーティーを組むというのは、やはり悪くはないな」

「まあそうね……ティラの経験にはなるわね」

父の言葉に、母も仕方なさそうではあるが納得を見せる。

なんか、いい感じだよね。これならば、日帰りという縛りももうすぐ解禁となるかも。

「それで? 他には依頼を受けなかったのか?」

「受けたよ」

ティラは魔蛇の大群を処理したこと、そして先に少し話しておいたゴーラドの槍が折れた経緯も詳しく伝えた。

「カカラがあったの?」

母が食い気味に聞いてくる。

「うん。マカルサの町の周辺はカカラの低木が群生してた」

「そう、あの辺りにねぇ……」

母の瞳が怪しく光る。

これは明日にでも、カカラの実を買い占めに行く気かもしれない。

「あっ、そうそう、これが今日のお土産です」

思い出し、ティラはポーチから魔蛇入りの壺を取り出して母に差し出す。

「あら、ありがとう」

魔蛇もかなりいい素材になるはず。母もホクホク顔だ。

「ティラ、魔蜥蜴とドラブ草は?」

さらに催促され、「ないよ」と言ったら、がっかりされてしまった。

「パーティーで依頼を受けての成果なんだ。ティラが勝手に持ち帰るのは無理だぞ」

「まあ、そうよね」

「さあ、ティラ。明日も早いんだろう? 早く食べて寝た方がいいぞ」

そうだった。また冒険者の調理場で朝食の用意をしなきゃ。

明日からも、これまでのようにキルナやゴーラドと冒険者を続けられるという事実に、喜びが膨らんでいく。

パロムはかなり大きな町のようだったし、いろんなものが売ってるに違いない。

大剣も絶対あるよね。

よーっし、明日こそ大剣をゲットするぞぉ。

「ごちそうさま。おやすみなさーい」

「歯磨き忘れないのよ」

「わかってるーっ」

ティラは急いで歯を磨き、自分の部屋に戻るとすぐさまベッドに潜り込んだ。

明日からも、これまでと変わらず三人で冒険ができるのだ。それが泣きたいほど嬉しかった。





つづく



 
   
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