冒険者ですが日帰りではっちゃけます



73ゴーラド 〈謎の勇者〉


「やれやれだったな」

椅子に腰かけたところでキルナが言う。

ここは、町の方で手配してくれた宿屋の一室だ。キルナもすぐに寝る気になれないと、ゴーラドの部屋にいる。

魔牙狼の大群を壊滅してくれた恩人という扱いで、ずいぶん豪華な部屋を用意してくれたようだ。

パロムの町にようやく辿り着いたが、そのあとなかなか解放してもらえなかった。まずは警備団の詰め所に連れていかれ、質問攻めに遭ったのだ。それから冒険者ギルドに移動して、最後には町長とも面会。

「魔牙狼を、俺らふたりで討伐したと思われてしまったが……」

ゴーラドは苦笑いしながら口にする。

パロムの警備隊長によると、一週間ほど前、魔牙狼の大群が森に移動してきていることが冒険者によって発覚したらしい。だが、それとわかっても手の打ちようがなく、ともかく町を襲撃されないようにと、町兵に冒険者総出で警備を続けていたらしい。

そこにキルナとゴーラドが森から出てきた。

最初は魔牙狼だと思われて矢を射られたわけだが……

魔牙狼に襲われたこと、それを退治したことを伝えたが、キルナの指示で、大量の魔牙狼が何者かによって殺されていたことは口にしなかった。

もう残っていないはずだと告げると、町兵たちは警戒しつつ森に様子を見に行った。そして戻ってくると、魔牙狼の死骸を確認し、すでに生きている魔牙狼の姿はなかったと報告した。

結果、キルナとゴーラドのふたりで、魔牙狼を全滅させたということになってしまい、英雄扱いされた。
それで明日、褒賞金をもらえることになってしまったのだが……

「まあ、致し方なかったからな。妖魔だのの話を持ち出したりしたら、せっかく解決したと喜んでいるのに、また恐怖を煽ることになる」

「やっぱり、妖魔がやったんだろうか?」

「その可能性もあるだろうが……」

「うん? 他に何かあるのか?」

「ティラだ」

「えっ、ティラちゃん? キルナさん、そりゃあどういうことだ?」

「前に似たようなことがあったんだ。マカトのギルドで、不審な魔獣の死骸が発見されて、原因がわからずにいて、情報を集めているとな。お前は聞いていないか?」

「聞いた。まさか、それがティラちゃんの仕業だったってのか?」

「ああ、妖魔の仕業かと思ってティラにその話をしたら、それは自分がやったと自白した」

マジかよ!

「魔獣の死骸は額を打ち抜かれていたって話だったが……魔牙狼の方もそうだったのか?」

「暗かったし、額の辺りを打ち抜かれているかまでは確認できなかったが……」

「ティラちゃんだとしたら……あの子は俺らと別れてから、魔牙狼をせん滅させたってことになるが……なら、なんで俺たちに言わなかったんだ?」

「せん滅する方法を、秘匿にしたいからなんじゃないかと思う」

「あー」

なんとなく納得だ。けど、魔牙狼をあっさりせん滅させるほどの魔道具って、いったいどんなものなんだろうな? 興味が湧いてしょうがない。

「そうだ、ゴーラド、ティラから借りたその槍、見せてくれないか?」

キルナが手を差し出してきた。その表情、ずっと気になっていたようだ。

ゴーラドは自分の脇に置いていた槍をキルナに手渡した。

「本当に綺麗な刀身だ。何が使われているんだろうな?」

「宝石みたいだよな。それに石突につけてある石も見たことのないものだし。とにかく切れ味がすさまじいんだ。力が必要ないくらいだった」

ティラちゃんときたら、凄い武器を持ってるもんだ。

「切れ味を試してみたいもんだが……」

そう言って、キルナは部屋をキョロキョロ見回す。何か試しに切れる物はないかと探しているようだったが、おもむろに自分の鞄から包みを取り出す。

たぶん肉だな。

包みを床に置いたキルナは、すっと槍を持ち上げ、肉に刺した。

槍の先は肉にめり込み、二十五センチはある刀身は口金まで床に刺さってしまったようだ。

「お、おい! キルナさん、そいつは不味いぞ」

キルナは少し固まっていたが、すっと槍を引き上げた。

どう考えても、床を突き抜けたよな。

「うむ。切れ味という範疇を超えていたな」

そんな冷静な声を発しつつ、肉の塊を鞄に戻す。

床を見ると、槍の刃が突き抜けたと分かる穴が開いてしまっている。

「よし、たいして目立たないな」

キルナは問題ないとばかりに言うが……

ま、まあ、これくらいなら許容範囲か? ということで、どうしようもないし、ゴーラドもそれで済ませることにする。

「ティラは、昔使っていたと言っていたが……つまり、あいつは槍を扱えるってことだよな?」

「そうなんだろうな」

「なら、槍でいいじゃないか。なんであれほど大剣にこだわるんだ」

「かっこいいから……だろ?」

ふたりは見つめ合い、それから思うさま笑った。


◇ ◇ ◇

翌朝、ドアをトントン叩く音で、ゴーラドは目を覚ました。

キルナさんか?

もしや、寝坊しちまったのか?

焦って起き上がり防具を急いで着込む。そして、槍を背負い、バッグを腰に下げると、ドアに向かった。

「キルナさん、遅くなって……」

声をかけながら外に出たら、見知らぬ若い女性がいた。ゴーラドを見て、にこやかに「おはようございます」と挨拶してくる。

「あんた誰だ?」

「ゴーラド様とキルナ様のお世話を任されました者でございます。朝食のご用意をさせていだたきましたので、ご案内に参りました。ゴーラド様、まだ寝ておいででしたか?」

「ああ……朝食と言ったか?」

「はい。ゴーラド様とキルナ様は、この町の英雄です。十分におもてなしするようにと言いつかっております」

英雄だ?

「いや、そういうのは必要ないし、名前に様もつけてもらわなくていい」

「そうはいきませんわ」

頑として首を横に振られ、ひたすら困る。

そうだ。キルナさんを……

ゴーラドは隣の部屋のドアを叩く。

「キルナさん、キルナさん!」

呼びかけるが返事がない。まだ寝てるのか?

だが、あのキルナが、ドアを叩かれても気づかないはずはない。
つまり、もう部屋にいないということになるな。

どこに行ったんだろう?

「悪い。飯はいらないんで、これで失礼する」

「えっ?」

世話係らしい女性に引き止められる前に、ゴーラドは走って宿を出た。
寝起きに顔も洗わなかったなと思ったが、もう一度宿に戻る気にはなれない。

歩きながら地図を出して確認したら、すぐ近くにいた。しかもティラも一緒のようだ。ふたりの印は動かない。

地図の印を頼りに向かったら、冒険者の休憩所に辿り着いた。
そこにはもちろんキルナがいて、ティラと一緒に朝飯を食べていた。他に誰もおらず、貸し切りだ。

「ゴーラドさん、おはようございます」

ゴーラドに気づいたティラが、元気に挨拶してくれる。

「ああ、ティラちゃん、おはようさん」

さて、昨日の魔牙狼、やはりティラちゃんがやったのだろうか? キルナさんはそれについてもう尋ねてみたのか?

「遅いぞ、ゴーラド。お前ときたらいつまで寝てる」

キルナらしい叱責に、ゴーラドは苦笑する。

「キルナさん、起こしてくれよ」

「知るか」

そっけなく言われるが、こういうやりとりも楽しく感じる。

「キルナさんったら、キルナさんもいま来たばかりなのに」

「そうなのか?」

「こいつより五分は早かった」

なんだ、ほんの少しの差だったんだな。
それにしても、今日のキルナの服装はいつもとまったく雰囲気が違う。いつもは黒一色だが紺の上下で防具はシルバーだ。意外に色々と持ってるんだな。

ゴーラドの方も、防具はこれ一つきりだが、着替えの服は数着ある。あの宿屋で風呂にも入らせてもらえたので、昨日とは違う服を着ていた。

ティラはすぐさまゴーラドの飯の準備をしてくれ、感謝しつつ席に着く。

「俺らの世話係ってのがやってきて、驚いちまったぜ。俺ら英雄だそうだ」

食べながら先ほどの出来事を伝える。

「まあ、そうなるだろうな。朝飯を食ったら、すぐに町を出るとしよう」

キルナの言葉に、ティラが「えーっ」と、不服そうに叫ぶ。

「もう出発するんですか? わたし、お店とか見て回りたいのにぃ」

「お前は大剣が見たいんだろう?」

「まあ、一番はそうですけど。この町に来たのは初めてなんで、お菓子のお店とかも覗いてみたいし、あれこれ珍しいものがあるかもしれないですよ」

俺も正直言えば、この町を見て回りたいんだが……のんびりしていたら、絶対に面倒事に巻き込まれるよなぁ。

「それより……ティラ」

キルナが食べながらティラに話しかけた。

「なんですか?」

「昨日私たちが抜けた森に、魔牙狼の大群がいたんだが……」

「そ、そうなんですか? それは大変でしたね。おふたりとも大丈夫でしたか?」

言葉がなんともしらじらしい。これはティラちゃんで決まりだな。

だが、妖魔の線はなくなったとわかり、ゴーラドはほっとした。

「妖魔ではないかと思ったんだが……やはり、お前か?」

「えっ、妖魔? ……わ、わたしはおふたりと別れて、すぐに家に帰りましたよ」

「神に誓ってそう言えるのか?」

キルナに凄まれて、ティラの目が泳ぐ。

「いったいどんな技を使って魔牙狼を仕留めたんだ?」

キルナに問われたティラは、微妙な顔で口ごもる。しばし、上を向いたり左右を見たりしていたが……

「それ、きっと謎の勇者がやっつけてくれたんですよ!」

謎の勇者だ?

思わずキルナと目を合わせてしまう。

「だから、わたしたちは何を気にすることもなく、この町で好きなだけ買い物して、次の町に行けばいいんですよ」

「ティラちゃん、どうやって仕留めたのか聞かせてくれ」

ティラの戯言に耳を貸さず、ストレートに聞く。

「だから違いますって! 絶対、謎の勇者ですよ」

必死になってティラは言い募る。

「ティラ、正直に言ったら、武器屋を覗きにいってもいいぞ」

キルナが強烈な餌で釣る。

ティラは目を見開き、数秒固まっていたが、最後にがっくりと肩を落とした。

「買い物……諦めます」

物凄く無念そうだ。

どうあっても、魔牙狼をいかにしてせん滅させたかは口にできないという事らしい。
謎の勇者か……

勇ましく勇猛な男を想像してしまうが……実際は、このティラちゃんなわけだ。

しかしどうやったのか……めちゃくちゃ気になるよなぁ?

「あ、そうだ……ゴーラドさん、これ」

テンションをだだ下がりさせたティラは、ウエストポーチを探り何か取り出す。

「父さんが、ちゃんとした武器がないと困るだろうからって……これ、父さんのお古なんですけど」

お古なのか、これが?

とんでもなく見事な槍だった。手にして、自然と身震いしそうになる。

「スキルが色々ついてるので、急に発動して驚かないようにって、言ってました」

「は? スキルがついてるって、ティラちゃん、そりゃどういうことだ?」

「技が発動するんです。条件が揃わないと発動しないんですけど。偶然が重なったりして条件が揃うと、ゴーラドさんの意志に関係なく発動しちゃうかもしれないって。だから、いい槍が見つかったら、こっちは返してくれればいいってことでした」

「よくわからないんだが」

「まあまあ、ゴ、ゴーラド落ち着け」

いや、俺は普通に落ち着いてるぞ。落ち着きを失っているのはどうみてもキルナさんだ。

「こいつは、と、とんでもない代物だぞっ! スキルのついた武器など、そうそうないからな!」

いつものクールな表情は消し飛び、キルナは大興奮している。

「私にも、ちょっと触らせてくれ」

手を差し出され、ゴーラドは素直に渡せなかった。

「なんとなく、いま渡したら戻ってこない気がするんだが……俺の考えすぎかな、キルナさん?」

その言葉で、キルナは瞬時に冷静に戻ったようだった。

ゴーラドと目を合わせ、「すまない」とクールに謝ってくる。

「とにかくゴーラドの武器が手に入ってよかった。これで心置きなくこの町を出発できるな」

それまでの自分の態度をなんとか取り繕おうとしているようだが……キルナさん、かなり無理を感じるぞ。

それはともかく……

ゴーラドはティラに向き、笑みを浮かべた。

「それもこれも謎の勇者様のおかげだな。ありがとうな」

物凄く顔をひきつらせたティラの頭を、ゴーラドは感謝を込めて撫でたのだった。





つづく



 
   
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