冒険者ですが日帰りではっちゃけます



74 キルナ 〈熱意と欲の空回り〉


くそぉっ。ゴーラドだけあんな凄い武器を手に入れて、羨ましいったらない。

キルナの剣もそれなりのものなのだが、あの槍に比べたら足元にも及ばない。

しかし、どうやってスキルを発動させるのだろうな? どんなスキルが仕込んであるのだろう?

気になる。ああ、気になる。

「なんか、まずいな」

ゴーラドが口にし、キルナに「どうする?」と尋ねてきた。
槍のことやらスキルのことやらで頭がいっぱいで、周りが見えていなかったキルナだったが、一瞬で正気に戻り、周りを見回してみる。

うむ。周囲がいささか騒がしいようだ。

「警備兵が総出で、俺とキルナさんを探し回っているようだぞ」

ゴーラドがこそこそと耳打ちしてくる。

ああ、そのことか。そうなるだろうと思って、ちゃんと策は取ってある。

「気にするな。この町は大きいし冒険者はそこらじゅうにいるし、我々の人相を知っている者はそんなに多くない。なにより昨日とは服装が違う。素知らぬふりで町を抜ければ問題ないさ」

その話を聞いて、ティラがふむふむと頷く。

「それでキルナさん、今日は漆黒さんじゃないんですね」

漆黒さん? 面白い呼び名に笑ってしまう。

「まあ、そういうことだ」

「けど、いったい何が問題なんですか? 身元がバレると……むぐっ」

キルナは周りを警戒し、じゃれ合っていると思われるような動きで、ティラの口を塞いだ。

「それについては町を出たら話す」

潜めた声で伝え、ティラがこくこく頷くのを見て口を解放してやる。

視界の隅に、さきほどからこちらを気にして見ている警備兵がいる。声をかけようか迷っている様子だ。いま目を合わせてしまったら、絶対に声を掛けられる。

キルナはなるべく自然に視線を北へと向け、遠くの山を見つめた。そして少しばかり早足になりつつふたりに話しかける。

「この道をまっすぐ突っ切って北門を抜け、山の方に出るぞ。あの山の向こうはガラシア国だ」

そう伝えると、ゴーラドが「おおっ!」と感激した声を上げる。

「俺、国を出るのは初めてだ」

「そ、そうか」

まずい! 警備兵が駆け寄ってくる。

「あの、ちょっとよろしいですか?」

丁寧に声をかけられてしまい、顔をしかめそうになる。

万事休すか?

もちろん無視して逃げ出したりしたら、不審人物として捕まえようとするだろう。

仕方なく立ち止まり、ゴーラドを見ると苦い顔でソワソワし始めた。

おい、冷静にしてろ! と怒鳴りたいが、そんなわけにもいかない。

「すみませんが、冒険者カードを拝見させていただけませんか?」

キルナは内心舌打ちした。

カードを見せたら、当然身元は判明してしまう。だが見せない選択はない。

諦めてカードを取り出そうとしたら、ティラがぴょんと前に出た。

ポーチからいそいそと自分のカードを取り出し、「はーい、どうぞぉ」と、嬉しそうに警備兵に見せる。

「わたしはティラです いまFランク+5ですっ」

めいつぱい背を逸らし、胸を張って警備兵に名乗る。

警備兵は眉を寄せ、それからティラのカードをちらりと見て、「ああ、お前達、もう行っていいぞ」と、ティラにカードを返却すると、横柄に手を振った。

警備兵から離れ、どうにも笑いが込み上げる。ゴーラドも必死になって笑うのを堪えていた。

「なんか、初めは感じのいい人だと思ったのに、ずいぶんと失礼さんでしたねっ!」

頬を膨らませたティラは、後ろを振り返り、先ほどの警備兵を睨みつけて文句を言う。

だがティラのおかげで、あっさり解放してもらえたのだ。

「助かったぞ、ティラ」

頭を撫でたら、「助かったって、どういうことですか?」と聞いてくる。

「その話も後でだ」

ティラは首を傾げたが、「キルナさんたちが助かったんなら、良かったですけど」と少し機嫌を直したようだった。

「あっ、そこ、武器防具屋さんですよ。ちょびっとでいいから覗きません? ゴーラドさんの防具の替えもあった方がいいと思うんですよぉ」

もちろん防具の替えはあった方がいいのだが……いまはスルーだ。

「町を抜けるのが先決だ」

武器防具屋に駆けこもうとするティラの右腕をキルナはむんずと掴む。すると、ゴーラドも反対の腕を掴んだ。

そしてふたりは、嫌がるティラを武器防具屋から強引に引き離したのだった。


◇ ◇ ◇

パロムの町を抜けた後の山道は、険しくはあったが、たいした魔獣は現れず、順調に進めた。

山道が終わったそのあとは、広々とした平原へと出た。

昼も過ぎていたため、ここで昼飯を取ることにする。

ガラシアとラッドルーアの関係は良好で、たくさんの人が行き来している。国境付近には大きな町はないのだが、旅人のために宿場町が点々とあるのだ。

「ガラシア国に入るまで、どのくらいですか?」

「そうだな。順調にいけば三日ってところかな」

「いよいよなんだな」

ゴーラドはティラが調理してくれたあぶり肉を食べながら興奮気味に口にする。

キルナもあぶり肉にかぶりついた。
魔鴨の肉で、スパイスが利いてとても旨い。

この魔鴨はティラが弓で仕留めたのだ。通りかかった湖に魔鴨がのんびり水を掻いているのを見て、唐突に弓を取り出し、瞬時に矢を放った。

槍も弓も所持していて、こうも巧く扱えるなら、大剣など必要ないじゃないかと言ったが、聞く耳を持ってくれない。困った娘だと苦笑するほかない。

「それにしても、この辺り、綺麗な景色ですね」

ティラは自分の弁当を食べながら周りを見回して言う。

あちこちに花が咲いているし、川岸に沿って生えている大きな葉っぱをつけた樹が、大きく枝を広げている。

「けっこう魚が泳いでるな。ちょっと釣りでもしてくか?」

ゴーラドが冗談めかして言った。

「ゴーラドさんも、釣り好きなんですか? 楽しいですよね」

「それがやったことがないんだ」

「えっ、そうなんですか?」

「俺は武器が槍だし、突いて獲る方が早いからな」

「ああ、そういうことなんですね」

「両親が早くに亡くなっちまったから、俺は兄貴に育ててもらったんだ。当然、暮らしはそんなに余裕はなかった。俺も自分にできることを精一杯やって毎日が過ぎてく感じで……のんびり糸を垂らして釣るなんてしたことない。けど、憧れではあったな」

なんともしんみりとした空気になる。

ちらりとティラを見ると、予想した通り、泣きそうな顔になり瞳を潤ませている。こいつ、こういう話に弱いんだよな。

「釣りましょう!」

ほーら、出た。

それからティラは、当たり前のようにウエストポーチから、釣りに必要な道具を引っ張り出す。

ほんとになんでも入っているな。

苦笑していたら、キルナにも釣り竿を渡してきた。

「私も釣るのか?」

「誰が一番釣るか、勝負ですよ」

「それって、一番になったら、何か賞品が出るのか?」

なんとなく聞いたら、「そうですねぇ」と真剣に考え込む。

キルナとしては、ゴーラドが返したティラの槍なら、俄然やる気が出るのだが……

「俺は、その……弁当がいいな」

は? 弁当だと?

照れ臭そうなゴーラドに絶句していたティラが、思った通りガバッと抱き着いた。

「ゴーラドさん。そんなものくらい、いつだって用意しますよ!」

「ほんとか? けど、なんか催促しちまったみたいで、悪いな」

恥ずかしそうなゴーラドに、胸の辺りが妙にもぞもぞするというか、シクシクするというか……

「それじゃ、賞品はお弁当ということで」

「ちょっと待った!」

「キルナさん?」

「それだと、もし私が勝ってしまったら、ゴーラドは弁当を手に入れられないぞ」

「ああ、そうですよね。ゴーラドさんが優勝するとは限りませんもんね。私が勝っちゃったりしたら、それこそ意味ないですね」

「そうだろ。賞品をもっといいものにしてくれると、私もやる気が出るんだが」

「いいもの?」

呟いたティラは、何かいいことを思いついたようで、急に瞳を輝かせた。

「それぞれが欲しい賞品に決めればいいんですよ。ゴーラドさんはお弁当、キルナさんは何か欲しいものを決めてもらって、わたしもお願いを聞いてもらうってことで」

ははあ。ティラのお願いは聞かずとも決まっている、大剣だ。

しかし、欲しいものを決めていいというわけか……

「その言葉、撤回はないな? ティラ」

含み笑いをしつつ尋ねたら、ティラは眉を寄せる。

「キルナさん、何か欲しいものがあるんですか?」

「私は槍だ。お前の槍」

「あれでいいんですか。もう使ってないんで構いませんけど」

よしっ! これで決まったな。

「ゴーラド、お前、なんでも欲しいものをもらえそうなのに、本当に弁当ごときでいいのか?」

「ああ、俺は弁当がいい。ティラちゃんにはすでにとんでもなく高価なものをあれこれいただいちまってるからな。これ以上だなんてバチが当たる」

欲のない男である。まあ、本人がいいなら、それでいいだろう。

ということで、最初に十匹を釣り上げた者が優勝とし、それぞれの熱烈な思いを賭けて、釣り大会は開始された。



つまりは……熱意と欲の空回りってことか……

キルナの惨敗だ。釣りは向いていないと証明された。少々、気が短すぎたようだ。

思うように釣れないものだからかんしゃくを起こし、釣り竿を折ってしまい、あっけなく終了となった。

そして十匹を先に釣り上げたのは……

「やったー、やったー、やったーーーーーっ!」

そう、大はしゃぎで飛び跳ねているこの娘だ。

ついに大剣を買うことになってしまったか。

だが、大剣というのは、よほどガタイのいい大男でないと使い勝手の悪い武器だ。
キルナ自身も一応扱えはするのだが、旅には不向き。ティラも、実際身に着ければ納得するだろう。





つづく



 
   
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