冒険者ですが日帰りではっちゃけます



87モーランド〈失墜〉


時は少しばかり遡り……本日早朝のこと。
ガラシア国王都の騎士団に所属しているちょび髭のモーランドは、三十名の部下を前に偉そうに訓示を垂れていた。

王都騎士団第五団第二十三部隊。それがモーランドの率いる部隊だ。

コネを使いまくって騎士団の隊長に任命され、手柄を上げてすぐに団長になってやろうと野望を抱いていたのに、まったくその機会が得られずにいたが、ようやくだな。

ふっふっふ。ぶふっふっふーっ。

ちょび髭を吹き飛ばす勢いで笑いを飛ばす。

昨日はアラドルの町の警備団の中央本部の団長と面会した。
我ら騎士団が討伐に向かう直前、警備団は緑竜討伐に赴いた。まるで我らに手柄を上げさせまいとするかのように……

いや、きっとそうなのだろう。だが、やつらは二体討伐したのみで、死傷者までだし、這う這うの体で逃げ帰ったらしい。
まったく馬鹿者どもめ。

だが、これで舞台は整った。誇り高き騎士の力を見せてやろうぞ。緑竜など恐れるに足らずだ。

王都近辺に出没する緑竜は、すでに何度も討伐している。まあ、我らの隊ではないのだが……しかし、騎士団としての力量は同じ。他の隊にやれたものなら、我らでも間違いなくやれる。

竜ではないが、魔黒熊などは容易く討伐しているのだ。もちろん部下たちで。
私の仕事は指揮官だからな、命じるのが仕事。血なまぐさい戦闘は当然部下の仕事だ。

話しによれば、緑竜は群れをなしているらしい。危険だと警備団の団長から煩く言われたが、逆に好都合というものだ。
まとめて十体くらい討伐すれば、大手柄となろう。王より勲章を与えられるかもしれんな。

美味しい目論みを胸に、馬にまたがったモーランドは部下に出陣の号令をかけ、アラドルの町を意気揚々と出発したのだった。





数時間後、何の問題もなく危険区域に入った。
話に聞いていた通り、道は作られていて魔馬でも楽々進んで行かれた。

あとは緑竜が出てきてくれれば、討伐して凱旋するのみ。

ウキウキしつつなかなか出て来ない緑竜を待ち望んでいたら、ついに現れた。

「おおっ、来たぞ! 皆の者、かかれっ!……あ、いや違った。まずは魔法……いや、弓だな。矢を放てぇーい」

少しばかり間違えてしまったが、ご愛嬌だ。数人吹いた部下がいて、しっかりと記憶にとどめておくことにする。

だが、部下たちは有能であった。
魔力の込められた矢が放たれ、緑竜をめった刺しにする。だがさすがに竜だ。致命傷とはならず大暴れしだした。

「呪縛の魔法放てぇ」

モーランドが慌てふためいている間に、副隊長であるナクサが凛々しい声で指示を出す。

おおっ、それでよい。

よしよし、使えるではないかナクサよ。

このナクサは、モーランドが第二十三隊に就任当初、それはもう態度が悪かった。モーランドにいちいち盾突いてきたのだ。

むかっ腹が立ち、除籍処分にしてやろうと思っていたところで、急に従順になった。これも私の徳というものだろうな。

得々としていると竜は呪縛の魔法にて、ドオンという地響きとともに地面に墜落した。待ち構えていた部下が、剣や槍でトドメを刺しに行く。

まったく、簡単じゃないか。

「よーし、次だな」

目標は十体だ。さあ、次の緑竜よ、早くやってこーい。

空に視線を向けたら、なんとモーランドの願いに応えるかのように姿を現した。まっすぐにこちらに向かってくる。

「隊長、まずいですよ!」

大喜びで両手を上げて腕を振り回していたら、ナクサが焦った声を上げた。

「何がまずいんだ?」

「なぜか群れできます。二体、いや三体……う、嘘だろ……」

どうしたというのか、ナクサの顔色がどんどん悪くなっていく。周りの部下を見ると、同じように青ざめている。

「なんだ、どうした? 来たならさっきのように討伐すればいいことだろうが」

「む、群れでくるなんて、あ、ありえない……」

モーランドの言葉が耳に入っていないのか、言葉をうわずらせてナクサは口にする。

「おい、副隊長、人の話を聞けっ!」

怒鳴っている間に、緑竜は目の前までやってきていた。

モーランドの指示を受けずとも、矢が放たれ、呪縛の魔法が放たれた。だが、三体同時だったためか統制が取れず、矢は逸れ呪縛の魔法も外れてしまった。

「なにをやっている! もう一度矢を……う、うわーっ」

緑竜が低空飛行してきて尻尾を振り回した。
数人が枯れ木のように吹き飛ばされた。モーランドも爆風を食らって地面に転がった。さらに、別の緑竜が騎士たちに爪を突き立てようと襲い掛かる。

数分もすると隊は乱れ、魔馬はいななき暴れ出す。
みるみる怪我人が続出しはじめた。

「退避! 退避!」

ナクサが必死に叫ぶ。

「ダメだ! 退避などしてはならん!」

モーランドは怒り心頭で怒鳴ったが、緑竜が目の前に迫ってきて、「ひいーーーっ」と悲鳴を上げて地べたを這いまわることになった。

退避などできる状況ではなく、状況はどんどん悪くなる。
さすがのモーランドも死を意識する。

に、逃げなければ……
だが部下を見捨てて逃げたとなれば、悪評を受けることになる。

それが嫌なばかりに、逃げるという選択肢を選べないでいたそのとき、唐突に戦況が変わった。

緑竜が逃げていく。

そして場は静まり返った。

「な、なにがあった?」

背を向けているナクサに聞くと、ゆっくりと振り返ってきた。

「さあ?」

短く答えたナクサは、負傷した仲間を助けに向かう。他の者も無事な者たちは忙しそうに駆けまわっている。討伐した緑竜の一体も、魔道具の袋に回収された。

「回復薬はもうないのか?」

「はい。手持ちはすべて使い切りました。魔力も尽きてしまい、癒しの術も使えません」

「わかった。すぐにアラドルに向かう。魔馬に自力で乗れない者に手を貸してやれ」

「はっ」

ナクサと部下たちのやり取りを聞いていたモーランドは、異議を唱えたくなったが、さすがに口に出せない。

だが、まだ討伐できた緑竜は一体だ。これでは警備団に負けてしまっている。
十体討伐して凱旋する予定だったのだぞ!

まだ欲が捨て去れないが、死にたくもない。

隊長であるモーランドを無視して、ナクサの指示で来た道を戻り始めた部下の後に、モーランドは慌てて続く。
置いて行かれたところで緑竜が戻ってきたら恐怖である。

鬱々とした気分で最後尾をついて行っていたモーランドだったが、うまい言い訳を思いついてにやりと笑った。

そうだ。いくら探しても緑竜は一体しか現れなかったと報告すればいいのだ。それに怪我人は出したが死人はいなかった。私の面目は保たれる。

魔馬を急かし、先頭まで出てナクサと並ぶ。

あとはこいつを言い含めればいい。こいつだって、体面を保ちたいはず。嫌とは言うまい。

「副隊長。上には、緑竜は一体しか出なかったと報告する。いいな」

命令口調で言ったら、ナクサは肩を竦めた。

よし。態度は悪いが了解と取ってよいな。

こいつは、癪ではあるが私より部下に慕われている。こいつの言葉なら部下も言う事を聞くだろう。

言い訳も体面も立ち、いい気分で帰り道を進んでいたモーランドは、目の前の光景に意表を突かれた。

こ、これはどうしたことだ?

冒険者と思しき男女、そしてローブ姿の女がひとりいる。

この危険区域に入れるのは騎士と警備兵以外では、冒険者だ。この者たちも冒険者に違いない。
だが、驚かされたのはそんなことではない。緑竜が三体転がっているのだ。魔核石を取り出したようで、胸に大きな亀裂が入っている。

竜の鱗はとんでもなく固い。いったいどんな刃物を使ったのか? こんなに綺麗に切れるものではないはず。

困惑していたら、ナクサが前に出て、馬からさっと降りた。

「あなた方は冒険者ですね?」

「ああ、そうだ」

男が答えた。それに対し、ナクサはこちらの素性を伝える。

そこでモーランドはいいことを思いついた。
この三体の緑竜を持ち帰れれば、四体になるではないか。

「おいお前たち、この緑竜を買い取ってやろうではないか」

「隊長、何を言い出すんです?」

ナクサが諫めてくる。

「わかっておらんな。四体になれば、大手を振って帰れるのだぞ」

周りのやつらに聞こえぬように小声でナクサに伝える。
するとナクサが呆れたようなため息をついた。

「そのような言葉こそ、体面を失墜させるのではありませんか?」

見れば、周りの全員がモーランドに冷たい目を向けてくる。

「う、うるさい! わ、私は隊長だぞ!」

怒鳴りつけたが、ナクサは無視して男に話しかけた。

「我々の方にいた緑竜が三体、一瞬にしてこちらの方向へと消えたのですが、どのような魔術でそんなことができたのですか?」

そんな話をしている間に、転がっていた緑竜は、黒装備の女とローブの女のふたりで魔道具にしまい込んだらしく、消えてしまった。

うぬぅ。

うまくいかないことに唇を歪めていると、ローブの地味な女がナクサの方に歩み寄ってきた。

「怪我人はいませんか?」

「あなたは、もしかして治癒が使えるのか?」

「はい」

「ならば、お願いできるだろうか?」

ナクサときたら、ただの冒険者相手に騎士の面目もなく、平身低頭の態度だ。

「了解です」

「おい、無料奉仕は駄目だぞ。しっかり治療費をもらえよ。いいな」

黒装備女の最後の『いいな』は、ナクサに言ったものだ。

「もちろんです」

ナクサは了承し、ローブの女を怪我人の元に案内する。冒険者の男と女もついて行った。

イライラして仕方がない。緑竜は手に入れられなかった上に、部下には不信の目で見られ、最後は無視ときた。

ひとりで先に帰ってしまいたかったが、この危険区域には緑竜だけでなく魔獣も生息している。
行きも魔狐の集団に襲われたのだ。もちろん部下たちがあっさり処分してくれたが、腰の剣は飾りで、剣を扱えないモーランドがどうにかできるわけがない。

くそぉ。王都に帰ったらこいつら全員不敬罪でクビにしてやる!

内心で息巻いている間に、怪我人の治療が終わったのかナクサが戻ってきた。

「では、出発する」

後方に向けて声をかけ、魔馬を進め始めた。

「お、おいナクサ。あの者どもはどうした?」

そう聞いたら、ナクサは魔馬をとめた。

「わかっていますか? 我々はあの者たちに救われたのですよ。あなたは隊長として彼らに十分な礼を述べるべきだったと思いますがね」

強烈に責める口調だ。

「救われた? なんの話だ?」

「話になりませんね」

呆れた顔のナクサは後方に振り返って手を上げ、魔馬を進める。
置いて行かれそうになったモーランドは慌ててついて行く。

「あの者たちはどうしたのだ? たったふたりで緑竜を三体も討伐する方法があるんだろう? ナクサ、その方法をやつらに聞いてこいっ!」

その方法さえわかれば、緑竜を簡単に狩れるはずだ。

「彼らは森の奥に行きました。まだ緑竜を狩るそうですよ」

「なんだと。ならば我らもついて行くぞ!」

「ついて行ってどうするおつもりです?」

「決まっているだろ」

そう怒鳴ってナクサと目が合い、その冷え冷えとした目に当てられ、モーランドは二の句が継げなくなった。

「状況はよくわかりました」

そう口にしてふいに前に出てきたのは、見習い騎士の男だ。

「状況? どういうことだ?」

「実は、私は騎士団監査員です。こちらの隊から、現状を調査してほしいとの嘆願をもらい、派遣されてきたのですよ」

騎士団監査員?

「王都に戻りましたら、正確に調査報告させていただきます。私感ではありますが……モーランド殿、あなたはあまりにも、誇り高き騎士団にはふさわしくない」

にこやかに伝えられた言葉に、モーランドは茫然とし、魔馬から転げ落ちた。不運なことに落ちたところに石があり、頭を思いきり打ち付けた。

残念ながら回復薬はもうないため、頭から血をダラダラと流しながら凱旋することになった哀れなモーランドであった。





つづく



 
   
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