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94 ティラ〈残念さんは誰?〉
空をかっ飛び、妖精族の里はあっさりと見つけられた。なにせ大量の緑竜が集まっているのだから、見逃す方が難しいというものだ。
それにしても、この緑竜たちは様子がおかしい。これまで討伐した緑竜たちもおかしかったけど、ここは特別普通ではない。まるで誰かが操っているかのようだ。そしてそれは間違いではなく……
あいつらだよねぇ。
白服の妖魔さんたち。こんなところにもいたとはね。
まったく何をやってくれちゃってるんだか。妖精族の里を、緑竜を操って襲うとは。
空を、幾重にも円を描いて飛びまわっている緑竜を狩りたいところだが、すでに里は妖魔族によって制圧されてしまっていた。
中央の広場に大勢の妖精族が集められ、結界により逃げられないようにされている。
そして緑竜を使役している妖魔が、円の下の中央に当たるところに立っている。
あいつは最後だな。
騒ぎにならないように、一人ずつ捕縛していくとしよう。
そして、こんな時に役に立つのは!
ジャジャーン!
と、心の中で効果音を入れ、ポーチの中から呪縛のロープを取り出す。
むっふっふ。呪縛には呪縛。
あっ、けど騒がれたら困るから、こいつも必要だね。
口封じテーープ!
これで準備オッケーだ。
愉快なことに、操られている緑竜は、ティラが視界に入っても何の反応も示さない。
これは使えるよ。
緑竜に紛れてしまえば、誰もわたしに気づくまい。
シュンと飛び、緑竜の背に乗る。べしべしと叩いてみたが、反応なしだ。
ああ、この場でざっくり狩りたいところだけどねぇ。
そんなことを思いつつ、地上を覗き込んで確認する。
白い服を着ているおかげで、妖魔の姿は簡単に視認できる。
なんかなぁ。妖魔ってやっぱりアホだよね。
自分凄いって思ってるせいで、隙だらけだ。
では、さっそく。
口封じのためのテープを呪縛のロープの先端にくっつけ、空中でくるくる回して狙いを定め、シュッと投げる。
ロープは狙った妖魔に巻き付き、口はテープで塞がれた。
はい、いっちょ上がり。
母さんの呪縛ロープ、有能すぎるね。
まずは試運転だったけど……
芋虫妖魔は呪縛から逃れようと必死になっている。
ありゃ、ちょっと失敗したか。意識を無くさないとダメだね。
というわけで、仮死状態にする液を口封じテープに染み込ませる。
もがいている妖魔さんは、周囲に誰もいないし気づかれそうにないから、とりあえずそのままでいいか。
その後は、うまく芋虫仮死状態に仕上げられ、次々捕縛していった。
まるで警戒してないから、サクサク進む。
広場に集められ、妖魔たちに見張られていた妖精族がひそやかに騒めきだした。それも当然、見張りが唐突に芋虫になったんだからねぇ。
これはどういうことだと驚いているようだけど、妖魔が怖いらしく、みんな動かずに様子を窺っているだけだ。
わたしとしては、ありがたい。
十六人捕縛完了したところで、残念ながら捕縛ロープが無くなった。
あとちょっとだったのになぁ。
残るは緑竜を操っているちょび髭のあいつと、その側に控えているやつだけだ。
では、こちらは直接行きますか。
ティラは気配を消し、見つからないように最大の注意を払いながら地上に降りて行った。
◆妖魔B
一方こちらは、妖精族の里を緑竜たちに襲わせ、里を占拠して得々としている妖魔。
「妖精族はどのくらい捕獲したのだ?」
「はい。すでにほぼ捕らえ、中央の広場に集めてあります。百ほど森に逃げたようですが、こちらは三人の追手を向かわせましたので、まもなく捕らえて戻ってまいりますでしょう」
「そうかそうか。むっふっふっふっふーっ」
笑いながら、ご満悦でちょび髭をつんつんひっぱる。
「緑竜が役に立ったな」
この妖精の隠れ里を見つけたのは偶然だった。
飛竜の中で一番下等な緑竜を操る術を編み出すため、我はかなりの年月を費やした。
そしてこの地域に緑竜が多く生息していることを突き止め、ここを拠点としたのだ。
人間どもを奴隷にし、跪かせるのが妖魔族の長きに渡る野望だ。そしてそれは、そんなに遠い未来のことではないと我は断言できる。
何せ我々は超優れているからな。むっほっほーっ。
古の戦いで、あり得ぬ劣勢を極めたのは、勇者と呼ばれし超人が現われたからだ。我らは人間ごとき虫けらに負けたのでは断じてない!
勇者がまたしゃしゃり出てくるのではないかという危惧が拭えず、ひたすら我慢の時を過ごしてきた。だが、もうあの勇者もいまの我らの敵ではない。我らはあの頃とは比べ物にならぬほど強くなった。
恐れるものはすでにないのだ!
まあ、そういうわけで、緑竜を使役する魔法をついに編み出した類まれな才能を持つ我は、ここを拠点に、さらにあちこちから緑竜を集めてきた。
そんな中、なんと部下の一人が、広範囲に及ぶ結界域を発見したのだ。
これほど広大な地域を結界で覆うとすれば、妖精族しかおるまい。そう考えて、結界を破る方法を探らせた。
この地域に緑竜を退治しようとやってくる愚かな人間を襲わせて楽しみながら、妖精族の結界を破る方法を探らせていたら、二か月経って、ついに結界を破ることに成功した。そして即座に緑竜を使って里を襲わせたのだ。
妖精族の里を血眼になって探している者も多いというのに、そやつらを出し抜いてやれたことも、気分がいい。
「我にできぬことはないのだ。ふわっ、はっはっはーっ」
高笑いして、またちょび髭をつつんつんと引っ張る。
この数日で、緑竜を大量に失ってしまい、テンションを落としていたんだが……まあ、それもいまとなればどうでもよい。
部下の報告だと、冒険者のキャンプ地を襲わせていた緑竜が、全滅させられたというのだ。
その前日も、一番目をかけていた緑竜がやられたとの報告を受け、悔しい思いをした。
まったく、虫けらのくせに、我の大事な戦力である竜を狩るとは、この里の次は人間どもだ!
緑竜など、また四方から集めてくればいいだけのこと、少々失ったとしても痛くもかゆくもないわ。
妖魔は空を見上げた。自分の使役の魔法で、従順に旋回している緑竜たちを悦に入って眺める。が、思っていた以上に数が減っているようだ。
うぬぬ。妖精族にかなりやられてしまったか?
だがまあ、結果的に圧勝したのだから問題はない。
しょせん妖精族など雑魚よ。捕らえた妖精族の女たちは欲しがる者が多いだろうし、男どもは我の屋敷で下僕として使うつもりだ。
妖魔族の中で、初めて妖精族の里を探しあて、全員を捕らえた。この素晴らしき功績で、我はついに妖魔族の王となるのだ。
王の座を狙っていた者たちは、それはもう悔しがるに違いない。
気に食わないやつの顔が浮かび、にやついてしまう。
あいつ、何やら自分の素晴らしき研究が最終段階に入ったとか言って自慢しておったが、この最近見かけない。
あやつよりも先に結果を出さねばと焦っていたわけだが、これで形勢逆転だな。
「むっふっふ、ひゃっはっはっはーっ」
ああ、いい気分だ。
髭をピンピンと引っ張ったその時、背後に何者かが音もなく現われた。
高笑いしていた妖魔は、いまや地べたに顔をつけて倒れていた。
◇ティラ
「これでおしまいかな」
意識を失っている妖魔を蹴って仰向けにし、ティラは仮死状態にした。そしてお約束の袋に放り込む。
それにしても、妖精族さんも捨てたもんじゃないね。相当数の緑竜が里の中にごろごろ転がっている。
しかし、里はかなり無残な状態になっていた。半分ほどは家屋が壊されてしまっている。
里を元通りにするのは大変だろうけど、脅威さえ去れば、なんとかなるよね。
うんうんと、ひとり納得して頷いたティラは、改めて空を飛び回っている緑竜を下から眺め、舌なめずりする。
「さて、緑竜さん、お待たせぇ」
声をかけて飛び上がる。
その頭の中では金貨の山がちらつく。
だが、緑竜の様子に、なにやら変化が起こっているのにティラは気づいた。
綺麗な輪を描いて飛んでいたのに、その輪がみるみる崩れていく。
し、しまった!
操っていた妖魔をやっちゃったからだ。
焦って緑竜を追ったが、散り散りになって飛んで行ってしまった。
多頭を追う者は一頭も狩れず……の残念極まりない結果となってしまったわけである。
「うそーーーーーーっ」
綺麗に晴れた空には、ティラの哀しい叫びが、それはそれは遠くまで響いたのであった。
つづく
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