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◇95長ヤカナ 〈勇者の恩恵〉
「うそーーーーーっ」という、哀しげな声が響き、広場の一か所に集められていた妖精族たちはお互いに目を合わせて戸惑った。
「いまのは何かの?」
里の長であるヤカナも、空を見上げて眉を寄せた。
先ほどまで旋回していた緑竜たちが消えている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
これから我々はどうなってしまうのだろうか?
暗い想像ばかりが浮かぶ。
まさか、妖魔族に捕えられてしまうとは……
突然緑竜の大群に襲われ、里はとんでもなく破壊されてしまった。弓や魔法でなんとか撃退していたのだが、緑竜は湧いて出るかのように数を増やし、劣勢になってしまった。
すでに耐えられる状況ではなく、せめて若い者だけは救おうと、里の勇士でありヤカナも特別目をかけてきたソーンに、みなを連れて逃げるよう命じた。
彼らが里から逃れたあたりで、なんと妖魔族が現れたのだ。
数は少ないものの、妖魔の攻撃魔法にまったく対抗できず、情けないことにあっさり捕まってしまった。
逃げた者たちだけでも、逃げ延びられるといいのだが……
唯一の望みは、誰より頼りになるソーンだ。彼がいれば、逃げた者たちはなんとかなるかもしれない。
しかし、長であるにもかかわらず、里の者を守ることができなかったとは……情けない!
もっと結界域の外に注意を払うべきだった。
里は強固な結界で守られている。それを破られるなどということは絶対にないと、儂は慢心しておったのだな。
妖魔は太古の昔からの宿敵ではあるが、この里は結界により長きに渡って守られ、危機感を無くしてしまっていた。
儂の落ち度じゃ。
長として、責任を取るべき……そ、そうか、もう責任を取ることすらできぬのだな。
妖魔族の牢に入れられて一生を終えることになるのかもしれぬ。いや、自分のことはどうでもいい。里のみなのこれからを思うと……つ、辛くてならぬ!
ずーーーんと暗い闇に沈んでいたら、急に周りがざわめきだした。
「何事じゃ?」
「ヤカナ様、あ、あの娘が……」
指をさす方に目を転じたら、見たことのない若い娘がいて、縛られている者のロープを解いてやっている。
「なんじゃ、あの者は?」
どういうことじゃ? 広場から逃げられぬように妖魔の施した結界が張られていたはずなのに……
うん? まさか人族か?
な、なぜ、人族がここにいるのだ?
「もう大丈夫ですからねぇ。妖魔は捕まえましたよぉ。はい、自由になった人は、ぼーっとしてないで縛られている人のロープをほどいてあげてくださいよぉ」
なんとも和やかな語りで、指示してくる。
我に返った里の者は、慌てて仲間のロープをほどき始めた。
そしてその娘は、ヤカナの元にもやってきた。
「おぬしは、何者じゃ?」
「謎の勇者ですよぉ」
ヤカナのロープをほどいてくれながら、その者は冗談めかして言う。だが、ヤカナには冗談に聞こえなかった。
妖魔族を倒せる者は超人であられる勇者様のみ!
「勇者様でしたか。皆の者―っ、勇者様が我らを助けてくださったぞーっ!」
「あー、えーと、冗談だったんですけどぉ」
その言葉は、里の者の歓喜の声でかき消されたのであった。
◇
里は壊されたが、勇者様のおかげで助かった。
勇者様にはお供がふたりおられて、里から脱出した者たちも妖魔に捕まっていたようだが、このお方らが救ってくださり、無事、里に連れ帰ってくださった。
奇跡的といえるか、一人として天に召されることなく怪我人もいない。
里の者は治癒の魔法が得意なので、怪我をしたとしても、みなすでに完治していた。
妖魔はすべて勇者様と供のおふたりで片付けてくださったし、緑竜の亡骸までも。
さらには、緑竜の魔核石は価値があるものだし、倒した者に権利があるからと里に下さったのだ。なんと正義を重んじる素晴らしい方たちじゃろうか。
そしていま、運よく壊されずにすんだヤカナの館で、祝いの場を設けさせていただいているところだ。
もちろん謙虚な勇者様一行は、そのような気遣いは無用だと遠慮なされた。だが、これは里の者が助かった祝いでもある。
明日からは、壊れた家屋を元に戻す作業に取り掛からねばならぬ里の者の意気を高めるためにも、必要なこと。
そのように説明したことで、ご納得してくださり、こうしてご参加くださったのだ。
助けてくださった後の処置も見事なものだったなぁ。
その時のことを思い出し、ヤカナは深く感心する。
家が壊れてしまった者を調べ、修復するまで住む場所を探すようにと指示してくださった。それについてはソーンがすぐに動いてくれ、すでに解決している。
まったく、長である儂がやらねばならぬことだったのに……情けないことに平和ボケしてしまっていたようじゃな。
非常時にうまく立ち回れなんだとは……もう引退の時なのかもしれぬ。
次の長はソーンが適任だろうか?
長ヤカナはそこで勇者様を見つめる。
里の自慢の露天風呂も堪能してくださり、さっぱりされた勇者様はほんのり桃色のお顔をなさっておいでだ。
いや、実に初々しい勇者様じゃ。
ソーンの嫁となって、この里に永住してくださらないものか。
ヤカナは真剣に考え込んだのだった。
◇ティラ
「ソーンさん、どうもありがとう」
もう夕暮れになったので、結界の出口までソーンに送ってもらったところだ。
キルナとゴーラドはまだ宴に参加している。
「本当に、おひとりで大丈夫なのですか?」
駆け出そうとしたら、ソーンが心配そうに声をかけてくる。
「勇者なんで大丈夫!」と返したら、ソーンは微妙な顔になる。
勇者様として、里のみんなに認識されてしまったようだけど、それでもソーンは心配らしい。
しかし、謎の勇者発言は失敗だった。まさか信じ込むとはねぇ。
ほんの可愛い冗談だったのに……
まあ、いいか。ここにいる間の一時的なことだしね。
「それじゃ、また明日ねぇ」
ソーンに手を振り、ティラは駆けだした。
それにしても妖精族の里は素晴らしかったなぁ。
あちこち壊れてしまったけど、それでも素晴らしいことに変わりない。
キルナもゴーラドも里の復興に手を貸すつもりみたいで、しばらくはここで過ごすことになりそうだ。もちろんティラも大賛成。
あの素敵な露天風呂もまた堪能させてもらいたいし、工芸品の作業場とかも覗かせてもらえそうなのだ。あー、楽しみ。
もうみんな凄い好意的なんだよね。これも勇者の恩恵だな。
妖精族の作るものはなんであれ、どれもこれも手が込んでいる。
大剣も捨てがたいけど、ソーンさんの剣みたいな、細かな細工の施されたおしゃれな剣、あんな細めの長剣もいいよねぇ、と悩んでしまう。
今日は色々あって、もう報告がいっぱいだ。そしてお土産も。
妖魔が数十体。こんなに持って帰ってくるなと渋い顔をされるかもしれないな。
ティラは苦笑し、空へと舞い上がった。
つづく
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