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96ゴーラド〈間抜け確定〉
「それでは、今日のところはこれで失礼します」
夜も更けてきたので、キルナとキャンプ地に帰ることにする。
すこぶるうまい酒をふるまわれ、少々酔っぱらったかもしれない。
長のヤカナから、このまま泊ってほしいと請われたが、遠慮することにした。
妖精族の里はいま半壊状態だ。
宴会には参加させてもらったが、今日は彼らにとってとんでもない日だったのだ。緑竜に襲われ、妖魔族まで現れて、いったんは捕らわれてしまったのだ。みな相当疲弊しているはず。
躰の方は回復薬があるから元気になったかもしれないが、心的な疲れは否めないはず。
そんな状態なのに、ゴーラドやキルナがお世話になれば、客人としてもてなすことになり余計な気苦労をかけてしまうだろう。
キャンプ地までは小一時間かかるだろうが、酔い覚ましにちょうど良い。
「泊ってくださればよいのに」
帰り道、結界の入り口まで案内してもらっているところで、ソーンが口にする。
この里の結界はソーンが任されているそうで、彼が一緒でないと里の外には出れないらしい。
「復興した際には、泊まらせてもらおう」
キルナが言うと、ソーンは了承して頷いた。
ソーンの実年齢はわからないが、ティラと同じくらいに見える。長のヤカナや長老たちにも信頼されているようだ。
「明日の朝には、勇者と一緒に来ますよ」
ティラのことを勇者と言っている自分に笑ってしまうが、すでにティラは勇者だと周知されてしまっている。ティラは何度も否定していたが、その否定は受け入れられなかった。
しかし、まさか妖精族の里にやってくることになるとはなぁ。
ここにいると、現実があやふやになってしまいそうになる。それほど幻想的な風景なのだ。
まあ、いまは半壊しているが。
ティラちゃんやキルナさんと行動することになって、とんでもないことばかり起こる。妖魔族に精霊、そして妖精族……
それにしても、俺たちはいいタイミングであのキャンプ地にやってきたもんだよな。
そうでなければ、妖精族のみんな、妖魔に捕らわれてしまっていたのだ。それを考えると、強烈に安堵が湧く。
俺、妖魔を殺ったんだよな。
今更思い出して身震いしそうになる。
キルナと二手に分かれて妖魔をおびき寄せ、とにかくどうやりあっていいのかわからず走りに走った。
かなり追いかけられて、そしたら魔法で攻撃を食らった。運よく当たりはしなかったが、足元で爆発でもしたかのように土が跳ね、恐慌状態に陥った。
このままじゃ殺られちまうとビビってしまい、夢中で振り返ったのだが、その際、勢いで槍を振っていて……
そしたらなんかよくわからないのだが、シュパッと妙な音がして、追いかけてきていた妖魔の胴体がなぜか真っ二つになっていたのだ。
その時の状況が頭に浮かびそうになったゴーラドは、頭を振り不快の元を必死に散らす。
とにかくだ、家を壊された妖精族はかなりの数にのぼるようだが、大広場にテントを張って仮の宿にするようだ。
しばらくは不便だろうが、彼らならあっという間に元通りにするだろう。
長のヤカナからは、外の世界について色々と話を聞かせてもらえないだろうかとの申し出を受けた。
外の世界とは隔絶してきたため、外の世界がいまどのような状況なのかまったくわかっていないらしい。
外の世界の者と接触できたこの機会に、情報を欲するのは当然だろう。
「そうだ、結界について話を聞かせてもらっていなかったな」
キルナが思い出したように言う。
「話が長くなるからと言っていたが……ソーン、歩きながら聞かせてくれないか、気になる」
「それについては、勇者様がおいでの時にお話させていただこうと思っているのですが」
「なら、明日でもいい。で、明日の朝もお前に迎えに来てもらわないとならないわけか?」
「はい。近くに参られましたら、僕の方で気づきますので、お迎えにあがります」
そんな会話をしつつ細い道に入り込んだ。
ある位置に来ると、ソーンが立ち止まった。
「あの、勇者様は、なぜおひとりで先に帰られたのでしょうか?」
それがずっと気になっていたらしい。遠慮しつつソーンは尋ねてくる。
なんと答えようかと、キルナと目を合わせる。
キルナは肩を竦め、ソーンに向けて口を開いた。
「勇者は、どうしても夕暮れまでに帰らねばならないらしい。それを守れなかった場合、もう二度と我々の前に顔を出してはくださらなくなる。とこういうわけだ」
「そうなのですか?」
納得できてはいないようだが、納得するしかなかったようで、ソーンはそれ以上話を蒸し返そうとはしなかった。
ソーンはゴーラド達に背を向け、両手を高く上げた。しばし目を瞑り、手を下ろしてこちらに振り返ってきた。
「どうぞお通りください」
「もう出口が開いたのか?」
別になんの変わりもないので、変な感じだ。
「それでは、お気をつけて」
頭を下げられ、ソーンに礼を言ってその場をあとにする。
キャンプ地に向かって歩いていたら、何か気になることがあったような気がしてきて、ゴーラドは首を傾げた。
なんだったかな?
「どうしたんだ、ゴーラド?」
「いや、なんか忘れてる気がしてな……あっ、思い出したぞ」
「なんだ?」
「湖のヌシを釣り上げたってのに、放り出してそのままだ」
いまあの魔魚がどうなっているのか気になり、ゴーラドは駆けだした。
だが魔魚は、どこにも姿がなかった。
「ない。消えちまってる」
「本当に、ヌシを釣り上げたのか?」
「本当だぞ。ティラちゃんとふたりで釣り上げたんだ」
飛び跳ねてるうちに、湖に落ちたのだろうか? それとも魔獣の餌になったか?
かなり残念だ。
ゴーラドは湖の淵に行き、水の中を覗き込んだ。すると、突然水が大きくうねった。そしてでかい影のようなものがぬっと突き出てきた。
危険を察知した途端、ゴーラドは反射的に槍を構えた。すっと真一文字に槍を流すと、緑の光の刃が影を割く。
ドサッと地面を揺らし、何かが落ちた。
「ひゅーっ」と、キルナが口笛を吹いた。
自分でやったことにゴーラドは自分で驚いた。そして納得した。
妖魔を真っ二つにしたのは、いまの光の刃だったのだろう。
緑竜を討伐しているときも、不思議な現象が度々起こってはいたのだが、あの時は無我夢中で理解できていなかった。
つまり、この一連の不思議な現象は、キルナが言っていた、この槍のスキル発動というやつなのだ。
スキルについては、早いとこ、ちゃんと理解しなけりゃいけないな。味方に当たってしまったら、とんでもないことになるぞ。
つつーっと、冷や汗が背中を伝う。
「ゴーラド、これぞ、湖のヌシのお頭じゃないのか?」
地面に転がっている物体をしげしげと見て、キルナが言ってくる。
「いや、こんなにでかくなかった。しかし、こいつ、なんで顔を出したんだ?」
「お前たちが昼間に釣ったやつが子どもだったのかもしれないぞ。仇を打ってやろうと顔を出したのかもしれん。で、あっさりお前に返り討ちに遭ったわけだな。とんだ間抜けだな」
キルナは湖のヌシを小馬鹿にして笑い、さっさとキャンプ地の施設に向かっていく。
「これ、どうする?」
「転がしておけ」
まあ、ふたりで食うにはでかすぎるし、いまはご馳走をたらふく食わせてもらって腹もいっぱいだ。
そういうわけで、湖のヌシはありがたがられることもなく、その場に置き去りにされたのだった。
つづく
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