冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇97ティラ 〈ひさしぶり〉


方角からすると、この辺りだよね。

朝のすがすがしい空気の中、ティラは雲の中から顔を出し、妖精族の里の位置を確認してみる。

妖精族の里には結界が張られているせいで、特徴のない森が続いているように見えるけど、たぶんあのあたりが里の中心だろう。
そしてあっちに滝があるんだと思う。

時間もあるし、ティラはつい物珍しさで、結界の周辺を回ってみることにした。

結界には色々な種類がある。これほどの規模の結界となると、人が編み出す魔法のみでは無理だ。
となれば結界石か結界柱なんかが設置されているんじゃないかと思うんだけど……

もちろん、人目に触れてはここに結界が張ってありますよぉとわざわざ宣伝しているようなものなので、さりげなーい見た目をしているはずだ。

すると、巨大な岩が見つかった。
景色に溶け込んでいるけど、たぶんこれだな。

手で触れて解析とかしてみたいけどなぁ。それをしちゃうと、ソーンさんたち結界を維持している人たちを驚かせるだろうからね。

眺めるだけでやめておく。

ティラは再び空へと舞い上がり、キルナとゴーラドのいるキャンプ地に飛んで行った。

大きな湖の畔に降りようとしてティラは動きを止めた。

なんだ、あのでっかい黒いの?
魔魚のようだけど、地面に埋まってるっぽい。

降り立って、周囲を回りながらしげしげと見ていく。

これ、地面に埋まってるんじゃなくて、頭だけになってるんだ。

それにしても、でっかいな。
まるで湖のヌシ……

あ、あれっ? そういえば、昨日ゴーラドさんとぬしを釣ったって大喜びしちゃったけど、ぜんっぜん、ヌシじゃないじゃないか。
これと比べたら、ただの小物。

なのに、あんなに大はしゃぎしちゃって、恥ずかしい。

キルナさんに、ヌシを釣ったって見せびらかして自慢しなくてよかったなぁ。

で、こいつは誰が?

あらためてヌシのお頭をじっくりと見る。

やっぱ、キルナさんかな?

昨日は妖精族の里で宴に参加して、遅くに戻ったんだと思うけど、それからこんなでっかいヌシまで成敗しちゃうとは、いやはや元気だねぇ。

その時ぽそっと、頭に何かが触れた。

へっ? 何?

慌てて手で触れてみたが、何もない。

いまのなんだったんだ?

「ティラ。やってきたか」

キルナが声をかけてきた。
キャンプの施設から出てきたところのようだ。

「おはようございます。キルナさん、これやったのキルナさんですか?」

「ああ、それか。ゴーラドだ。見事だったぞ、スキルが発動してな」

「そうなんですか」

へーっ、わたしも見てみたかったな。

「ところで聞いていいか?」

「はい?」

「お前の頭の上に浮かんでいるそれ、なんだ?」

はい? わたしの頭の上に何が浮かんでいると?

パッと上を見たが、何もない。

「何もないじゃないですか?」

「いや、そっちに飛んで行ったぞ。ほら」

さっと首を回してみたら、ぬしのお頭に赤いものがくっついている。

「なんですあれ?」

「なんでお前が聞くんだ?」

「あんなもの知らないからですよ」

「お前の知らないものがあるのか?」

「ありますよ。たとえば、あれとか」

もう一度確認してみたら、それはお頭に少しずつめり込んでいく。

あれっ? なんか、知っている光景に似てるんですが。

「めり込んでいってるぞ。なんなんだあれは?」

キルナは気味悪そうに見ている。

赤いものは、お頭の中に完全にめり込んでしまい、見えなくなった。

「やっぱり、知ってるかもしれません」

訂正したら、キルナが「ならば、あれはなんだったんだ?」と尋ねてくる。

「ちょっと呼んでみます」

ティラは赤いものがめり込んだ辺りに向けて「トッピぃ」と呼んでみた。

スポーンという音とともに、赤いのが飛び出てきた。

あ、やっぱりだ。

「トッピ、急にいなくなったから心配してたのよ。元気にしてた?」

「ぷっぴーぃ」

鳴き声を上げながら、トッピはティラの頭の上に飛んできた。

「お、おい、ティラ、そいつ魔核石を持っているぞ」

確かにトッピは小さな手に、かなり大きな魔核石を載せている。

「その魔核石、もしやこのヌシのものか?」

「ですね」

するとトッピが大きく口を開け、魔核石をぱっくり呑み込んだ。

「の、呑んだ!」

キルナは仰天している。

「トッピは、魔核石食いなんです」

「はあっ? そんなものがいるのか?」

ずいぶん前に突然ティラの前に現れて、それからティラに懐いていたのだが、ある日急にいなくなったのだ。

父からは、そういう生き物だから仕方がないって言われた。

いなくなって寂しかったし、すっごい重宝してたので、残念で仕方なかった。

「食べる魔核石によって色が微妙に変わるんですよね。赤かったのに紫が混じっちゃったみたい」

「貴重な魔核石を食うとか、とんでもないぞ」

「大丈夫です。かなりの確率で卵になって戻ってくるので」

「それはどういうことだ?」

「ある程度魔核石を食べると、卵を産むんです。その卵を加工して、わたしの槍についてる刀身とかに、父さんは使ってるんですよ」

そう説明したら、キルナの目の色が変わった。

「それは興味深いな」

「魔核石の屑とかをエサにあげとけばご機嫌ですよ。ただ、貴重な魔核石まで食べようとするので、そこは厳重に注意しないといけないんですけどね」

それを聞いたキルナは、自分のバッグを守るように押さえた。

「バッグに入り込んで、食べてしまうんじゃないのか?」

「それはさすがにないですよ。魔獣を狩った直後とかが一番危ないんで、そこらを気を付ければ問題ないです」

「問題がないとは言い切れない気がするが……だが、そいつの生む卵は価値があるようだな」

「それが、当たり外れがあるんですよね。それじゃ、朝食の準備しますね」

ティラはさっそくキャンプ地の厨房に向かう。

まずは腹ごしらえだ。そして妖精族の里に行ってお手伝い。

「妖精族の里には、何日くらいお手伝いに通うんですか?」

キルナに尋ねたら、「流れに任せるさ」とキルナらしい返事が返ってきた。その時、キャンプ地の施設からゴーラドが出てきた。

「ふたりとも早いな。おはよう」

「ゴーラドさんおはようございます」

キルナは「おう」と凛々しい挨拶をする。

「ぷっぴぃーっ」

トッピも機嫌よく挨拶した。もちろんトッピの存在を知らないゴーラドは怪訝そうにトッピを見る。

「なんだ、それは?」

「ティラのペットらしい」

「ティラちゃん、ペットを連れてきたのか?」

「連れて来たんじゃないんです。いま久しぶりの再会を果たしたところなんです」

その説明にゴーラドは眉を寄せる。

「こいつ、魔核石を食うんだそうだ。お前が昨夜狩った湖のヌシの魔核石を食ってしまったぞ」

「あの湖のヌシ、魔核石を持っていたのか? いや、それをこいつ、食っちまったのか?」

「ああ。だが、卵を産むそうだ」

「卵?」

「ティラの槍の刀身が、その卵を加工したものらしい」

「へーっ、あれか。凄い生き物じゃないか」

「当たり外れがありますけどね」

むちゃくちゃ期待の目をしているゴーラドに、きっちり釘をさしておく。

「どういうことだ?」

ゴーラドの問いに、「そういうことです」とだけ答え、ティラはキャンプ施設の厨房に向かった。





つづく



 
   
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