冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇98 ソーン 〈疫病神〉


広場に設置されたテントの間を、ソーンはみなの様子を確認しながら歩いていた。
不便を感じている者があれば手助けし、必要な物があれば持ってきてやったりしている。

このようなことになったのも、僕の失敗のせいだ。
周囲にこれまでになく緑竜の姿を確認するようになり、それを危惧した長のヤカナより、結界をもっと強固なものにするよう命じられた。

それで慎重に緑竜がいないのを確認し、結界を張りなおそうとしたら、どうしたことか失敗してしまったのだ。

ありえない事態に焦ってしまい、その隙を突くように緑竜がやってきた。

なんとか倒したとほっとしたのもつかの間、その後続々とやってきて、あの事態となったのだ。

里が襲われたのは自分のせいだ。責任を取らねばと思っている。

昨日のうちに、長にお伝えしようと思ったのだが、勇者様達への感謝の宴を催していたため、そのような時間は取れなかった。

長もそろそろお目覚めかもしれぬな。お会いしにいくとしよう。



「ヤカナ様」

「おお、ソーン。広場で夜を明かした者たちの様子はどうだ?」

「はい。みな元気にしております。朝食も食べ、すでに壊れた個所の修理に着手しております」

「そうかそうか。大変な思いをさせたが、みなが元気でよかった」

「はい」

すぐさま結界の不手際について謝罪しようと思ったのだが、なにやらヤカナが真剣なまなざしになり、「ソーン、おぬし、勇者様をどう思った?」とおっしゃる。

「もちろん、とても素晴らしいお方だと思いますが」

「うむ。わしも同感だ。秘めたる力と美しき魂をお持ちだ」

「はい」

「それでじゃ、おぬし、勇者様の従者となるがよい」

従者? 突然の話で、すぐには理解が追いつかない。

「この地を助けていただいた御恩に報うため、里の者を代表して、おぬしには勇者様をお守りする従者となってもらいたいのじゃ」

つまり、この地を出て勇者様とともに行けということか?

妖魔という存在を考えると不安ではあるが、強烈な喜びも湧く。この里が嫌いなわけではない。だが、広い世界を見てみたいとずっと願ってきた。

いまはソーンが結界の役目を任されているが、結界を張れる者は他にもいる。

けれど……
謝罪をし、責任を取るつもりでここに来たのに。

しかし、里の者の代表として勇者様をお助けすることは、ある意味、責任を取ることになるのかもしれないな。

いやともかく、自分の失態を、長にお伝えせねば。

だがその時、勇者様らが結界の近くまでやってきたようだった。

「ヤカナ様、勇者様たちが参られたようです。これよりお迎えに行ってまいります」

「おおそうか。勇者様をお待たせしてはならぬ、ソーン早く行け」

「はい」

ただちに長の屋敷を辞し、勇者様を迎えに向かう。

また話せなかったか。ため息をつき、ソーンは足を速めた。





お待たせせぬようにと、急いだかいがあって勇者様たちが参られるより先に到着できた。
お姿を拝見し、結界を解こうとしたソーンだが、ティラの頭の上で浮遊している生物が目に入り思わず「あ」と口にしてしまう。

どうして魔核石食いが、勇者様に取りついているのか?

この魔核石食いは、とんだ疫病神なのだ。妖精族にとって、とても貴重な魔核石を食べてしまうのだ。

どうやって結界を潜り抜けたのか、いつの間にか里に棲みついていた。

最初はその見た目のかわいらしさで、可愛がられていたのだが、魔核石を横取りされる者が続出し、仕方なく退治しようとしたのだが……ソーンにすらそれは無理だった。

その疫病神が、まさか勇者様に取りついてしまったとは……どうすればいいのだ?

「ソーン、お前、これを知っているようだな?」

弱り切っていたソーンに、キルナが指摘してきた。つい気まずい顔になってしまう。

「この子、妖精族の里にいたんですか?」

「はい。いつの間にか住み着いていて」

「そうなんですか。お世話になりました」

勇者様に頭を下げられ、戸惑う。

「はい? それはどういうことでしょうか?」

「もともとティラのペットだったらしい。それが行方不明になっていたらしいんだ」

「勇者様のペット?」

驚きを通り越して驚愕だ。
まさか、このような疫病神をペットになさっているとは!

「トッピっていうんです。ほら、トッピ、お世話になったんなら、お礼を言いなさい」

魔核石食いは、ティラの言葉を聞き、ぷっぴぃーと鳴きながら、頭の上でクルクル回る。

「うんうん、いい子ね」

魔核石食いは、お褒めをもらって嬉しかったらしく、ぷくーっと胸を張った。

か、飼いならされている!

いや、そんなことより、成敗せずによかったと激しく胸を撫で下ろす。
まあ、やろうとしてもできなかったのであるが……


それにしても、勇者様はなぜ、魔核石を横取りして食べてしまうような疫病神をペットなどになさっているのか?

「あの、勇者様」

「ソーンさん、わたしは勇者じゃないので、その呼び方はやめてもらっていいですか。ティラでいいですよ」

「いえ、そのような無礼は……。いえ、それよりも、勇者様のペットは、魔核石を食べるのですよね?」

「あっ、やっぱり……たくさん迷惑かけました?」

勇者様は不安そうな目をなさる。

いえ、そんなことはありませんと言いたいところだが、僕の嘘などあっさり見抜かれてしまわれるだろうから、正直に告げることにする。

「まあ……それなりに」

「あちゃーっ。それで卵は産みました?」

卵?

「卵を産むのですか?」

「知らないってことは、卵を確認していないんですか?」

「卵を産むとは知りませんでした」

「この子、専用のねぐらとかありました?」

「はい。滝の後ろの洞窟に住み着いておりましたが」

「そこに案内してもらえます?」

「構いませんが……」

ねぐらに卵とやらがあると思っておいでなのだろうか?

そのようなものは産んでいないと思うのだが。

なにはともあれ、まずは長のもとにお連れしなければならない。

「その前に、長のところに皆様をお連れしたいと思っておりますが」

「だな。まずは長に挨拶するとしよう」

「それでは歩きながら、昨日の話を聞こうか? ソーン」

キルナが話を切り出してきた。

「はい」

結界のことだな。まだ長に話していないのだが……

「話ってなんですか?」

ティラが尋ねてきた。「結界のことだ」とキルナが説明してくれる。

「ああ、結界ね。話が長くなるから後でってことになってたんでしたね」

ソーンは頷き、長の屋敷に向かう道々、詳しく説明した。

「里が襲われたのは僕のせいです。責任を取らねばと思っております」と言葉を結ぶ。

「それって、ソーンさんのせいじゃなくて、妖魔が邪魔したんだと思うけど」

「えっ?」

「だって、タイミングが良すぎるもの。妖魔はずっと前に妖精族の里を見つけてたんだと思うな。それでなんとかして結界を破ろうとしてた。そんな中、ソーンさんが結界を張りなおそうとした。だから妖魔に邪魔されて失敗したんだと思う。そしてすぐさま、妖魔は使役している緑竜に里を襲わせた」

「そういうことだろうな。ティラの言う通り、タイミングが良すぎる」

「そうなんでしょうか?」

「だからソーンさんは責任を取る必要なんてないんですよ」

「ですが、結界を張りなおしたりしなかったら、里は襲われずにすんだのです」

「長に命じられたから、ソーンさんは張りなおすしかなかったんでしょ?」

まあ、そうだが。しかしそうなると……

「困りました」

「困った?」

「この話を聞いたら、長が自分の責任だと言い出すのではないかと……やはり、僕が失敗したということで、責任を取ろうと思います」

「誰の責任でもないと思うけど。結局は妖魔が悪いんだもの。ところでヤカナさんは、結界が破られたことについて、どう考えてるんですか?」

「そこはお聞きしておりません」

「妖魔が破ったと思ってるんじゃないのか」

「ああ、きっとそうだな」

ゴーラドの意見にキルナも頷く。

「なら、そのままにしとけばいいですよ。全部妖魔が悪いんだから、妖魔の責任にしとけばいいです。それですべてが丸く収まります」

ソーンの気持ち、そして長の気持ちを思っての勇者様の思慮深きご意見に、ソーンはいたく感激したのだった。





つづく



 
   
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