笑顔に誘われて…
第14話 バレバレに赤面



う、う……ん。

横向きで寝ていた由香は、ぼんやりした頭で、仰向けになった。

ふあっ。

小さなあくびをし、細く目を開ける。

まだ眠気が取り付いていて、寝が足りていないからか、頭がちょっと重い…

えっと…

胸の辺り、なんか落ち着かない感じ…。

なんだろう?

今日は…そうだ、クリスマス!

ぼんやりした頭が、一瞬ではっきりした。

そ、そうだわ、遊園地よ。支度して、真央を迎えに行って…

由香は転がるようにベッドから出た。

慌てふためいたせいで温かい布団から飛び出たが、部屋は冷え切っている。

うわっ! さっむっ!

爪先立ちになって、ともかく暖房のスイッチを入れ、由香はベッドに飛んで戻った。

部屋が温かくなるまで、ちょっと待とう。

そう決めて、あったまっている布団に潜り込む。

布団の中で丸くなり、由香は部屋に目を向けた。

テーブルの上に並べてある、出来立てほやほやのかぶりもの、ふたつ。

ふふっ。なんかすっごくかわいいし。

サンタさんの威厳なんてもの、ないし…

可愛らしいぬいぐるみばかり作っているから…

まあでも、トナカイさんは、こんなもんでしょ。

やっぱり、動物の方が慣れてるしも、作りやすかったかな。

角はかなり補強したのだが…

細いし長いし複雑な形してるし、一日中被っていたら、くにょんって曲がっちゃわないかしら?

それでもいいか。使うのは今日一日だけだもの。

納得してうんうんと頷いた由香は、吉倉のことを考えた。

かぶりものが完成してすぐ、吉倉は帰っていった。

すでに三時が過ぎていて、由香も急いで寝る支度をして、ベッドに入ったが、三時半くらいだったはず。

とすると…
いま七時だから、寝たのは三時間半か。

眠いのも当たり前ね。

けど、吉倉さんはあの時間に自分の家に帰って寝たんだもの、私よりもっと睡眠時間は短かったのだ。

私は、どのみち、これからしばらく仕事はお休みだし、今夜から明日にかけて、充分に睡眠時間は取れる。

私ってば、吉倉さんに滅茶苦茶迷惑かけちゃってるのよね。

全てが終わったら、充分にお礼させてもらわないと…

それにしても、わたしってば…大晦日までは何の予定もなし…か…

ゆっくりできて嬉しいけど、私って…やっぱりちょっと寂しいやつかも。

空いている時間を有効活用して、新しいぬいぐるみのデザインでも考えるかぁ〜。

それが一番楽しいんだし、わたしはわたしよね。

よしっ、五個でも十個でも新しい試作品作って、工房のみんなをびっくりさせてやるとしよう。

みんなのびっくり顔を想像し、彼女は身体を揺すってくすくす笑った。

そろそろ部屋も温まってきたようだし…起きなきゃ。

布団から足を出して、部屋の温度を確かめてみる。

寒さは感じるけど、暖房のおかげでかなり冷え込みは緩んでいた。

まずは洗面所で顔を洗い、普段着に着替えてエプロンをつける。

そして、小さなキッチンに入り、朝食の用意を始めた。

吉倉が帰るときに、朝食に誘った。

断るられるかと思ったけど、嬉しそうにお願いしますと言われて、ほっとした。

八時くらいに来るって言ってたけど、早めに来たら焦っちゃうし、早いとこ準備しておなかいと…

冷蔵庫にある食材をごっそり使い、由香はふたりぶんの朝食を作った。

作っている間、胸の辺りにこそばゆさを感じた。

男のひとのために食事を作るなんて初めてだ。

それにしても、不思議…

サラダ用のレタスをちぎりながら、由香は首を傾げた。

昨日、突然に現れた吉倉さんと…

由香は、ぷっと吹き出した。

一緒に夕食…ううん、ディナーよね。
それも、ただのディナーなんかじゃない、クリスマスイブのディナー。

そんなもの、恋人でなきゃありえないシチュエーションなのに…

あそこのディナー、ほんとおいしかったなぁ♪
ああ、また行きたい。

キュウリをカットしていた由香は、端っこのところを無意識に口に入れ、パリパリ音を立てて食べながら、うんと眉を寄せた。

あのレストランは、吉倉に連れて行ってもらったから、場所が曖昧にしかわからない。

今日中に聞いておかなきゃ。
だって、今日は遊園地に付き合ってもらえるけど…もう会わないだろうし…

つくんと胸が痛み、由香は慌ててその感覚を打ち消し、急いで別のことを考えた。

そ、そうだわ。
クリスマスプレゼントも忘れずに持ってゆかなきゃね。
両親と姉へのプレゼント。

真央のぶんは、母に頼んでいるから、枕元に置いてくれたはず。
もう真央は起きただろうか?
喜んでくれたかなぁ。

朝食の準備を終えた由香は、出かける支度をした。

吉倉が来てから、着替えるというのもできないなと考え、出かける服に着替え、その上からエプロンをつけた。

クリーム色のふかふかのセーターに、膝丈の茶色のスカートを合わせた。
これに、こげ茶色のロングブーツを履くつもりだ。

去年から履いてる物で、ヒールも低く歩きやすいから、足も疲れないだろう。

やらねばならぬことを全部終えた由香は、テーブルを前にして座り込んだ。

ふたり分の朝食がセッティングされてるテーブルの上を見て、もじもじしてしまう。
顔まで赤くなってきて、由香は顔をしかめた。

もおっ!

意識しすぎだってば!

由香は自分を叱り、時間を確かめた。

あれっ、もう八時十五分なの…?

まさか、吉倉さん、まだぐっすり寝てたりして…

あ、ありえる…

もし、来てもらえなかったら、どうしたらいいのだろう?

不安が湧き、由香は袋の中に入っているトナカイの被り物を見つめ、唇を噛んだ。

他に、こんなこと頼めるひといないし…

靖章さんだけにサンタを被ってもらって…

それでもいいはず…なのに、気持ちがずーんと沈んできた。

それに、心細くてならない。

そのことに苛立ちを感じた。

私ってば、どれだけ吉倉さんを頼ってるのだ。

昨日会ったばかりのひとだというのに…

肩を落としていた由香は、きゅっと背筋を伸ばし、自分を叱咤した。

やれる。私ひとりだって、大丈夫。やれる。

由香は立ち上がり、飾り棚においているラッピングされた包みの前に行き、それを手に取った。

イチゴサンタちゃんの笑顔を頭に思い浮かべ、由香は微笑んだ。

大丈夫。私にはこれがある。
イチゴサンタちゃんの魔法が込められたネックレス。

開いてしまおうか?
これをつけてゆけば、何もかもうまくゆくかも。

リボンを解くのがためらわれ、しばらく迷い、由香がリボンを引っ張ろうとしたそのとき、呼び鈴が鳴った。

き、来た? 来たの? 来てくれたの?

由香は包みを元の場所に戻し、玄関に急いだ。

「は、はいっ」

「吉倉ですが…」

吉倉の声を耳にした由香は、完全に舞い上がり、ドアを開けた。

「あ、あの…あの…」

頭が真っ白になって、言葉が出てこない。

「高知さん…、何か…ありましたか?」

由香の態度がおかしく見えたのだろう、吉倉はひどく怪訝そうだ。

「な、何もないです。あ、上がってください、早く。寒いですから」

しどろもどろになっている自分が恥ずかしくてならなかった。
これでは、吉倉がくるのを心待ちしていたのがバレバレ…

「ち、朝食、すぐに食べられます」

由香は誤魔化すように早口に言い、赤らんだ顔を吉倉の目から隠そうと、背を向けてキッチンに逃げ込んだのだった。





   

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