笑顔に誘われて… | |
第3話 小さく激励 大型スーパーの駐車場は、夕方だからか、かなり込んでいた。 由香は空いているところを探し出し、ようやく車を停めた。 イチゴちゃん、今日はいるかしら? 少し不安に思いつつ、由香は混んだ店内へと入っていった。 一昨日、彼女は、姉への贈り物にと、このスーパーの宝飾店でネックレスを買った。 その店には、中性的な顔立ちの…いまなお男性か女性か判断がついていないが…とても感じのいい店員さんがいて、さらになぜかイチゴ柄のサンタの衣装を着てる店員さんがレジのところにいて… ともかくこのイチゴなサンタの店員さん、とってもとってもラッピングがうまかったのだ。見ているだけで微笑みたくなるほど… 姉への贈り物だというのに、由香はラッピングしてもらったものを、いま自分の部屋の一番目に止まる場所に飾っていたりするわけで… もちろん、飾っておけるのは、クリスマスの日、姉に贈るまで。 それで、どうにも自分のものが欲しくなって、また昨日、宝飾店に出向いたのだが、イチゴなサンタちゃんの姿はなかった。 休憩しているのかもしれないと思い、ウインドーショッピングしつつ一回りして戻り、再度確認したが、やはりイチゴなサンタちゃんはいなかった。 中性的な店員さんの方は確認できたのだが、イチゴなサンタちゃんがいないのでは、他のひとにラッピングしてもらうことになってしまう。 仕方なく、すごすご帰った。 諦めきれず、また今日もやってきたのだったが… いるかしらぁ? もしいなかったら、どうしよう? 由香のその不安は的中してしまったようだった。 少し遠くから、宝飾店のレジの辺りに目を向けてみると、スーツ姿の男性がラッピングらしきことをしている。 由香はがっくりと肩を落とした。 現実になって、こんなに気落ちしてしまうなんて… 由香はとぼとぼと駐車場へと戻った。 どうやら彼女は、自分で思う以上に、あのイチゴなサンタちゃんの魔法の虜になっているらしい。 彼女がいなかっただけで、自分用にラッピングされたものを手に出来なかっただけで、こんなにもがっかりしちゃうなんて… 車に乗り込んだ由香は、ハンドルに両手を掛けて、なんとか自分を元気付けた。 大丈夫! 今日はまだ二十一日。クリスマスまでまだ四日間あるのよ。 今日残業しなかったぶん、明日明後日は残業しなきゃだし…土曜日は休日出勤… とすると、日曜日。もうイブの日しかチャンスがないのだ。 イチゴなサンタちゃんは、もちろんあの店の店員さんなのだから、きっとクリスマスを過ぎてもいるだろうけど… やっぱり、あのイチゴ柄のサンタちゃんの彼女に、あの魔法を感じるラッピングをして欲しい気持ちが強い。 でもまさか、クリスマス限定ラッピングのバイトなんてことは? ま、まさかよね? その時は、あの中性的な店員さんに話を聞くとしよう。 最悪、あの人にラッピング頼むのでもいいし… 由香は、ずいぶんと身勝手でおこがましい考えをしている自分に気づいて、噴き出した。 まあ、お客様は神様ってことで、許してね。 頭の中で少し渋い顔をしている中性的な店員さんに向けて、由香は笑いながら謝った。 さて、それじゃあ、病院に寄って、少し姉を元気付けてくるとしよう。 病院の明るい廊下を病室に向かって歩いていた由香は、椅子に座って頭を抱えている男性を見て、眉を寄せた。 あのひと? 相手が誰だかはっきりと確認した由香は、五メートル手前で足を止めた。 椎名靖章。姉の夫…だったひと… こんなところに、偶然居合わせるなんて…ということは、やっぱり姉さんのお見舞いに? 離婚が決定的となったのは、彼の浮気ということだった。 そんなひとには見えないのだが… 由香自身は、姉の離婚騒動にはあまり関わっていない。 だから、彼ともあまり顔を合わせていないし、話しもしていない。 それに姉の早紀は、結婚前から、由香と靖章が親しげに話をしていると、はっきりと不機嫌になったりしていたから…互いに自然と声を掛けないようになっていた。 係わり合いになりたくないというのが本心なのに、どうしてもそのまま素通りできず、由香は靖章に近づいて行った。 「あの。こんなところで、どうしたんですか?」 ハッとしたように顔を上げた靖章を見て、由香は目を見張った。 以前の彼とは違う、酷くこけた頬。 憔悴しているのがはっきりと分かって、由香はこれ以上、なんと声を掛ければいいのか分からなくなった。 「由香さん。…ど、どうも」 「あの、もしかして…姉のところに?」 「あ。まあ…」 「行ってみたんですか?」 「いや。行ってない」 「…そうですか」 会話が続けられなくなり、由香は声を掛けたことを後悔した。 だが、すぐに去ることもできない。 「あの…座らないか?」 靖章は、自分の隣をさして言う。 「えっ?」 「あ……ごめん。迷惑…。いや…あの…頼む。少し話を…ダメか」 口ごもりつつそう口にした靖章は、自嘲するような笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。 「ごめん。それじゃ」 「あっ、ち、ちょっと待って」 彼を呼び止めた瞬間、由香はまた後悔した。 何で声を掛けてるのだ? 帰ってもらえばよかったのに… だが、いまさら遅い。 靖章は、期待するような眼差しで、由香を見つめている。 彼女は諦めて椅子に座り込んだ。ひとつ空けて、靖章も座り込んできた。 「なんでこんなことになったのか、分からないんだ」 靖章は、苦々しい声で一気に口にした。 由香に話しているのだが、彼は頭を抱えて床を見つめている。 「僕は浮気なんかしてない。なのに、早紀はそう信じ込んで…あまりに理不尽に責め立てられて罵られて、もうへとへとで…」 顎を強張らせた靖章は、指先の血の気が引くほど口元を強く握り締めた。 「離婚届に判を押した。もう楽になりたかった。…けど…こうして日が過ぎて…なんで俺離婚してんだって…わけがわからなくて。去年まであんなにしあわせで…なのに真央の顔も見られないなんて…」 靖章はぐっと両の拳を固め、由香に振り向いてきた。そして… 「俺が何したってんだ!」 その大声は、静かな病院内に響き渡った。 叫んでしまった靖章は、自分の失態にはっと気づき、動揺いっぱいに周りを眺め回した。 「ご、ごめん。君に怒鳴るなんて…俺。あー、ほんとに俺何やってんだ?」 「あの」 由香の呼びかけに、靖章は顔を上げて振り向いてきた。 「浮気してないんですか? ほんとに?」 「ああ。してない」 「誓って?」 「ああ、神様にでも閻魔様にでも誓えるよ」 固く張り詰めた靖章の顔。まっすぐな眼差し… このひと…嘘をついていない。 由香は大きく息を吸い込んで吐き出した。 ということは、靖章の浮気の話は、姉の邪推ということになる。 だが、浮気とかの潔白を晴らすのって、ひどく難しいだろう。 姉が信じないことには… 「わたしに、何かして欲しいことがありますか?」 「えっ?」 言われた意味が分からないというように、靖章は驚きをこめて瞬きをする。 「あなたが救われて、姉が救われるために…何か私にできることがありますか?」 「あ……し、信じてくれるの?」 「はい」 由香は頷くと、バッグから携帯を取り出し、戸惑っている靖章に携帯番号を教えた。 「何か思いついたら連絡ください。私も、自分にできること…探してみます」 靖章のほうの番号を自分の携帯に入力し終えた由香は、そう言って立ち上がった。 「それじゃ、姉を見舞ってきますので…。靖章さん、あなたは?」 「お、俺は…今日のところは帰る。…あの。か、考えてみるよ」 「はい。それがいいと思います。それじゃ…」 「ゆ、由香さん! あ、ありがとう」 すでに歩き出していた由香は、靖章に振り返った。 彼は、由香が切なくなるほど腰を折って頭を下げていた。 靖章の味方になってしまった。 わたしってば、なんとも複雑な状況に身を置いてしまったようだ。 だが冷静に考えても、姉と靖章の復縁は、そう簡単にはゆかないだろう。 いまの姉を思うと、どうみても、ダメな確率のほうが高いと思う。 それでも、姉夫婦、そして真央が心の底からしあわせになれる可能性があるのなら… ガンバレ、由香! 自分に向けて小さく激励し、そんな自分を笑いながら、彼女は姉の元に向かった。 |