笑顔に誘われて…
第7話 お腹もハートも大満足



レストランのディナーのメニューは、クリスマス特別メニューのフルコース一種類と決まっているとのことだった。

あれこれ料理を選ばずに済んで、由香はほっとした。

「すまないが、箸を使いたい。頼めるかな?」

下がろうとするスタッフに吉倉が言った。

「はい。すぐにお持ちいたします」

丁寧にお辞儀をし、下がっていったスタッフは、言葉通りすぐに箸を持ってきてくれた。

吉倉の分だけでなく、由香の分も。

もちろん、由香は嬉しかった。

フォークとナイフを使ってのフルコースは、それなりに経験はあるが、普段使い慣れているわけではないから、ちょっと緊張するし、料理を堪能する心の余裕がなくなる。

目の前に、あまり親しくない殿方がいるとなればなおさらのこと。

「助かりました」

由香は笑みを浮かべて、吉倉に小声で話しかけた。

吉倉は、問うように眉を上げただけで、何も言わない。

このひとったら、ほんと語らない。

由香は右手で箸をちょっとだけ持ち上げてみせた。吉倉は分かったというように、頷き返してきた。

「吉倉さんは、寡黙なんですね?」

「…そうでもありませんが…少しばかり…」

「少しばかり?」

「いえ。高知さんは…甘いものはお好きですか?」

甘いもの?

おいこら、少しばかりの答えはどこにいったのだ?

心の中で、ちょこっとイラつきを吐き出す。

「少しばかり…なんですか? 中途半端で話を変えられたら、とっても気になるんですけど…」

「困った人ですね」

は?

顔をしかめてそんな言葉を食らい、一瞬面食らった由香だが、反論を感じてきゅっと眉を寄せた。

「どうしてわたしが困った人呼ばわりされるのか…ちょっと分からないんですけど」

少し頬を膨らませた由香を見て、なんと吉倉は小さく吹き出し、くすくす笑い出した。

な、なんで笑うのぉ? 怒ってるのに…

意味わかんないし…

「いえ…すみません。高知さんでも、膨れっ面なんてなさるんだなと思ってね」

こ、こいつ、マジわけわかんない。

「むっとしたら、膨れっ面くらいします」

「そのようだ」

由香の反論に対し、平然と納得したように頷く。

反発したというのにあっさりとスルーされ、由香は頬をひくつかせた。

綾美はあんなに性格が素直なのに…兄のこの人と来たら…

呆れているうちに、最初の料理が運ばれてきた。

オードブルの彩りを目にし、心が弾む。

由香は、吉倉と目を合わせて、食事開始の合図のようににこっと笑い、食べ始めた。

「わっ、美味しい♪」

「よかった」

由香の言葉に、即座に反応して吉倉が答えた。

短い言葉なのに、由香の気持ちに充分応えてくれていて、由香は彼に隠れてくすりと笑ってしまった。

続くスープに魚料理、サラダとお肉料理。どれもとても美味しかった。

クリスマスイブを意識した飾りがちょこちょことついていたりして、しあわせを感じて頬が緩む。

パンはこのレストランこだわりとかで、すべて焼きたて。
そのせいで、美味しくて、手にしたパンはいつの間にか食べ終わってしまう。

パンはお代わり自由とのことだったが、すでにお腹は満腹に近い。

それでもデザートを前にした由香は、小さく拍手していた。

笑い声が耳に届き、由香は顔を上げた。

由香のミニ拍手がさぞかしおかしかったのだろう、彼は笑いを堪えきれないようで、顔をしかめて笑い続けている。

「笑いたくないのに笑ってるって顔してますよ」

「確かに…」

そう答えて、また笑う。

彼の歪んだ笑いは、由香にも伝わった。

なんだか知らないが、いつの間にやら、すっかり打ち解けた雰囲気になってしまっている。
そんな自分に気づき、由香はおかしくてならなかった。

「アイスクリームが溶けてしまったな」

ようやく笑いやんだ彼が言う。

「ほ、ほんとだわ、溶けちゃってる」

由香は急いでスプーンを手に取り、アイスクリームを口に含んだ。

アプリコットだ。

「甘酸っぱくてとっても爽やかな感じですよ、吉倉さんも早く食べないと」

「ええ」

そう答えたものの、鼻の頭にしわを寄せるように口に入れる。

「甘いもの、好きじゃないとか?」

「そうですね。だが、これは確かに爽やかな味わいだな。悪くない」

由香は同意を込めてうんうんと頷き、次はブルーベリーの乗っているケーキを食べた。

「悪くない」

由香は彼の言葉を真似て、にっと笑ってやった。

「本当に…貴方ときたら…」

「貴方ときたらなんですか? また返事はスルー?」

「そうですね。スルーだな」

「そう言うと思った」

「君は飲み込みが早い」

しれっと言った吉倉は、由香に向けてウインクした。

わざとらしさがなく、それどころかものすごく決まっていて、由香は胸がドキンとした。

こ、このひと…最初に感じたより、カッコイイかも…

そんなことを考えている自分に由香は慌て、頭の中の考えを追い払いながらデザートを食べた。





「ご馳走様でした。吉倉さん、とっても美味しかったです」

車に乗り込んだ由香は、すでに何度目かのお礼の言葉を口にして頭を下げた。

美味しい料理に、お腹もハートも大満足だ。

こんなに楽しい時間…久しぶりだったかも…

いつもひとりで夕食を食べていたからだろうか?

「やっぱり、ひとりきりより、誰かと食べた方が美味しく感じますね」

「いつもは、ご自分のアパートでひとりで?」

「だいたいそうです。たまには両親の家に帰って食べたりしますけど…。姪っ子がとっても可愛くて…真央っていうんですけど…あの子に会いに帰ってるようなものですね」

吉倉に語っていた由香は、「あっ!」と声を上げた。

し、しまった。すっかり忘れてる。

「どうしました?」

「ケーキ買ったんです。私がクリスマスケーキ買って持ってくからって両親に。い、いま何時かしら?」

三歳の真央は、いつも九時くらいには寝てしまう。

「そろそろ八時になるところですね」

「持ってかなきゃ」

「ご両親の家はどのあたりですか?」

「里坂駅近くのマンションなんです」

由香から場所を聞いた吉倉は、渋い顔で考え込んだ。

「ここからだと、貴方の車まで戻るより、直接向かった方が早い」

「け、けど、ケーキが…」

「実は、ケーキを持っているんですよ」

「はい?」

「もらい物なんですが。高知さん、それでよしとしませんか?」

「よ、よし…?」

「ではそうしましょう」

へっ?

由香が呆気に取られているうちに、吉倉は目の前の交差点を左に曲がった。

わたしは、彼の言葉を繰り返しただけなのに…

「十分ほどで着くと思いますよ。ご両親に電話で知らせておいた方がいいんじゃないかな」

吉倉は命ずるように言う。

彼の命令に従い、焦りつつ携帯を取り出している自分に気づき、由香はきゅっと唇を突き出した。

なんか…すっかり彼のペース?





   

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