笑顔に誘われて…

後日談



第3話 気持ちの共有



「やっぱり、駐車場、すでにいっぱいみたいですね」

「いや、奥の方はまだ空いてるさ」

「そうですか?」

見たところ、車で埋まっているようなのだが……

「あっ、そうか。ここで、佳樹さんの言った、不思議を引き寄せる能力発動させなきゃいけないわけね?」

少し楽しくなって言ったら、佳樹は笑って頷く。

「そういうこと」

ふふっ。佳樹さんってほんと前向きよね。

そんな彼の隣にいると、自分まで前向きに物を考えられるようになる気がする。

あっ、もしや、これも……『ひとの想いに状況は従おうとする』という考えが影響してのことだったり?

「おっ、靖章さんは、空いてる場所を見つけたようだ」

「あっ、ほんとですね。よかった」

由香たちの前にいる靖章の車が、駐車場に停められ、由香たちはさらに前進する。

「いまのところ、たまたま空いてましたけど……ほかにも空いてるところあります?」

「あるさ」

佳樹の自信満々な返事に、つい笑ってしまう。

「ですよね。ありますよね」

佳樹に付き合って、由香も断言してみる。

ドキドキしながら奥の方に進んで行ったら、端の方に一ヶ所だけ空いている。

「あ、空いてますよ! 見て、佳樹さん!」

思わず興奮した叫びを上げてしまう。

「僕の言った通りだろう?」

頬を紅潮させて、うんうんと頷く。

「これぞ、佳樹さんの想いに状況が従ってくれた結果なわけですね?」

「そうそうこと」

佳樹は、くすくす笑いながら答える。

うわーっ、本当に嘘みたい。

だって、見渡す限り、もう空いているところなどなさそうなのだ。

周りには、駐車場を探している車があちこちで列をなしているというのに、靖章さんの車ともども、さして苦労することなく停められてしまったなんて。

「さあ由香、降りてみんなと合流しよう」

「はい」

車を降り立った瞬間、ちょっとした突風が吹き、髪や服が煽られた。

「わわっ!」

驚いて思わず叫んだが、佳樹が「由香、ほら上を見て!」と叫び、由香は驚いて空を見上げた。

「まあっ」

空にたくさんの桜の花びらが舞い上がっている。

幻想的で、感動してしまうほどだった。

そのとき、由香の腰に佳樹の腕が回された。

軽く引き寄せられて、彼にくっつく。

もちろん由香の心臓は、急速に鼓動を速める。

「こんな風景を君と見られて……なんか……言葉にならないな」

空を見上げた佳樹は、感じ入ったように言葉を口にした。

突風はあの一瞬のことで、すでに空に花びらはない。

一瞬のトキメキ……だからこそ、感動してしまうのね。

「ちょっとぉ」

よく知る声が聞こえ、由香は慌てて振り返った。

早紀が真央を抱っこして、こちらにやってくる。

「あんたたち、なかなか来ないから、車が停められないのかと心配して様子を見に来たら、こんなところでベタベタしてるとわね」

べ、ベタベタ?

わたしたち、傍目に、そ、そんな風に見えたのか?

「ねぇ、真央ちゃん、わたしたち呆れましたねぇ?」

早紀ときたら、真央に同意を求めるように言う。

すると真央は……

「あきれまちたぁ」

と、おうむ返しに口にした。

そろって顔を赤らめた由香と佳樹は苦笑いし、ふたりに歩み寄った。

「実はいま、僕らが車を降り立った瞬間、凄い突風が吹いて、桜の花びらが見事なほど空に舞ったんですよ」

「そ、そうなの。それでわたしたち見惚れちゃって」

「あら、そう。それはわたしたちも見たかったわ」

佳樹のおかげで、うまいこと話が逸れたと一瞬喜んだのだが……

早紀がふたりに向き、にやりと笑う。

「佳樹さん、あなた、話を逸らそうと思って……ふふん、みんなにも、このことはしっかり報告してやるわよ! ねっ、真央」

「はいです」

真央は母親の言っている言葉を理解してでもいるかのように、きっぱりと頷く。

「ま、真央ちゃんったら」

いまだ顔を赤らめつつも、真央の様子があまりに愉快で、由香はたまらず笑ってしまった。

みんなで笑い合いながら、両親や靖章と合流する。

そしてさっそく、ぞろぞろと歩き、花見の場所を探す。

花見客は多かったが、屋台が並んでいる周辺に固まっていて、離れたところにはいい場所がいくらでも残っていた。

「ここらでいいんじゃない?」

母の言葉に早紀も頷く。

「そうね。ここなら眺めもいいし……周りに人も少ないし」

場所が決まると、男性陣は協力して、大きなシートを桜の木の下に敷いてくれる。

これなら全員座れそうだ。

そうして無事、花見弁当を囲むこととなった。

「こんな風に、みんなでお花見にくることができて……本当に嬉しいわ」

お弁当を広げながら、母が感慨深そうに口にする。

喜びが限界を超えて込み上げているようで、母は涙声になっていた。

「お母さん」

早紀が申し訳なさと、感謝を込めて母に呼びかけた。

一瞬、場はしんみりとした雰囲気になったが、それを壊したのは母だった。

「さあさあ、お弁当いっぱいあるからどんどん食べてちょうだいね。ビールも冷えてるわよ。早紀、ビールを出して渡してあげて」

帰りは由香と早紀が運転するということで、男性陣はお酒を楽しめる。

「ええ」

早紀はクーラーボックスから缶ビールを取り出すが、姉がさっと涙を拭くのを見てしまい、由香は胸がジンジンした。

そんな由香の背に、佳樹は黙って手のひらを添えてくれる。

由香のいまの気持ちを、共有したいと望んでくれているのが伝わってくる。

佳樹の手のひらのぬくもりは、由香の胸を苦しいほどにきゅんとさせたのだった。





   

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